今月(3月)は多くの日本企業にとって会計年度の最後の月、4月からは新たな年度を迎える。今年度を振り返れば、ビジネスの世界で一番の話題に上ったのは、「カーボンニュートラル(以下、CNと略)」ではないだろうか?。2020年10月の菅首相による「脱炭素化宣言」以来の「BEV論議」に始まり、4月末にはホンダが「2040年新車販売BEV化」を宣言、7月にはEUが政策パッケージ「Fit for 55」を発表、11月にはCOP26が開催、12月にはトヨタが「BEV戦略」を発表、と、話題は事欠かず。
今日、「環境対応の成否が事業競争力そのものに大きな影響を及ぼす」と言われる。このことは、モビリティ業界についても然り。つまり、「2050年CN達成」に向けた長期を見渡したビジネス戦略が、モビリティについても求められている。しかし、筆者も、また、読者の方々の多くも、2050年にはこの世に居るかは疑問。では、どうやったら、そんな先のことについて責任持った戦略を構築できるのだろうか?
そこで、本稿においては2回に分けて、「CN2050時代に向けて、モビリティは如何に本業を極め、豊かな社会創りに貢献するか」、新たな時代に向けた長期に及ぶモビリティ・ビジネス戦略について、考えてみたい。今回、第1回は、全体の枠組みについて説明したい。
まずは、「2050年という長期をどう捉えて、戦略に落とし込むか?」。この点について、筆者は、昨年5月にIEAが発表したレポート「Net Zero by 2050(NZ2050と略)」からヒントを得た。
そこには、「CN2050に向け、これからCO2を如何に削減していくか」というバックキャスティング的シミュレーションがあり、「CN2050」というゴールに向け、「2030年」を境に削減手段の入れ替わりが想定されている。つまり、
- 今から2030年に向けては、既にある程度、確実な手段を用いる。具体的には、行動変容、エネルギー効率化、クリーン電源活用、が施策としてあげられる。
- 2030年から2050年に向けては、現時点では不確実性の高い新たなイノベーションの投入を想定する。具体的には、水素やその他新燃料、CCUS(炭素補足)、等々が施策としてあげられる。
詳細は以下、図1の通り。
【図1】
ここからは、上記を単純化して、筆者なりに解釈してみた。以下の図2をご覧頂きたい。
【図2】
上記解釈にあたり、「2030年代」を屈曲点と置いてみた。IEAは「2030年」を境に表現しているが、筆者なりに、「多少の誤差」と、「2035年に石油産出がピークを迎えるであろう、という通念」を加味し、幅を置いた。そして、この屈曲点を前後に、2段階のアプローチを想定した。つまり、
- 「屈曲点」以前、つまり、「移行変革期」においては、ターゲットは「エネルギーの削減」であり、そのための手段として「効率化・行動変容」を用いる
- 「屈曲点」以後、つまり、「新たな秩序」においては、ターゲットは「エネルギーのクリーン化」であり、そのための手段としては、現時点では不確実性の高いイノベーションを含む、様々なテクノロジーを投入する
ここで、「効率化」についてだが、具体的には「動力の電化による効率化」を意味する。つまり、モビリティに関して言えば、「内燃機(ICE)からEVへの転換により、約7割のエネルギー効率改善が可能」と仮定している。実は、このことに、今年度前半に度々あった「BEV論議」の根っ子があったものと、筆者は考えている。つまり、マクロ視点からすれば、「7割も効率の良いBEVを選択するのが、合理的」である。しかし、一方で、「必ずしも人間は合理的な選択をするわけではない」とも言われている。人々の価値尺度は、人それぞれであり、選択の自由を奪うことは現実的ではない。
改めて、図2のマトリックスに戻る。ここでは、横軸を時空で整理したが、一方、前段からすれば、「手段」も種々多様なものが想定される。それらを整理すれば、
- 一方は、「CNの実現」というゴールを直接目指す「脱炭素化テクノロジー」があげられる。しかし、この手段だけでは、「CN実現」に向けて、「必要」ではあっても「十分」とは言えない。
- 結果、他方で、「それ以外のあらゆる手段」を「CN」に向けて統合的に用いることになる。つまり、それらは、「行動変容」を中心に置きつつ、テクノロジーや社会制度諸々を包括した、「システム・アプローチ」であろう。
以上より、「横軸:屈曲点の前と後」、「縦軸:脱炭素化テクノロジーと行動変容等システム・アプローチ」の2軸から形成される4つの象限が定義できる。以下「図3」をご覧願いたい。
【図3】
これら、4つの象限において、夫々、4つの戦略を整理してみた。つまり、
- 「Ⅰ.電動化戦略」: (まずは、左上欄から始まり)効率化、つまり、電化を軸にエネルギー削減を追求するが、それだけでは、十分ではない、
- 「Ⅱ.システム戦略」: (左下欄にシフトして)あらゆる手段を統合的にシステムとして投入する
- 「Ⅲ.クリーン化戦略」: 一方、脱炭素化テクノロジーは時代と共に進化が予想される。(右上欄にシフトして)、「クリーン化」に向けた脱炭素化テクノロジーも視野に取り組む中、
- 「Ⅳ.価値創造戦略」: テクノロジーと社会等諸々の進化が結集し(右下欄にシフトして)、モビリティ・システムの新たな価値が創造される
また、これら4つの戦略は、全体で「起承転結」のシンプルなストーリーでもあり、一貫すれば「CN2050に向けた道筋」が見えてくる。つまり、筆者は、
- このストーリー全体の整合性を頭に置き、夫々に今から取り組むことが「カーボンニュートラル時代に向けたモビリティ・ビジネス戦略」の実践に繋がる、
- 翻せば、この「起承転結」のストーリーは、夫々のモビリティ・ビジネスに当てはめ、分化させることも可能と思える、つまり、これら4象限を眼下に置いて、起承転結を組めば、「人流」、「物流」、等々、夫々のカテゴリーで、長期の戦略がその過程で相矛盾することなく描くことに繋がる、
と、仮定する。
今回は、以上の通り、「カーボンニュートラル時代に向けたモビリティ・ビジネス戦略」の全体像について、説明した。次回は、上述の4つの戦略夫々について、説明したい。