はじめに
モビリティ実証実験は自動運転に関するものが話題になることが多いが、地域の交通課題やモビリティ需要に対応する手段は、地域の実情に応じて様々な形があり得る。また、地域が本当に必要とする移動サービスが提供されるためには、地域や市民の協力・協働も欠かすことができない。
今回は、先般実施された内閣府SIP-adus(*文末注参照)主催のオンラインイベントを題材に、こうした問題について考えてみたい。
2021年6月、住商アビーム自動車総合研究所が2017年より企画運営を務める内閣府SIP-adus 主催「市民ダイアログ」の一環として、神奈川県横浜市での取り組みをテーマにオンラインミーティングが実施された。
「市民ダイアログ」とは、自動運転技術の社会実装に向けて地域の”社会的受容性”を醸成するために2016年度より行われている対話イベントであるが、今回は広く地域の交通課題への取組として、横浜の事例をテーマに実施された。講演およびパネルディスカッションには、横浜市、東京大学、横浜国立大学、京浜急行電鉄の専門家・担当者が登壇した。
なお、当日の様子はSIP自動運転のコミュニティ・メディア「SIP-cafe」において、動画の形でまとめられている。
横浜での取組から考える都市郊外の移動 市民ダイアログ@横浜 | SIP cafe 〜自動運転〜 (sip-cafe.media)
横浜市の交通課題
全国の自治体の多くは人口減少と高齢化に悩んでいるが、日本有数の大都市である横浜もこの例に漏れない。横浜市の人口は、2020年の373万人をピークに減少に転じ、今後も減少が続く推計となっている。65歳以上の人口比率を示す高齢化率は、2010年に20%であったものが2020年には25%まで増加し、2030年には27%に至る予測である(図1)。
路線バスも課題を抱えている。1日あたりのバス利用者数は1997年から2010年にかけて15万人減少しており、その後も低迷を続けている(図2)。若年・生産年齢人口の減少に伴い、通勤・通学需要が減少していることが一因と考えられる。また、バス運転手の高齢化と長時間労働も課題である(図3)。
さらに、横浜市に特徴的な課題として、高低差の激しい地形がある。最寄りのバス停までの延べ高低差を示した図(図4)を見ると、高低差30m以上を示す赤い地域が市内各所に点在しており、高齢者等の交通弱者のバス停へのアクセス、さらにはバス利用を通じた駅へのアクセスに制約があることがうかがえる。
勾配の急な富岡エリア(京浜急行電鉄プレスリリースより)
地域交通サービス「とみおかーと」の取組
上記のような交通課題に対する横浜市の取組は、例えば「地域交通サポート事業」など多岐にわたるが、ここでは乗合型移送サービス実証実験「とみおかーと」の事例を通じ、地域の交通課題への取組で重要なことについて考えたい。
「とみおかーと」は、横浜市金沢地区における地域交通サービスの実証実験であり、2018年から実施されている。3度目となる2020年度実証実験は、横浜市、京浜急行電鉄、横浜国立大学、日産自動車が連携して、2020年10月から2021年2月にかけて行われた。
これによって既存の公共交通を補完し、山坂の多い地域でも無理なく移動できる環境を作ることや、居住地としての魅力を高めることが期待されている。
実証実験では、京急タクシー乗務員が運転手となり、ゴルフカートベースのグリーンスローモビリティや乗合バンを地域で運行した。
運行形態は、「路線定期運行」と「フリーエリア運行」から成る。「路線定期運行」では、従来の停留所式から「手挙げによるフリー乗降」に変更して利便性を高めるとともに、対象エリアも拡大した。事前にアプリや電話で配車予約する「フリーエリア運行」では、運行エリアを利用者のニーズに合わせて見直すとともに、「最短当日15分前予約(アプリ予約の場合)」を可能にして、さらに使いやすく改良したという。
ディスカッションでは、共に実証実験に取り組んだ行政、事業者、大学それぞれの立場から意見が交わされた。そこから見えてきたことを筆者なりにまとめてみたい。
住民参画の重要性
「とみおかーと」実証実験では、住民の声を丁寧に聞いて意見を取り入れるとともに、住民側からの自発的な協力もみられたという。
例えば、移動ルートの設定にあたって、当初は「坂道の上り下りがつらい」といニーズに焦点を当てていたが、アンケートやアプリ上で登録される希望ルートを通じ、「子供の送迎に利用したい」「○○の目的地に行きたい」(近隣駅・スーパー等)といったニーズを捕捉し、これをルート設定に反映した。モビリティ実証実験は、単なる試験運行の域を超え、地域ニーズに応じて「実際に日常的に使ってもらう」段階に入ってきているといえる。
