弊社が主催、住友商事株式会社及び株式会社InBridgesが協賛し、第2回水素エネルギーを語るシンポジウム「カーボンニュートラルに貢献する水素エネルギー戦略」が6月2日に開催された。
基調講演の講師として、東京工業大学 特命教授・名誉教授の柏木孝夫氏、Bloomberg NEF 在日代表の黒崎美穂氏、早稲田大学 研究院 次世代自動車研究機構 招聘研究員の前田義男氏を迎え、モデレーターは国際自動車ジャーナリストの清水和夫氏、水素クリエーター・東京大学 先端科学技術研究センター 特任研究員の木村達三郎氏が務めた。
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冒頭、モデレーターの木村氏と清水氏より、開会挨拶があった。清水氏からは、水素エンジンに関する経緯として、1970年代に日本で水素エンジン車両が公道走行して以来、本年トヨタの水素エンジン車が24時間耐久レースで完走するに至ったことが語られ、また、ポルシェ、シーメンス、エクソンモービルによる合成液体燃料eFuelの取り組みが紹介された。
◆ カーボンニュートラルをめぐる世界の動向とコスト増
政府は2020年1月に「革新的環境イノベーション戦略」を策定し、これを受けて同年10月には菅首相が所信表明演説で2050年におけるカーボンニュートラルを宣言した。
仮に2050年に「CO2 を80%削減」するのであれば、1-2円/kgのコストで実現可能だが、「CO2排出ゼロ」となると、その削減コストは10-20円/kgまで増大する。
世界のカーボンニュートラル目標は進んでおり、中国でさえ2060年カーボンニュートラルを宣言している。
◆ 各国政府の思惑と取組
こうした世界的な潮流のなかで、各国は国情に応じて国益最大化を目指した動きを取る。
例えば、英国は島国の特色を生かして洋上風力を行う。EUはルール作りでリーダーシップを発揮し、例えばEUタクソノミーによって企業の分類・格付けを行う。これによって3,000兆円とも言われるESG投資資金をEUに向けさせる狙いもある。米国は、バイデン政権となって気候変動問題を最重要の政治課題に据えた。日本でも、2030年のCO2排出を2013年度比で46%減とする政治判断がなされた。
日本が野心的な目標を掲げたことのポジティブな面として、日米の同盟関係を強めたことがある。米国バイデン政権は、共和党との差別化のため温暖化対策のイニシアティブを握りたいという姿勢が鮮明だが、日本でも、カーボンニュートラル目標を踏まえてどのような成長戦略を描くかが重要になってくる。個々のエネルギー技術以上に、そうした技術を集めてスマートシティなどの“System of Systems”を構築することが必要。クルマの部門は、スマートシティのなかでも重要な位置を占める。
◆ エネルギー消費における水素の役割
日本のエネルギー消費のうち、電力部門での消費は約26%、自動車を含む非電力部門での消費は約74%。自動車をカーボンニュートラル化する方法として、ゼロエミッション型の電力を用いて電化することがまず考えられる。化石燃料は主に炭素と水素から成るが、ここから炭素を除けば水素が残る。取り出した水素は、燃料電池と組み合わせて発電に用いることもできるし、そのまま燃料としても利用できる。
こうした考え方を踏まえて、現在第6次エネルギー基本計画を策定している。当初は五輪前の閣議決定を目指していたが、まだ取りまとめに時間がかかっている状況。豊かさを維持しつつCO2排出を削減するため、省エネと、非化石燃料への代替の2つのアプローチを取る。
◆ 電力部門に要するコストの問題
日本の最終エネルギー消費量に占める電力の割合は、現在は24-25%程度であるが、シンクタンクRITE(公益財団法人地球環境産業技術研究機構)の試算によれば、2050年には同割合が40%前後となる。
ここでは、CCUS (Carbon dioxide Capture, Utilization and Storage) の技術を用いることも前提となっている。CCUSとは、CO2を回収・利用・貯蓄することを指し、国内では約0.9億トンの貯蔵ができると言われている。CCUSを実現するための技術的コストは大きく、これによるコスト増などで電気は現在よりも割高になっていく。
