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REPORT

業界レポート『CASE最前線』第4回  ”自動運転②”

自動車業界、そして未来のモビリティ社会に関連する業界の最新動向や、世界各国の自動車事情など、さまざまな分野の有識者のレポートをお届けします。

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政治と制度

イノベーションとは、単なる「発明」や「技術革新」にとどまらず、社会的意義のある新たな価値を創造し、産業を変え、社会を変え、人々の生活を変える。よって、イノベーションは、政府と政治にとっても重要事項である。自動運転は、自動車分野におけるイノベーションの一つであるが故、これも政府と政治にとっての大きな関心事である。安倍総理は、2015年10月4日、京都で開幕した「科学技術と人類の未来に関する国際フォーラム」第12回年次総会でのあいさつの中で、2020年の東京オリンピック・パラリンピックまでに、自動運転技術の実用化と普及を実現させる方針を明らかにした。今、日本は、この目標に向けて、進んでいる。

自動運転は、日本の高齢化社会におけるモビリティのあり方を示す一つの解であり、且つ、日本を支える自動車産業にとっての重要な課題でもある。一企業は元より、単なる産業に留まらない、国を挙げての取組みが求められる中、政府のリーダーシップによる産官学連携の取組みが色々なところで展開されている。例えば、内閣府が主導するSIP=「戦略的イノベーション創造プログラム」においても、自動運転(自動走行)は対象となる日本の未来を担う科学技術十分野の一つとして当初から取り上げられている。また、経済産業省、国土交通省、警察庁、文部科学省、警察庁、等、関係する省庁も夫々が担当する分野で、関係する色々な課題の克服に向けて取り組み中だ。

自動運転の実現に向けて大きく関係する分野の一つにそれを取り巻く法制度の問題がある。大きく言って、「道路交通法」と、「安全と環境性能に関する国際基準調和」との二つが挙げられるが、いずれも日本のみならず国際間に跨るイシューである。

うち、前者の「道路交通法」について。背景にあるのは、1949年に制定されたジュネーブ道路交通条約(以下、「ジュネーブ条約」と略)であり、日本もこの条約に1964年より加入している。また、同条約には合計97ヵ国が加盟している。この条約の第8条には「クルマには運転手が居なければならない」ことと、「運転手が、常に車両を適正に操縦する」こととが明記されている。つまり、このままでは、運転手に代わってシステムが操縦する自動運転は法律上成り立たない。また、同様に、道路交通に関する国際条約には、もう一つ、ウィーン道路交通条約(以下、「ウィーン条約」と略)がある。これには、欧州諸国を中心に73ヵ国が加盟している。日本はこの条約には加盟していない。この条約でも、元々は、ジュネーブ条約と同様のことが定められていたが、先んじての改定が2014年3月に合意採択され、2016年3月に発効した。そこでは、「運転手によるオーバーライドまたはスイッチオフが可能であれば、適合と見做すこと」及び、「但し、運転手に必要なすべての操作を実行する立場にいることが常にできるようクルマを制御下におくことが可能であること」を前提に、自動運転システムの導入が認められた。つまり、この改定によって、加盟国は、自動運転レベル3の実現に向けて、自国の道路交通法を改定することが可能になった。この動きを受け、ジュネーブ条約についても国連作業部会(WP1)にて改定案の策定が検討されたが、結局は採択に至らず、ウィーン条約の様な改定はできていない。然し、両条約におけるこのような差異の解消に向けて、同部会により、2018年10月に両条約の加盟国に対して、両条約を同等に置き、両条約に於いて自動運転を推進する「勧告」がなされた。これによって、加盟国はジュネーブ条約の改正がなされずとも、自動運転実現に向けた国内法の整備が可能となった。

次に、後者の「安全と環境性能に関する国際基準調和」(以下、基準調和と略)について説明する。2017年7月にAudi A8現行モデルが発表された際に、「時速60㎞以下でのトラフィックジャムパイロット」というレベル3自動運転機能を世界で初めて装備したことが発表された。当然、この時点であれば、前段で述べた通り、ウィーン条約が改定されており、これに従い、ドイツは2017年5月に道路交通法を改定し、トラフィックジャム・パイロットを認可した。然し、その後も、今日に至っても、トラフィックジャム・パイロットでの公道は未だ、グローバルにどこでも認められていない。その理由が、この国際基準調和にある。簡単に言えば、自動車の環境・安全基準については、国毎の規定はあるものの、自動車は国際商品であり、実際に国境を跨いで陸上を走行することもあれば、製品輸出で海を渡って他の市場で使われることもある。その際に、実際に使用する市場地域のルールに従い、基準を見直すのは余りに不都合である為、各国の認証基準自体を予め国際間で合意し共通化すべく制度化が自動車基準調和世界フォーラム(UN/ECE/WP29、略してWP29)で検討されている。自動運転の前提となるクルマのハンドリング(=操舵)についても、国際間の取り決めがあり、2017年7月の時点では、「時速10km未満」の場合を除き、自動操舵は認められていなかった。故に、トラフィックジャム・パイロットは未だ実現していない。然し、本年2月にWP29会合にて改定が認められ、いよいよ、トラフィックジャムパイロットが可能となりそうだ。

