パリ協定に掲げられた目標の達成に向け欧州・日本・中国では自動車の燃費・温室効果ガス(GHG)規制が強化されている(添付1参照)。欧州・中国の規制には電動車(事実上BEV/PHEV、FCVは極少数)のシェア目標が記載され、当該地域で販売活動を行う各自動車OEMは電動車技術の確保、製品構成の見直しを強く迫られている。
これを受けて昨年には欧州OEMから高級ブランドのBEVの発表が相次いだ。ジャガー・I-PACE、ポルシェ・タイカン、メルセデスベンツ・EQC、アウディ・e-tron等の、大量のバッテリーを搭載した高価で高性能なBEVは、高級車ユーザーが満足する一充電当たりの航続距離と、BEVならではのパワートレーンのレイアウトの自由度を活かしたパッケージングで内燃機関車(ICE車)ではなし得ない運動性能と居住性を両立し、「理想的なクルマ」として自動車評論家から絶大な評価を得ている。
更に一歩進んでBEVの普及に重要な役割を果たす大衆車では、フォルクスワーゲン(VW)がEV専用プラットフォーム“MEB”を採用した新型BEV“ID.3”の生産を、EV専用に改修中(2020年末に完了予定)の独ツヴィッツカウ工場で開始した。VWはID.3をビートル、ゴルフに続く中心車種と位置付けており、満充電での航続距離は330km、420km、550kmが選択でき、欧州で普及し始めた100kWの急速充電器を利用すれば、30分の充電で290kmの走行が可能、かつ航続距離330kmのベースグレードの値付けは3万ユーロ未満という、大変な意欲作となっている。
ツヴィッツカウ工場では2021年にはVWグループブランドの6車種のMEBをベースにしたモデルが年間33万台生産される計画。フォルクスワーゲングループは、2029年までにグループ全体で約75車種の新型BEVと約60車種の新型HEV/PHEV車を市場に投入すると発表しており、2020年から24年の5年間で電動モビリティのみに330億ユーロの投資を行うと発表した。現時点では日・米・欧の大手OEMで電動車の専用工場の建設を公表しているのはVWだけであり、同社の電動車へのベットの大きさが見て取れる。
ひるがえって日系OEMからは、既に市販されている日産・リーフに加え、フランクフルトモーターショーではホンダ・Honda eが、東京モーターショーではマツダ・MX-30、日産アリア・コンセプト等が発表され、今年市場導入される見込みだ。トヨタ自動車もEV商品開発・関連事業企画を担うことを目的に2018年11月に設立された「トヨタZEVファクトリー」を核として、パートナー企業(ミディアムSUVはSUBARU、コンパクト車をダイハツ・スズキ)と共同でBEVの企画及び開発を進めていることを公表した。しかし、Honda e、MX-30は比較的バッテリー容量が小さく、満充電での航続距離(200km前後)を割り切ったシティーコミューター的位置付けの商品であり、「普段は使わない余分なバッテリーをあえて搭載せず、電費悪化の要因となる重量増を排除した画期的な設計」「規制対応のための消極的なプロダクトでは?」という賛否両論がある。
自動車メーカーには常に規制・顧客ニーズ双方の要求水準を満たす技術開発が要求されている。規制が強化される中、燃費の改善、GHGの削減は喫緊の課題であり、CO2排出削減に取り組まずして、自動車メーカーとして存続しえないことは言を待たない。
一方、長期的には「全ての電力が再生可能エネルギー由来の発電で賄われている」という世界が来るのであろうが、短・中期的なGHG削減の手法は電源構成等の地域の特性に大きく依存する上(2030年では、「電気がない」地域もまだ地球上には存在しているであろう)、再生可能エネルギーが電源構成の主力を占めればボラティリティの高い電源と需要のギャップの問題が台頭してくる(この問題を解決する一助になるのが水素でありFCV、これは別の機会に触れたい)。
車載用リチウムイオンバッテリーの価格引き下げが期待され、BEVの普及見込みに織り込まれているが、原料となる資源は無尽蔵にあるわけではない。これらはもはや自動車業界のみで対応できる範囲を超えているが、これらを無視してはWell to Wheel、Life Cycle Assessmentベースでの「真の」GHG削減は達成できない。
斯様な状況下において、今後10年程度のスパンで自動車由来のGHGをminimizeするには、どんなパワートレーンミックスが最適なのかを考察してみたい。
BEV/PHEVのCO2排出量を正確に評価しようという流れ
現状BEV/PHEVのCO2排出量は国・地域で計算方法・考え方が異なっている。
Well to Wheel
