<エグゼクティブサマリー>
- データエコシステムは、ユースケースの実装により拡大。欧州では「データスペース」上でユースケースを実装。
- Catena-X、Mobility Data Space等のデータスペースとその上で実装されるユースケースの数は継続的に拡大。
- 「ユースケースのデザイン力」を向上させるため、欧州事例を学ぶことは、データの価値を最大化する重要な手段。
■はじめに
データ利活用の重要性が叫ばれて久しい。一方で、自社データを十分に活用できていないのではないかという声が、依然として各所で聞かれる。自動車業界もその例に漏れない。自動車はセンサーの集合体であり、日々様々なデータを収集可能なため、その潜在的な価値を活かしきることが競争力の源泉となる。データを活かすヒントはどこにあるのか。
欧州では、社会制度の変革(製品サプライチェーン全体にわたるCO2、原材料に関する規制、例として欧州電池規則等)が進み、データ共有の必要性が増している。斯様な環境下、自動車OEM、サプライヤー、IT企業等が積極的にデータエコシステムの拡大に取り組んでいる。そのため、本稿では欧州のデータエコシステムを例にその切り口を探る。
■欧州におけるデータエコシステムの拡大
データ利活用のヒントを探るため、まずはデータエコシステムとそれを取り巻く要素を理解することが重要である。
概念図を以下に示す。
データエコシステムは、共有データを用いた事業活動の集合体を表し、その拡大は各社事業へ効率化等の恩恵をもたらす。データエコシステムは、ユースケース(特定の目標や結果を達成するためのデータ活用シナリオ)の実装により拡大する。
データスペースとは、IDSA (※2)の定義によると、データ保有組織がその使用権を完全に制御しながらも、他組織へのデータ共有を可能とする環境を指す。この概念の要点は、「データ保有組織がその使用権を完全に制御」できる点にある。GAFAM等の巨大プラットフォーマーが管理するストレージにデータを保管するのではなく、あくまでデータは保有する組織が管理するストレージに保存され、相互信頼できる組織に対してのみアクセスが許可される仕組みである。データスペースの管理者はあくまでその運営に必要なサービス(利用者管理、マーケットプレイス管理等)を中立的な立場で提供する。従来の巨大プラットフォーマーのように基盤へのアクセス料、データを活用したサービスから莫大な利益を得られる立場にはなり得ず、データ活用による利益は参加企業へ還元されることを目指す。
データスペースではユースケース実現のため、参加者が共通のルールでデータ共有を行う。その仕組みを下支えするのが、データインフラストラクチャである。
ユースケースの一例としてバッテリーパスポートがある。バッテリーパスポートとは、バッテリーに貼付されたQRコードを読み取ることで、原材料がどこで採掘されたのか、バッテリーに加工する過程でどれほどのCO¬2を排出したのか等の把握が可能となる仕組みである。この際、原材料の採掘場所やCO2排出量のデータをサプライチェーン全体で収集するには、複数企業でデータ共有が必須となる。その際、データスペースを活用することで、データ保有企業はその使用権を制御しながらデータ共有が可能となる。バッテリーパスポートは、車載バッテリーの評価・リサイクルプロセス効率化に寄与することが期待されている。
データエコシステム拡大の仕組みを紐解くと、データ共有は手段に過ぎず、その目的、すなわち魅力的なユースケースの創出が、データエコシステムの成功を左右する重要な要因であることが明らかとなる。
欧州ではデータエコシステム拡大に向けた取り組みが積極的に推進されている。IDSAにより取り纏められているThe Data Spaces Rader (※3)によると、2024年11月時点で181のデータスペース及びその上で実装が進むユースケースが存在する。集計が開始された2021年8月時点では89であり、約3年で倍増している。
(出所:The Data Spaces Raderより住商アビーム自動車総合研究所にて作成)
■先駆的データスペース・ユースケース例
IDSAはデータスペースの成熟度を以下5段階に定義している。すでに運用段階にあるデータスペースの例として、
Catena-X、Mobility Data Spaceが挙げられる。
(出所:IDSA公開情報を参考に住商アビーム自動車総合研究所にて作成)
Catena-Xは自動車業界において、データ主権と相互運用性を保持した、サプライチェーン全体に跨るデータエコシステムの構築・拡大を目指している。2020年よりCatena-X Automotive Networkとして発足し、2024年11月時点で193の組織がメンバーとして名を連ねる。ユースケースの具体例は下表の通りである。法規対応、不具合対応等、喫緊の課題に対応するユースケースが多く、参加者はその対応コストを案分/最小化できる可能性がある。
(出所:Catena-X公開情報を参考に住商アビーム自動車総合研究所にて作成)
Mobility Data Spaceは、環境・利用者にやさしいモビリティの発展に寄与することを目的とし、データマーケットプレイス(データの売買を促進する場)を提供している。2019年に基本コンセプトが策定され、2024年11月時点で195の組織が参加する。ユースケースはコスト低減の視点よりもむしろ、利用者に対し付加価値を提供する視点に立ったものが多い。
■データの真の価値を引き出すために
ユースケースで活用されるデータは、別の視点から見れば、自社単独では最大限の価値を引き出せないデータとも言える。本稿では一部のみ紹介したが、データスペースとその上で実装されるユースケースの数は継続的に拡大している。これらの取組は、自社に眠るデータを価値に変換するアイデアを創出し得る事例の宝庫である。先行事例を学び、「ユースケースのデザイン力」を向上させることが、データの価値を最大化する重要な手段となる。
______________________________________
(※1) Fraunhofer ISST
Fraunhofer Institute for Software and Systems Engineering。データスペースに関する研究・技術開発を実施。
(※2) IDSA
International Data Spaces Association。データ スペースの標準確立・普及推進をすることに重点を置いた非営利団体。
(※3) The Data Spaces Rader
世界中のさまざまなデータスペース・ユースケースの全体像把握を目的とし、IDSAが公開する集計ツール。