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REPORT

業界レポート『クルマにおけるDXの進行』

自動車業界、そして未来のモビリティ社会に関連する業界の最新動向や、世界各国の自動車事情など、さまざまな分野の有識者のレポートをお届けします。

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コロナ禍の中、私たちは今、ライフスタイルの大きな変化に直面している。オフィスに出社する回数は激減し、自宅でテレワークを行う。人と人との直接の接触を避け、会議はオンラインで行う。会社だけでなく、学校も然り。そしてそうした変化をデジタル・トランスフォーメーション=DXが支える。そして、DXは、クルマも大きく変えてる。一般によく言われる通り、DXの特徴は外から見ても、余りよくわからない。その点はクルマについても「然り」。DXだからと言って、エンブレムに「DX」と書かれている訳ではない。然し、中身は大きく変わりつつある。

E/Eアーキテクチャの進化

(1)従来E/Eアーキテクチャが抱える課題:

従来よりクルマには、数多くの車載電気・電子機器が搭載されている。普通のクルマならば約50基、高級車であれば100基以上の制御用コンピュータ(ECU)が、センサー、アクチュエータを使い、エンジン制御、ライト、ウィンドウ、カーナビ等々を動かしている。これら、ECUやセンサー、アーキテクチャ等をつないだクルマを構成する大きな制御システムのことをE/E(電気/電子)アーキテクチャと呼ぶ。今、このE/Eアーキテクチャが大きな進化を遂げようとしている。現在のクルマに用いられているE/Eアーキテクチャは、「機能分散型アーキテクチャ」と呼ばれるものであり、文字通り、エンジン制御、ブレーキ制御、ミラー制御等機能ごとに最適化されたECUが配備された構造になっている。クルマの機能の増加に合わせて、制御システムを加えていったため、このような形になった。結果、機能分散型アーキテクチャの構造は極めて複雑であり、ハードウェアとしてのECUも、其処に搭載されたソフトウェアも機能ごとに独立したものであるため、運転支援機能(ADAS)を発揮するために必要となる機能連携や協調制御は関係する制御体系間ですり合わせが必要となり、OEMの開発工数を逼迫させてきた。因みに、夫々のECUに組み込まれたソフトウェアの規模(コード数)はクルマ1台当たり累計で1億行にも上る。この1億行というソフトウェアの規模は、F35戦闘機(24百万行)やMicrosoft Office 2013(44百万行)を大幅に上回る。加えてクルマがCASEの進展により飛躍的に進化する中、ソフトウェアの規模も2025年には6億行超に達するとも言われている。つまり、今のままでは、早晩、立ち行かなくなってしまう。

(2)ドメイン集約型:

結果、CASEの進化による制御の複雑化に対応すべく、自動車OEM各社は目下、これまでの「機能分散型アーキテクチャ」に代わる、「ドメイン集約型アーキテクチャ」の開発を急ピッチで進めている。それは、セーフティ&パワートレイン制御、ボディ制御、レーダー/ビジョン制御等「ドメイン」と呼ばれるアプリケーション/機能別領域毎にECUを束ね、ECU間の通信や協調制御などを行うドメイン・コントローラを配備する構造からなる。ところで、クルマはこれまで一部の特定機能(例: カーナビの地図情報)を除いて、スマートフォンのように、ソフトウェアが無線通信を介して(以下、OTA: Over The Airと呼ぶ)、アップデートされることはなかった。然し、E/Eアーキテクチャが今後「ドメイン集約型」に進化すれば、いよいよ、クルマのソフトウェアもアップデートが可能になる。何故なら、「ドメイン集約型」であれば、構造的には、従来型よりもシンプルに整理され、データの流れも清流化される、アップデートされるソフトウェアの所在もある程度まとまっている為、配信しやすいし、サイバーセキュリティの対策も打ちやすい、からだ。加えて、5G通信の普及がOTAを後押しする。

(3)中央集中型:

E/Eアーキテクチャの進化はその後も更に続く。自動運転レベル4(特定条件下の完全自動運転)に対応するためには、クルマの機能が更に高度化するからだ。上記「ドメイン集約型」を超えて更に集約を進め、2025年ごろには、「中央集中型」になるものと考えられている。中央集中型になると、現状でクルマ1台あたり50~100基と言われたECUは、3個程度の高性能な中央コンピュータに置き換わる。結果、分散する個々のECUに組み込まれたソフトウェアも中央コンピュータ内に集約され単純化されるため、更新もしやすくなる。結果、ソフトウェアの継続的なアップデートとアップグレードが実現しやすくなる。