下に示す【HEV、PHEV、EVの等価燃費】の表は、専門家の論文の抜粋であるが、欧州では発電に起因するCO2排出量は計算に含まれない(BEVは一切CO2を排出しないものとしてCAFEにカウントされる)。現在では走行モードが従来のNEDC(new European driving cycles)モードから、より実態に即した現行のWLTP(Worldwide harmonized Light vehicles Test Procedure)モードに変更されるとはいえ、BEV/PHEVの充電に用いられる電気を発電する際に排出されるCO2の排出量が無視されるのでは、正確なCO2排出量とはいえない。
また一見日本・米国は欧州とは異なり、BEV/PHEVのCO2排出量を正確に算出しているように見えるが、実際にはまだ発電所の発電効率は無視(100%と見做している)されており、正確な計算を行うためには、発電効率を考慮する必要がある。
更に言えば専門家による計算(「堀方式」)も、発電効率を50%(日産リーフの「日本・米国」と「堀方式」の数値を比較参照方)として、実際の日本の発電効率(約40%)よりは高い数値で仮定しているため、実際にはEV/PHEVの燃費は上記の「堀方式」の数字よりも更に悪化してしまう。
【HEV、PHEV、EVの等価燃費】(出典:堀 雅夫 氏 「プラグインハイブリッド車の燃料消費率」 自動車技術 2014年 Vol.68 No.7 を基にSCABにて作成)
またPHEVについては「充電走行が50kmできれば内燃機関からのCO2排出量を3分の1と見做す」という計算方法が取り入れられている(下記のECE R101にて規定)。2021年に導入される95g/km(NEDC)規制に欧州OEMが対応できないことから政治的に決められたものである。
【欧州のCO2削減係数】
日本は、2019年6月25日に国土交通省より公表された「乗用車の新たな燃費基準に関する報告書」において、「BEV/PHEVについてWell to Wheelの考え方により評価する」ことが明記された。発電所からのCO2排出量を自動車の燃費計算に入れるということはトータルのCO2削減という観点で大きな前進である。
日本で2030年から予定されている燃費規制では添付2の燃費計算法が用いられることになった。しかし現実を正確に評価するにはまだ自動車の製造に必要なエネルギーが考慮されないという問題がある。
Life Cycle Assessment
現行の欧州規制ではBEV/PHEVの充電に用いられる電気の発電の際に排出されるCO2の排出量は無視されるが、現在この見直しに加え、車の製造から廃棄までのLCA(Life Cycle Assessment)による評価の検討が始まっている。
2018年11月に欧州環境庁が公表したBEVのLCA評価(下図)によれば、LCA評価でバッテリー製造時のCO2排出量を加えても、BEVのCO2排出量はICE車より少ないという結果が出ている。しかし、比較対象をICE車でなくHEV(使用過程の燃料消費をICE車の▲33%、下図赤文字参照、と仮定)にすれば、LCA評価はほぼ同等となり、更に数値を実用燃費との乖離が大きいNEDCのモード燃費/電費値からより実態に近いWLTPに変えると、HEVとBEVは逆転する可能性がある。また、石炭火力由来の電力でBEVを充電した場合、BEVの方がトータルでのCO2排出量が大幅に多くなってしまうというBEVの課題も明示されている。
(出典:EEA Report | No.13/2018 – Electric vehicles from life cycle and circular economy perspectives TERM 2018: Transport and Environment Reporting Mechanism (TERM) report より抜粋加工)
まとめ
欧州では上述のLCA検討と並行して、2030年のCO2排出量規制が検討されている。2021年からの95g/km(NEDCモード)規制に続き、2030年には更に37.5%低減して60g/km(同)レベルを目指し、2050年にはカーボンニュートラルに全面的に移行することが目標。2030年規制はBEVとPHEV無しには乗り切れないと一般的に考えられているが、具体的な規制値がTank to Wheelなのか、Well to WheelなのかLCAなのか、何を基準に規制されるのかまだ見えてこない。もしも2030年にLCAでCO2排出量が算出されると、バッテリー製造時に排出されるCO2の分、BEVのCO2排出量が増加してしまう。結果としてHEVに対する優位性がなくなるのみならず、BEVのCO2排出量が規制値に近くなり、欧州OEM各社が心血を注いで開発しているBEVをもってしてもCAFE規制への対応が難しくなるのではないかと懸念される(そうなると、EUお得意の「ルール変更」があるのではないかと邪推する。)