現在の発電コストは8-9円/kWhであるが、2050年には約22-25円/kWh、すべて再生可能エネルギーで賄った場合には53円/kWhになる。後者は、とても工業国家としてはやっていけない水準。この割高になる電力コストをいかに安くするかが重要。
◆ グリーン成長戦略
日本政府の「2050年カーボンニュートラルに伴うグリーン成長戦略」には重点14分野があるが、全体で2兆円(10年間)の予算のうち、真っ先に水素分野に対して3,700億円を配分した。
水素の供給コストを2050年に20円/Nm3以下(化石燃料と同程度)とするために、国際サプライチェーンの構築と地産地消を組み合わせる。地産地消の取組は、福島県浪江町で実施している。この両輪のアプローチによって水素のコストを大幅に下げ、商用化するための取り組みを行っているのが現在の段階。
◆ Bloomberg NEFの概要紹介
Bloomberg NEFは脱炭素専門のリサーチ機関であり、電力や運輸といった産業セクター毎に専門家を配置し、企業戦略、技術、経済性、政策、消費者の取り得るオプション、イネーブラーとしてのファイナンス等に関する広範な分析をグローバルで行っており、水素に特化した専門チームも設置している。
◆ 水素の利用拡大に向けて
水素の利用拡大に向けて重要な要素として、どうやって作るか(製造)、どのように貯めるか(貯蔵)、どうやって運ぶか(輸送)、何に使うか(需要)、左記のバリューチェーンをどう支援するか(政策)の5つが挙げられる。この中でも特に、どこに大きな需要のポテンシャルがあるのかを見極めるということが、規模の経済によるコスト適正化を図る上で、非常に重要である。
◆ 日本で水素社会を実現する為に重要な3つのポイント
1)需要の大きい工業用途に着目する:長距離大型トラックや航空機、鉄鋼向けの優先順位を上げていくべきである。
2)国産の水素を増やす:輸入水素よりも国産水素のほうが、エネルギーの安全保障の面でも、将来的なコスト面でも有利である。2030年には、グリーン水素はブルー水素と同等のコストとなり、2050年ではブルー水素やグレー水素よりもグリーン水素が安価になると予測している。
3)カーボンプライシングの導入:それでも2050年時点ではまだ水素は相対的に高価な為、カーボンプライシングにより政策的に水素利用を促進することが必要である。
◆ カーボンニュートラル(CN)宣言をする国の増加
今年4月時点で、CNを宣言する国が44カ国となり、うち10カ国はCN達成の法的義務を定めた。この44か国が排出しているCO2の総和は地球全体のCO2排出の80%近くを占めている。
◆ COVID-19の影響と今後の対応
2020年のCO2排出量はΔ2.6Gtで前年比8%減と予想、これはIEA WEO2019の持続可能な開発シナリオ(SDS)の年平均削減量Δ 6.4%を上回る結果となった。また昨年来、IEAによるグリーン投資拡大に関する提言が相次いでおり、今年11月に予定されているCOP26会議に向け、欧州主導で論議が進むと予想される。
◆ IEAのNZEシナリオ
IEAのカーボンニュートラルに向けたシナリオは加速しており、20年9月に発行した持続可能な開発シナリオ(SDS)では、2055年に電力部門でのカーボンニュートラルをうたっていたが、21年5月のネットゼロエミッションシナリオ(NZE)では、2040年への前倒しを提言している。
また、運輸セクターではSDSでの化石燃料比率が2050年で45%だったのが、NZEでは2050年で10%強、更に全世界の水素生産量は、SDSでは2050年で3億t・全体の8割が低炭素水素だったのが、NZEでは5億t・全量低炭素となっている。この2億tの水素生産量というのは、昨年稼働を開始した福島県・浪江町の水素製造施設FH2Rの生産量で換算すると、同施設が100万基ほど必要になるほどの非常に大きな規模である。
◆ 地球の持つエネルギーポテンシャル