また、車両改良の経緯も興味深い。ゴルフカートベースの車両は、「かがんだ姿勢でのファスナー開閉が大変」「社内が寒い」「見た目を魅力的に」といった声を反映し、当初モデルから改良を重ねている。利用者を巻き込んだ改善で、「地域と車両の共進化」(横浜国立大学・有吉特任准教授)といえる。
さらに、一歩進んだ住民側の協力もあった。駅前の店舗空間が待合所・利用相談所として提供されたり、地元の中学校で「とみおかーと」に関する地域学習が行われたりするなど、地域の側から「とみおかーと」に寄り添う動きがあった。
「とみおかーと」のような地域型MaaSは、地域に住む人々の暮らしや生活をより良くするために行われる。地域の理解と協力を得ることが、まず成功の必須条件だと言えるのではないだろうか。
「真のニーズ」を捉える難しさ
一方で、ディスカッションでは、実際の利用につながる「真のニーズ」を捉えることの難しさも語られた。
横浜市の担当者は、「あるサービスが『あったらいいね』という程度で『ニーズ有り』と認識してしまわないように注意が必要」だという。「アンケートで、『~~のサービスがあったら良いと思う』に『○』回答があったとしても、蓋を開けてみるとあまり乗ってもらえないという事例がよくある。市民の方に真の需要を発信していただくことが実は難しい」。
今回の「とみおかーと」実証実験のルート設定では、アンケートだけでなく、過去の実証実験で実際に登録されたルート希望も考慮された。このような試行錯誤を通じて「真のニーズ」を追求していくことが必要だと考えられる。
さらには、住民の側からも、自分たちが現状どのように困っているのか、どうしたらより良いものになるかについて、機会をとらえて議論に参加してもらうことが重要ではないだろうか。地域密着型のモビリティサービスであるからこそ、地域の人々自身がいわば”自分事”として積極的に取り組んでいく、そのための仕組みや土壌を粘り強く作っていくことが、成功につながる鍵ではないかと感じさせられた。
「とみおかーと」の車両は地域の利用者とともに改良されてきた(横浜国立大学講演資料より)
地域の理解と協働によってプロジェクトが成り立ち、より良いものになっていく(横浜国立大学講演資料より)
【補注】
(*) SIPとは:科学技術の司令塔機能をもつ内閣府総合科学技術・イノベーション会議が、府省庁の枠や旧来の分野を超えたマネジメントにより科学技術イノベーションを実現するために創設した国家プロジェクト。プログラムを強力にリードするプログラムディレクターを中心に産学官連携を図り、基礎研究から出口までを見据えた一気通貫の研究開発を推進
SIP-adusとは:SIPにおける自動運転への取組(略称SIP-adus;Automated Driving for Universal Services)は、交通事故の低減や交通渋滞の緩和、地方部等における高齢者などの交通制約者の移動手段の確保、といった社会課題の解決を目指して研究開発を推進。さらにSIP第2期では、自動運転の適用範囲を一般道へ拡張するとともに、自動運転技術を活用した物流・移動サービスの実用化を推進。
【参考文献】
横浜市プレスリリース「京急沿線の富岡地区における地域交通「とみおかーと」実証実験のお知らせ」2020年10月1日付
https://www.city.yokohama.lg.jp/city-info/koho-kocho/press/toshi/2020/20201001keikyu.html
京浜急行電鉄プレスリリース「地域交通課題解決に向けた 乗合型移送サービスの実証実験」2020年10月1日
https://www.keikyu.co.jp/company/news/2020/20201001HP_20078TS.html
京浜急行電鉄 とみおかーと実証実験ウェブサイト
横浜市都市整備局・京浜急行電鉄株式会社「みんなの富岡・能見台 丘と緑のまちづくり IMAGE BOOK」2021年5月発行
SIP café 「横浜での取組から考える都市郊外の移動 市民ダイアログ@横浜」2021年6月28日付
https://sip-cafe.media/info/6647/
ドライバーWeb「【日産が実証実験に参画】乗合型移送サービス「とみおかーと」実証実験が10月11日よりスタート。実用化へ向けた検証始まる|日産・京急・横浜市・横浜国立大学の産学官連携」2020年10月1日付
https://driver-web.jp/articles/detail/38167