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REPORT

業界レポート『「移動」に付加価値をもたらすサービスデザイン ~移動減少社会における交通需要創出のヒント~』

自動車業界、そして未来のモビリティ社会に関連する業界の最新動向や、世界各国の自動車事情など、さまざまな分野の有識者のレポートをお届けします。

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  1. はじめに

前回前々回のコラムでは、自動運転に対する期待や不安や自動運転の普及に向けた課題を利用者の視点から議論しましたが、今回はより視点を広くして、人の「移動」そのものに焦点を当ててみたいと思います。

少し前の話題になりますが、2019年11月末に国交省から『総移動回数が調査開始以来、初めて減少」という記者発表がありました。これは「東京都市圏パーソントリップ調査」の結果を公表したもので、総移動回数や外出率(外出する人の割合)、1⼈1⽇当たりのトリップ数(移動回数)が調査を開始した昭和43年以来で最低の結果になったこと等が明らかになりました。

人の移動が減少する社会へと日本がシフトしつつあるのならば、それが経済・社会に与える影響も大きいと考えられます。一部のメディアでも取り上げられたこの発表内容に筆者も関心を頂きました。まず、この「東京都市圏パーソントリップ調査」の結果の概要を紹介するところから本稿を始め、つぎに「移動」を取り巻く外部環境を定量的に見ていきたいと思います。

  1. 日本の「移動」を取り巻く環境

この調査結果で特に注目されたのは、総移動回数が調査開始以来、初めて減少に転じたことや外出率及び1人1日当たりのトリップ数が調査開始以来で最低の結果になったことです(左下図)。外出率はすべての年齢階層で減少し、トリップ数は私事の目的別では「買い物」や「食事・社交・娯楽」等が大きく減少した結果となりました(右下図)。皆さんの周りでも昔に比べて外出しなくなったと感じることはありませんでしょうか。

外出回数が減少した原因の一つとして考えられるのが、インターネットの普及です。今となっては当然のことですが、スマホやパソコンでインターネットに接続してさえいれば、外出しなくても買物や食事の注文等が出来るようになりました。

左下図は、宅配便の取扱個数とインターネットショッピングの利用世帯の推移を表したもので、かなりのスピードでインターネットショッピングが普及していることが読み取れます。この急速な変化が物流業界に多大な影響を与えていることは言うまでもありません。右下図は、モバイル機器によるインターネットの1日当たりの平均利用時間の推移を表しています。5年間前と比べると平均利用時間が約2倍になっていることが分かります。スマホがあれば、買い物をはじめ、SNSで友人や家族と繋がったり、動画・音楽の視聴やゲーム等の娯楽を楽しんだりできるので積極的に外出しようという動機も起こりにくくなっているかもしれません。

左下図は、食品宅配の市場規模推移がまとめられた調査結果です。Uber Eatsに代表されるオンライン・フードデリバリー・サービスや少子高齢化、ライフスタイルの多様化等を背景に、食事や食品の宅配需要が着実に増加していることが分かります。その一方で、このようなトレンドにフォローできない飲食店が厳しい状況に置かれていることは想像に難くありません。参考までに飲食業事業者の倒産件数を見てみると、2019年は799件に上っており、2000年以降の20年間では2011年の800件に次いで2番目の多さとなっています(右下図)。

ここで更に距離の観点からも「移動」の現状を探ってみます。下図は、国内の車両別年間走行距離の推移を表したものです。乗用車は、2000年以降の20年間で2005年をピークに総走行距離が減少し始め、2019年は2005年比で約17%減となっています。二輪車は、同期間において2001年がピークで、2019年は2001年比で約32%減という結果になっています。距離の観点からも「移動」が減少していることが伺えます。

以上、簡単ですが、「東京都市圏パーソントリップ調査」の概要と日本の「移動」を取り巻く環境を見てきました。

 

さいごに参考情報として、移動手段を提供する交通事業者の概況も確認しておきます。左下図は、乗合バス(路線バスや高速バス等)の輸送人員等を表したものです。輸送人員及び収入は、人口が増加した大都市部において若干の増加がみられるものの、依然として輸送需要の減少が続いており、乗合バスを取り巻く環境は厳しい状況が続いていることが分かります。右下図は、ハイヤー・タクシーの輸送人員や車両数等の推移を表しておりますが、こちらも厳しい状況が続いていることが分かります。

  1. 「移動」に付加価値をもたらすサービスデザイン

前置きが長くなってしまいましたが、日本が移動減少社会にシフトしつつあるとも言える状況を種々の調査結果をもとに見てきました。人口減少や少子高齢化といったメガトレンドの影響も鑑みると、人の移動に関わる交通需要は今後減退していくという見方が出来るのではないでしょうか。

 

ここであらためて「移動」の価値について考えてみたいと思います。「移動」そのものは目的ではなく、目的地に着くまでの手段であったため、「移動」が利用者に提供する価値も、目的地により早く、より安く、より快適に、より便利に到着することでした。そのため、交通事業者は「速さ」・「安さ」・「快適さ」・「便利さ」を軸に差別化を図ってきました。

