鉄道、船舶、自動車、航空機といった交通機関の登場は、人間の生活空間に大きな変化をもたらした。日本でも明治以降、拡大・成長の時代のなかで、鉄道、道路、空港等の社会資本が整備されてきた。
高速、かつ大容量の輸送を可能とした交通機関の登場により、空間、時間距離が大幅に縮小され、生活空間を広げることを可能とした。一方、職住の分離等が進み、人々が生活、労働するうえで交通機関は不可欠な存在となった。
「衣食住」が最も生活に必要な3要素といわれているが、それらを運ぶ役割を担う“交通”も現代社会では欠かせない経済活動の一つとして重要な生活要件となっている。
本川達雄教授著「ゾウの時間ネズミの時間」によると、現代人は縄文人と比べ40倍のエネルギーを消費している、つまり社会生活の時間が約40倍速くなっているとのことだ。人々は高速な移動に価値を見出し、利便性を追い求め続け、技術がそれを可能にしてきた。
交通機関の発達により国境を越えた市場経済を通じた取引が活発となり、グローバリゼーションが進んだ。資本主義による経済が発展、効率の追求、無駄の排除が進むとともに、社会にひずみが生まれ、格差等社会課題が顕在化、ローカルな地域、個人の生活にも負担を強いるものとなった。
交通網の整備は経済発展に大きく寄与したが、昨今移動が困難になる人が急速に増え、深刻な地域崩壊が各地で進んでいる。
誰もが安心・安全に移動でき、いつまでも住み続けられるまち/地域をつくり、豊かな生活の質を担保する重要な要素として公共交通の重要性が高まっており、医療、福祉、教育、観光等の施策とも組み合わせた速やかな地域交通の構築が求められている。
平成25年に、日本の総合的な交通政策の方針を示す「交通政策基本法」が施行された。
国民等の交通に対する基本的な需要が適切に充足されることが重要であるという認識の下、「豊かな国民生活の実現」、「国際競争力の強化」、「地域の活力の向上」、「大規模災害への対応」など、政府が推進する交通に関する施策についての基本理念とともに、これらの基本理念を実現するために実施することが必要な交通に関する基本的な施策として、以下のような内容が定められている。
- まちづくりと一体となった公共交通ネットワークの維持・発展を通じた地域の活性化
- 国際的な人流・物流・観光の拡大を通じた我が国の国際競争力の強化
- 交通に関する防災・減災対策や多重性・代替性の向上による巨大災害への備え
- 少子高齢化の進展を踏まえたバリアフリー化をはじめとする交通の利便性向上
- 以上の取り組みを効果的に推進するための情報通信技術(ICT)の活用
本法律の基本理念のもと、地域交通の維持確保に向けた具体的な施策が進むことが期待されるが、一方、財源の問題等を鑑み、地域の特性に応じた交通機関を整備していく必要が出てくるであろう。そのためには、地域自らその地域の社会課題を抽出し、解決方法を策定、具体化していくことが求められると考えられる。
情報化社会を迎えグローバル化が進むとともに、今後は技術の進化により自立分散型のローカル化も実現可能となり、画一的な制度から脱却し、地域にあったサービスを提供することも可能となるであろう。また個人のモノからコトへといった時間の消費の価値も更に向上させることができるようになるのではないか。
公共交通には、須らく同質のサービスを提供していくといった大義もあるが、これからは、地域毎の多様な移動を実現させることを可能とする仕組みづくりがさらに求められるであろう。
以上、人々の生活にとって、交通・移動は必要不可欠なものであることを述べてきたが、COVIT-19対策として移動が制限されている今、地方や都市といった地域を問わず、改めて自分にとって移動とはなにか、移動の価値をあらためて考える機会となったのではないかと考えている。
外出規制により人々の暮らしや経済活動に制限がかかり、多くの人々が負の影響を受けており、自由に移動できる事の重要性、大切さが再認識されたことであろう。一方、テレワーク等による通勤ラッシュの緩和や通勤時間の削減、オンライン会議や会合の利便性、宅配サービスの一層の活用等により、人やモノの移動の流れが強制的に変わり、今まで当然だと思っていたことが、実は変われる可能性があるといった気づきになったのではないであろうか。また、緊急事態宣言に伴う特例措置としてタクシー事業者の輸送貨物運送(貨客混載)サービスが各地で展開されている。貨客混載は自動車運送業の担い手を確保するとともに、過疎地域等における人流・物流サービスの持続可能性を確保するため、部分的に規制緩和がされているが、本措置自体は限定的ではあるものの、将来の新しいサービスへとつながるかもしれない。移動関連のデータは個々人に最適化された新たなサービスの創出の可能性とともに、有事の際にも有効性が高いものであると改めて証明されている。
さらにCOVID-19との共生といった生活様式が続くということなれば、シェアリングエコノミーにも変化が求められるであろうし、ワクチンの実現の時期によっても社会生活は大きく変化するであろう。然しながら現状時期の明確化もできず、いつまでに実現出来たら/出来なかったらこういう結果となるといった推測もできない状況だ。
これからの移動がどうなっていくのか、社会がどう動いていくか、COVID-19の発生、流行拡大は未曽有の事態であり、将来予測が困難ななか、バタフライ効果が起きることも考えられる。
はたまた、通常に戻るという勢いの方が、現状を変える流れよりも強い場合も想定される。
例え小さくても変化の兆候を見落とさず、セレンディピティを呼び寄せられるか、持続可能な社会の実現に向け、将来の移動サービスを考える上で心に留めておきたいと考えるものである。