E/Eアーキテクチャの進化による影響

(1)口火を切ったのはテスラ:

上記変化の先駆けとなったのは、新規参入者であるテスラだ。テスラは自動車業界に新規参入して以来、全てのモデルについて、集中型電子基板を採用してきた。一方、従来型自動車OEMが長年採用してきた「分散型アーキテクチャ」とは、クルマの機能的進化に合わせてECUが増える中、増殖した「成行き」の結果であり、其処に「全体概念」があったわけではない。機能連携・協調制御というニーズの前では、両者のパフォーマンスの差は歴然としている。OTAという観点でも、既に述べた通りだ。加えて、集約化されれば、ECUのハードもソフトも経済性がよくなる。共通する領域を分散して持つ必要がなくなるからだ。

(2)産業構造に与える影響:

従来型自動車OEMは、サプライヤーが提供する部品(機能別モジュール)をハードウェアとソフトウェアとのセットで購入してきた。その結果、分散型アーキテクチャになったわけだが、これが整理統合されて、ドメイン集約型から、中央集中型に進むについて、ハードウェアとソフトウェアとを部品毎のセットで購入する必要はなくなる。バラバラで購入することが可能になる。

(3)ハードとソフトの切り分け:

斯くして、ハードウェアとソフトウェアの切り分けが実現すれば、上述の通り、クルマについてもソフトウェアのアップデートが可能になる。BMWは今年の夏より欧州で導入したOS7.0により、ドライバーが適切な情報を適切なタイミングで受け取ることが可能にした。ナビ用地図の更新はもとより、コントロールディスプレイを自分専用にカスタマイズしたり、EV充電機能の最適化、Google Android Autoインフォテイメントのアップデート、インテリジェント・パーソナルアシスタント機能の増加等、様々なアップデートがOTAによって可能になった。先般、トヨタもLexus LSのビッグマイナーチェンジにて”Updatable”が可能になることを発表した。

(4)持続可能なシステム:

結果、クルマは、機能を制御するECUやコンピュータのハードウェアの許容範囲内であれば、ソフトウェアのアップデートにより、機能を刷新し続け、いわば、将来にわたって持続可能なシステムへと進化する。自動運転機能の装備にあたっては特にアップデートはその安全性を担保するために重要な要件だ。加えて、持続可能であるために、設計開発段階では、将来のニーズ動向をある程度先読みした上で、ハードウェアには余裕を持たせることが必要になる。このことは、従来、無駄を取り除いてきたクルマの設計思想を改め、予め余裕を織り込む、発想転換が求められるようになる。

(5)サイバーセキュリティへの対応:

以上、OTAが齎す利便性と共に、サイバー攻撃のリスクに対する対応も求められる。サイバーセキュリティおよびソフトウェアアップデートに関する国際的なルールは現在、国連の「自動車基準調和世界フォーラム(WP29)」にて協議が進行中だ。OTA可能なコネクティッド機能を持ったクルマについては、製造販売するOEMに対し、その製品ライフタイム(通常であれば12年程度か)の間、サイバーセキュリティ機能の保証が義務付けられる方向だ。

(6)突き詰めると:

これまで、クルマは、オーナーがクルマを受け取った納車が一種「ゴール」のような意味合いを持っていたと思うが、この点が、上述により、大きなパラダイムチェンジを迎えようとしている。つまり、納車は、単なる「通過点」となり、その後もクルマは自動車OEMと繋がり続け、進化し続ける様になる。このことは、ゆくゆくはクルマの販売の在り方やビジネスモデルにも影響を与えることになるだろう。

未来の入り口

本年8月に公開された情報通信白書(令和2年版)では、「データ主導型の『超スマート社会』への移行」と称し、「5Gの生活への浸透とともに、AI・IoTの社会実装が進むことによって、サイバー空間とフィジカル空間が一体化するサイバー・フィジカル・システム(CPS)が実現し、データを最大限活用したデータ主導型の「超スマート社会」に移行していくこととなる。・・・(中略)・・・。2030年代には、サイバー空間とフィジカル空間の一体化が更に進展し、フィジカル空間の機能がサイバー空間により拡張されるだけでなく、フィジカル空間で不測の事態が生じた場合でもサイバー空間を通じて国民生活や経済活動が円滑に維持される幸甚で活力のある社会が実現する」と説明している。単純化のため、ここでいう「サイバー」をソフト、「フィジカル」をハードと読み替えれば、クルマが、今日、将にこのような未来の入り口に立っていることを実感する。コロナ禍にあっても、「100年に一度の大変革」は粛々と進行中、却って更に加速する様に思える。

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