 

しかし、ここに至って国内の総移動回数や外出率等が減少しており、これまでやり方で競争優位を図ろうとするだけでは、業界全体で減少するパイ(乗客)の奪い合いをする消耗戦になりかねません。そこで本稿では、これまで手段でしかなかった「移動」に対して利用者が新たな付加価値を見出すことができれば、外出のきっかけが出来たり、移動すること自体の楽しみが増えたりして交通需要が増えるのではないか、という視点を提供できればと思います。

 

これまで手段でしかなかった「移動」にもっと出来ることはないのでしょうか。「移動」が新たな付加価値を利用者に提供し、新たなユーザーエクスペリエンスの実現に繋げている事例をいくつか簡単にご紹介したいと思います。(詳細は参照元のリンクをご覧ください)

 

■「Beauty Taxi:移動 xメイクアップ」(Beauty Taxi N1社、ロシア)

1つ目の事例は、女性向けの移動するビューティー・サロンです。メイクアップが面倒だから外出を控えるという課題の解消や通勤時間を使ってプロにメイクアップしてもらいたいというニーズに応えるサービスで、「移動時間を使って綺麗になれる」という新たな価値を利用者に提供しています。下記リンクにて利用者がこのサービスを受けているワンシーンをご覧になれます。

(参照元:ロイター https://www.reuters.com/video/watch/idOVBBCD6CN)

 

■「HAPPY MAPS:移動 x 最も楽しい経路を選ぶ地図アプリ」(Goodcitylife社、イギリス)

こちらは、景観が良く、移動が楽しくなるようなルートを提案してくれるサービスです。「より速く目的に到着する」という価値観に一石を投じるもので、最短ルートのみを利用者に提案してきた既存の経路検索アプリやカーナビとの差別化が見られます。季節や時間によって美しい経路や静かな経路を選択して移動できるようになれば、新たな外出のきっかけ作りにもなるのではないでしょうか。

(参照元:Goodcitylife https://goodcitylife.org/

 

■「nommoc:移動 x コストゼロ」(nommoc社、東京)

既にご存じの方も多いと思いますが、こちらは目的地までの移動を無料化し、移動自体を新しい体験に変えることを目指す配車サービスです。利用者はスマホアプリで配⾞を依頼して、広告パートナーらが創造したコンテンツを移動中に楽しむことができます。移動にはコストが付きものという常識を覆すもので、コストを考えずに移動ができると⼈はもっと多くの場所に行きたいと思うのではないでしょうか。

(参照元:株式会社 nommoc https://nommoc.jp/

 

■「HorroRide:移動 x VRエンターテインメント」(シナスタジア社、東京)

次は、VRを使って視覚内に現れるアニメキャラクターと会話を楽しんだり、様々な場所の観光ガイドをしてもらったりできる、新たなドライブエンターテイメントです。同社は、自動運転に用いる3D地図や経路情報等のデータから自動生成されたフィールド上で、車の動きや周囲の状況と連動したVR体験も提案しています。移動中の街をVRでタイムスリップすること等も可能になるかもしれません。

(参照元:株式会社シナスタジア https://synesthesias.jp/

 

■「ドリームスリーパー:移動x 個室で宿泊」(関東バス社、東京)

さいごは、業界初となる全11室を扉で仕切った完全個室型の高速バスです。最高の眠りと上質なリラクゼーションを追及しており、車内にはホテルのようにリラックスウェアやアメニティグッズ、アロマ等が備わっています。「長距離移動で個室に宿泊」という新たな価値をもたらし、これまでの高速バスとは一線を画すサービスです。フリーWi-Fiも完備しており、移動型オフィスとして利用することも出来ます。

(参照元:関東バス株式会社 https://www.kanto-bus.co.jp/nightway/dream-sleeper/

 

  1. さいごに

「移動」に付加価値をもたらすサービスの事例をご紹介しましたが、このように移動すること自体が楽しくなると、外出のモチベーション向上にも繋がり、交通需要の創出にも貢献することが期待されます。移動減少社会とも言える状況において、需要を掘り起こすことは容易ではないかもしれませんが、魅力ある移動手段が増えることで移動したくなる機会が増え、利用者がインターネット上では出会えない様々な喜びを外出先で享受できるようになればと思います。勿論、そのためには目的地である街や施設、コミュニティにおいても、その魅力が高められることが期待されます。

 

少し将来を見据えてみると、自動運転の実現によって「移動手段」は、「移動空間」として再定義されることになると筆者は考えています。平均300時間から400時間とも言われる年間移動時間を過ごす空間を新たな市場として捉えたときに、これまで通りの「速さ」・「安さ」・「快適さ」・「便利さ」といった機能的・経済的な価値の提供に加えて、事例で見たような「移動」に意味や物語を与えられる感性的な付加価値をいかに提供できるかが、交通事業者の今後の競争優位性を発揮するうえでの重要なポイントになるのではと考えています。社会とテクノロジーへの洞察を更に深め、利用者に望まれるサービスの実現に引き続き努めていきます。

 

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