1998年の初代プリウスの発売以来、日系OEMのストロングハイブリッドは着実に進化を遂げてきた。トヨタのTHS II搭載車を主に、ホンダ、日産が市場に商品投入、いずれもEV走行が可能で、大きな燃費向上効果を得ている。量産により生産コストも低下し、トヨタのTHS IIは規制対応でコストが上昇しているディーゼルと競合できるレベルになったと言われており、昨年トヨタは欧州でディーゼルから撤退を表明、ディーゼルに対抗するべく新型カローラに2.0Lのハイブリッドを搭載した。
現行のTank to Wheelの規制であっても、欧州ではストロングハイブリッド車を相応台数販売しているトヨタ自動車以外は、現在の技術によるパワートレーンミックスではこの欧州の規制に対応できないのが現実となっている(添付3を参照)。
トヨタ自動車は昨年6月、2017年12月に発表した電動車の普及目標(2030年にHEV/PHEVを450万台以上、BEV/FCVを100万台以上)を5年前倒しで2025年に達成すると発表した(添付4)。この際「2025年以降」の数値については言及がなかったが、次世代電池、水素や再生可能エネルギー由来の発電所の普及状況(特に日本)などを鑑みるに、トヨタ自動車が上記で掲げている「全体販売に対する電動車の比率が50%、内、BEV/FCVが(電動車全体の)20%」という数字が、当面の間、GHGをminimizeする最適解なのではないだろうか。
(添付1)【燃費・GHG規制の動向】
※1 : 米国の連邦GHG規制は、Safer Affordable Fuel Efficient Vehicles Rule for Model Years 2021-2026(SAFE規制)により2021~2026MY(モデルイヤー)では暫定的に緩和される(2018年8月にNHTSA及びEPAが共同提案、2019年9月施行)。SAFE規制はGHG規制の緩和と共に、カリフォルニア州独自のZEV規制を無効化するが、カリフォルニア州は他州と連携し連邦政府を提訴(2019年9月)しており、情勢は流動的。
※2 : 2020年の規制値「95g/km (NEDCモード)」をWLTPモードの試算値に置き換えたもの。
規制数値の根拠は”Regulation 2019/631”(2019年4月25日付EU官報に掲載)
https://eur-lex.europa.eu/legal-content/EN/TXT/?uri=CELEX%3A32019R0631
尚、Regulation 2019/631にはベンチマークとして2030年のZero Emission Vehicle/Low Emission Vehicle(CO2排出量50g/km以下)の「シェア35%」が明記されている。
※3 : 2019年6月25日に国土交通省より公表された「乗用車の新たな燃費基準に関する報告書」による。
https://www.mlit.go.jp/report/press/jidosha10_hh_000217.html
本年度中を目途に国土交通省及び経済産業省において、関連法令に基づく基準の改正を行う予定。
尚、2030年の燃費基準は2020年のそれに対して44.3%の改善となるが、2016年度の実績値において既に19.2km/lが達成されており、実質的な改善(2016年→2030年)は32.4%となる。また、報告書には、BEV/PHEVについてWell to Wheelの考え方により評価することが明記されている(BEVの燃費が∞km/lにはならないため、見た目の数値より厳しいものになる)。
※4 : 2025年及び2030年の規制数値は2016年10月制定の「省エネルギー・新エネルギー車技術ロードマップ」による。このロードマップには新エネ車(BEV、PHEV、FCV)の販売目標として2020年7%、2030年40%が記載されている。2025年の燃費数値については近々CAFC規制・第5フェーズの最終案として発表される見込み。
(添付2)【日本の新燃費基準におけるWell to Wheel燃費の計算方法】
(出典:総合資源エネルギー調査会省エネルギー・新エネルギー分科会 省エネルギー小委員会自動車判断基準ワーキンググループ・交通政策審議会陸上交通分科会自動車部会自動車燃費基準小委員会 合同会議 取りまとめ(自動車燃費基準等)(2019年6月25日) より抜粋)
(添付3)
(出典:2019年4月3日の、トヨタ自動車によるハイブリッド関連車両電動化技術の特許実施権の無償提供に関する記者会見での投影資料)
(添付4)
(出典:2019年6月7日のトヨタ自動車による報道発表資料)