更に、日本では、世界各国に先んじて、上記2つの改定に基づき、夫々関係する国内法である、道路交通法と道路運送車両法との法改正が本年度通常国会にて採択された。これら法改正は本年秋には正式に施行される予定だ。つまり、日本では世界で一番早く自動運転レベル3が実現する見通しだ。今年秋以降、BMW(3シリーズ他)や日産(新型スカイライン)は「ハンズ・オフ機能」を実装したモデルを投入すると発表しており、今後の動向を確りと見守る必要がある。

 

実用に向けて: 社会受容性とアプリケーション

東京2020オリンピック・パラリンピックに際しては、その開催直前の2020年7月6日(月)~12日(日)の7日間(※オリンピック開催日は7月24日)に、日本自動車工業会参加10社が中心となり、羽田から台場の湾岸地区を舞台に自動運転の大規模実証実験を開催する計画だ。冒頭で紹介した安倍首相の目標達成に向けた最後の仕上げとして、オリンピックという場を通じて自動運転がもらたす新たな価値が社会に紹介され、高く評価されることを期待したい。自動運転は、社会に受け入れられてこそイノベーションとして大成する訳で、そのための足元の課題は「安全性の確保」と考える。

そもそも、自動運転開発の一つの目的が「安全性の向上」だ。2015年時点でグローバルの交通事故死者数は130万人、これが2050年には240万人を超えると予想される。交通事故の理由の9割超がヒューマンエラーによるものであり、この問題を人間から機械に置き換えることで解決しようという目論見だ。然し、決して簡単なことではない。人間ドライバーが死亡事故を起こす確率は「10のマイナス8乗」と言われる。自動運転システムについては、今後数年間で果たして「10のマイナス7乗」が実現できるか、がリアリスティックな見方らしい。然し本来の目的に立ち戻れば、ヒトのレベルを上回ることがシステムに課せられた必然性だ。「ヒトより何倍、安全であれば、十分安全と言えるか?」、あるいは、「基準となるヒトとは、うまいヒトか、下手なヒトか?」、このあたりの解は未だ見いだせていない。

ドイツに出張した際にインタビューしたOEMやTier-1に「自動運転は協調領域か、それとも競争領域か?」という質問をぶつけてみた。すると、だれもが、「協調領域だ。安全は業界全体の共通課題として企業の壁を乗り越えて取り組むべきだ」との返事を返した。この点、ドイツではすでに、“PEGASUS”というプロジェクトにて、自動運転の安全基準づくりに向けた取組が展開されている。

また、安全を確保するためには、数々の先進技術をクルマに装備する必要がある。よって、それら追加装備に伴うコスト増をどう吸収するかが、次の課題となる。最近、海外でレベル4の自動運転制御開発を行っているスタートアップに、彼らが開発した「自動運転キット」の概算コストについて聞いてみた。すると曰く、「現時点では、1台25万ドルかかっているが、普及時にはこれを何とか3.5万ドルにまで引き下げることを目標としたい」との答が返ってきた。どんなに優れた自動運転機能であったとしても、25万ドルを追加で払える人はそう多くはないだろうが、一方、モビリティ・サービス事業主であれば、負担できるのかも知れない。今の一般的なクルマの稼働率が5%弱と言われるが、これが大幅に改善するのであれば、オペレーションコストとしては成立するだろう。例えば、都内を走るタクシーの稼働率は70%弱、うち、乗客状態にあるネット乗車率は40%弱と言われる。一方で、稼働率と裏腹に問題となるのは、クルマの消耗であり、今、クルマの平均耐用年数を仮に16年とすれば、今よりも8倍の稼働率でクルマ(=消耗品と仮定)を使えば2年で寿命を迎える。つまり、自動運転モビリティ・サービスの為には、自動運転装備以外の装備も従来よりも堅牢で長持ちするモノに変える必要がでてきそうだ。「走る+止まる+曲がる」という従来型要求性能に耐久性を加えたスペックがそうしたクルマの競争領域になるのかも知れない。そしてこの「パラドキシカルな推論」は案外、外れでないかも知れない。実は、前述のインタビューの際に、OEM及びTier-1関係者に、「競争領域は?」という問いもぶつけてみた。すると返ってきた返事は、「快適な移動の実現」だった。つまり、「走る+止まる+曲がる」の高い技術が、自動運転の社会受容性に向けた基盤となる技術なのかも知れない。

《続く》

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