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REPORT

業界レポート『クルマの交通安全に関するこれまでの取り組みと今後の展望(1/3)』

世界のクルマ事情から未来のモビリティまで、自動車業界の最新動向や注目トピックをわかりやすくお届けします。

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■はじめに

日本では交通事故は依然として社会問題となっており、近年でも数々の痛ましい事故が注目を集めている。

例えば、2019年に発生した池袋暴走事故では、母子2名が死亡してしまった。この非常に悲惨な事件を契機に、高齢運転者の問題が社会的に大きくクローズアップされるようになり、高齢運転者に対する運転技能検査の導入や、免許の自主返納を促す取り組み強化が図られた。
また、同じく社会的に注目されたのが「あおり運転」問題で、2017年に東名高速で発生した事故では家族4名中 2名が死亡してしまった。この事故から「あおり運転」抑止の社会的な要請が強まり、2020年には道路交通法が改正され、危険な運転行為に対する厳罰化が行われた。

しかし、こうした事象がある一方で、実際の交通事故件数や死者は減少傾向にある。
警察庁のデータによると、1970年に年間16,765人を記録した交通事故死者数は、その後減少に転じ、2023年には2,678人となっている。この減少には、シートベルトやエアバッグといった安全装備の開発→啓発や義務化→普及、飲酒運転の取締り強化や交通教育といった交通安全への真摯な取り組みが大きく寄与している(後掲図参照)。

本記事では、このような交通安全への取り組みに関して、これまでどのような道を歩み、今後どこを目指していくのかを、3部構成で概観したい。まず第1部では、1970年前後の交通事情や、交通安全対策基本法を中心としたソフト面での初期の取り組みを振り返る。次に第2部で、その後の自動車メーカーによる安全技術の進化や、自動車アセスメントに代表される車両安全に資する施策の導入、また道路インフラ整備といったハード面の取り組みについて論じる。最後第3部は、ADAS (先進運転支援システム)や自動運転技術など、直近10年の動向から今後に向けての展望について紹介できればと思う。

■1970年代の日本の「交通戦争」

1950年代後半から1960年代にかけて日本は高度経済成長期に入り、生活水準が大きく向上した。それによりクルマが一般家庭にも普及し始め、1960年には230万台だった自動車の保有台数が1970年までに約1,850万台にも達した。
しかし、クルマの普及に伴って都市部での交通量、ひいては交通事故の件数も急増した。特に1970年には交通事故死者数が 16,765人に達し、交通安全への社会としての取り組みがクルマの急増に追いついていないことが露呈した。信号や横断歩道等の交通インフラ整備が不十分で、シートベルトの装着義務もなく、飲酒運転も横行。高齢者や子供といった交通弱者への配慮など、基礎的な交通ルールやマナーが十分に教育されておらず、交通に関する法整備も不十分だったため、痛ましい、重大な交通事故が多発してしまっていたのである。
1964年以降、日本における年間の交通事故死者数の水準が日清戦争での日本側の戦死者数(2年間で17,282人)を上回っていたことから、こうした状況は「交通戦争」とも呼ばれ、国民に強い危機感を抱かせていた。

 

■交通安全対策基本法の制定とその背景

この深刻な事態を受け、「国民の生命と財産を守るため、交通安全に関する総合的かつ計画的な推進を図ること」を目的とした「交通安全対策基本法」が1970年に制定された。

この基本法に基づき、政府は5年ごとに「交通安全基本計画」を策定し、交通事故防止のための施策を体系的に進めるようになった。これは、交通安全に関しての目標や具体的な施策を定め、国が長期的な視点で交通事故の削減に取り組むための指針として機能するもので、1971年に策定された最初の基本計画では、交通事故件数(の削減)や、交通インフラの整備、交通ルールの周知といった目標が掲げられ、それぞれの具体的な施策が実施された。
2024年時点で実施されている第11次交通安全基本計画(2021~2025年)では、交通事故死者数の更なる削減を目指して、特に高齢者や子供の安全対策に重点が置かれている。

■交通安全における「3E」アプローチ

交通安全への取り組みは、Education(教育)、Enforcement(法制)、Engineering(交通工学)の頭文字のEを取った「3E」アプローチに基づいて進められた。3Eアプローチは、交通事故の抑止に大きな効果が認められている。

1. Education(教育)
教育の面では、運転者や歩行者への交通安全教育が強化された。特に、学校教育では子供たちに交通ルールや安全な歩行の仕方を教える授業が行われた。テレビやラジオでの広報キャンペーンや全国交通安全運動も定期的に実施され、社会全体で交通安全意識を高める取り組みが行われた。

2. Enforcement(法制)
法整備も重要な要素であり、例えば、シートベルトの着用義務化、飲酒運転の罰則強化等、交通ルール違反に対する厳しい取り締まりが行われるようになった。こうしたルールの整備・厳罰化などを背景に、運転者側の意識改革が進んだことも、事故発生率の低下に貢献した。

3. Engineering(交通工学)
技術面でも交通事故の防止・軽減に資するハードウェアの開発・装備化が進展した。信号機や歩道橋の設置、交差点の改良といった道路インフラの整備が推進されたことで、歩行者や自転車利用者の安全が確保された。この点については、車両・運転者の安全性を大きく向上させた自動車メーカーによる安全装置(ABSやエアバッグなど)の開発と併せ、続稿第2部で改めて取り上げたい。

■交通安全基本計画の成果と課題

交通安全対策基本法と交通安全基本計画に基づき、シートベルトの着用義務化や飲酒運転の取締り強化や、道路インフラの整備や車両技術の進化など多様で総合的な取り組みが実施された結果、交通事故死者数は着実に減少し、1970年をピークに1980年代には年間10,000人以下にまで死者数が減少した。

しかし、減少したとは言え、まだ2023年時点で2,678人の方が交通事故で亡くなっているという痛ましい現状があるので、これをゼロにするのが究極の目標であることは変わらない。また、その中で高齢者や子供といった交通弱者に対する対策は喫緊の課題であり、交通安全教育やインフラ整備の更なる拡充は引き続きの課題として残されている。

■まとめ

1970年代における日本の「交通戦争」は、クルマの急速な普及に社会の仕組が追い付いていなかったことで引き起こされた深刻な問題であった。交通事故急増を受け1970年に制定された「交通安全対策基本法」は、その後の交通安全への包括的な取り組みの基礎となり、クルマの所有者(運転者)、歩行者、行政、自動車メーカーがそれぞれの立場から、より安全な交通環境の実現に向けて努力し、交通事故件数や死者数を着実に減少させてきたのである。
次回の第2部では、自動車メーカーによる安全技術の発展や、道路インフラのハード面での施策について紹介していく。

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