地球のエネルギーポテンシャルの最大のものは、地球全体に届く太陽光エネルギーで、1年間に地球に届く太陽光エネルギーは、2015年に全世界が消費したエネルギーの1240年分にもなる。また、2015年に推定された地球にある資源、石炭資源量の約28倍、石油資源量の約69倍、天然ガス資源量の約105倍にもなる。
また、地熱のポテンシャルも大きいと思われる。
◆ 世界と日本のエネルギーの流れ
エネルギーがどこから作られ、どこで消費されているかという流れを可視化して分析すると、日本の場合、化石燃料の殆どを輸入しており、2018年度に自動車を始め日本の輸送機器産業が輸出で稼いだ18兆円とほぼ同額が、エネルギーの輸入で支出されている。
また、今後EVで消費される電力が、どこでできた電力をどれだけ充電したのか、紐づけ・履歴が残らないとLCAの精度を欠く懸念があり、エネルギー業界、運輸業界、通信業界が連携し、発電から充電迄のビッグデータを解析・可視化する取り組みが必要となる。水素に関しても同様の連携が必要である。
◆ 世界各地域における今後の自動車のパワートレイン
自動車については、各地域毎に、エネルギー政策や排出ガス規制、さらには各市場でのユーザーの使い勝手の違いなどに応じ、パワートレインのラインナップは多様化している。IHS社の需要予測に基づくと、今後EVの普及は欧州、中国で顕著で、日米がそれに続くが、中東やアフリカでは2032年頃まではまだ内燃機関が主流の見込みである。
◆ IEAによる他運輸セクターへの提言
IEAのNZEでは、現在100%化石燃料を使用している船舶・航空セクターへの提言として、2050年時点で化石燃料の使用割合を全体の20%以下に下げ、水素由来燃料(船舶はアンモニアや水素、航空はe-Fuel)とバイオ燃料を増やすことを求めている。
また欧州エアバス社は、 2020年9月に航空機からのCO2 及び Nox の排出をゼロとする水素を燃料とする機体のコンセプトを公表、2035年までの就航を目標に開発を進めると宣言した。
船舶については、液体水素やアンモニアの利用が検討されているが、従来の重油に対し発熱量・エネルギー密度の差から、航続距離同等ではペイロードを犠牲にしてタンクを船倉に設置しなくてはならず、航続距離かペイロードかというトレードオフの課題がある。
◆ 国内における自動車のカーボンニュートラルに向けて
自動車は日本全体の CO2排出量の 19%弱を占め、そのうち乗用車は全体の46%、一方、貨物車は1日当たりの走行距離が長く、走行抵抗も大きいため、CO2排出寄与は37%となっている。平均の車両使用年数でも貨物車は20年弱となっており、これを考慮すると、2050年でのCN達成に向けては2030年頃から低炭素車の新車導入が必要となる計算だが、中小企業の多い物流業者の負担をどうするかが大きな課題である。
既存車両のままでCO2削減が可能になるe-Fuelへの期待が大きく、欧州のCONCAWEによれば、燃料電池よりもW2WのCO2排出量で有利という試算結果である。一方で、エネルギー収支比が悪く事業にならないとも言われているが、この点では日本が得意とする膜分離技術や触媒技術などを応用した製造過程における省エネ技術開発が進む事が期待される。
また、液体水素の輸送コストはLNGに比べて 5倍とも言われている。現地でメタネーションしてLNGタンカーで 輸入した場合と、更に現地でe-Fuelまで製造し、既存の石油タンカーで輸入した場合との比較検討も必要であろう。
◆ モビリティのCNと水素社会実現に向けて
最後に今後の重要課題として、水素の大量生成・安定供給に向け、ブルー水素生成のCCUS技術の早期社会実装、LCAに関しての方法論確立と国際標準化、そのための人材確保と育成も挙げておきたい。
柏木氏、黒﨑氏、前田氏による基調講演の後、モデレーターの清水氏、木村氏による進行で、視聴者からの質疑に対する応答も交え、活発なパネルディスカッションが行われた。
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最後に閉会挨拶として、弊社代表取締役社長・大森より、ご視聴頂いた皆様およびご登壇者への御礼とともに、秋にも次回開催を予定している旨を述べ、閉会した。