弊社が主催し、住友商事株式会社が協賛した第3回水素エネルギーを語るシンポジウム、「カーボンニュートラルに向けた水素の利活用~“水素を燃やす”選択肢~」が10月21日に開催された。
基調講演の講師として東京大学 松本真由美氏、マツダ株式会社 人見光夫氏、川崎重工株式会社 西村元彦氏の三氏を迎え、モデレーターは国際自動車ジャーナリストの清水和夫氏、東京大学先端科学技術研究センターの木村達三郎氏が務めた。また、パネルディスカッションのスペシャルゲルトとして自動車研究家の山本シンヤ氏に参加いただいた。司会進行は科学技術ジャーナリストの林愛子氏が務めた。
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(東京大学教養学部 附属教養教育高度化機構 客員准教授 松本 真由美 氏)
◆EUの動向
各国における水素の利活用と社会的受容性の動向を紹介する。
EUは、今年7月にFit for 55を発表し、EU域内排出量取引制度(EU-ETS)や国境炭素税等によってGHGの大幅排出削減を目指す政策パッケージを打ち出した。EU-ETSの収入を原資に、脱炭素技術の市場化を支援するイノベーション基金と、電力部門の近代化を支援する近代化基金を設置する。
欧州全体のGHG排出量の1/4を占める運輸部門における自動車については、電動車、代替燃料、モーダルシフトによる脱炭素化を進めている。ガソリン車やディーゼル車の販売禁止、生産終了を打ち出す国や企業も現れている。
ドイツは昨年、水素国家戦略を発表し、水素技術で世界一を目指すと表明。総額90億ユーロを投資し、2030年以降、水素技術で世界の覇権を握ることを狙う。今年6月には経済・エネルギー省が「H2グローバルプロジェクト」に9億ユーロを拠出し、24年からアフリカなどよりグリーン水素を輸入し、国内生産で足りない分を補う計画である。20年1月に独ヘルテン市を訪問し、水素利活用の実証実験プロジェクト「h2herten」を取材した。ここで製造されたグリーン水素を燃料電池、水素ステーションにため、それを設備や車両等向けに利活用するところまで一貫した実験を行うことが可能になっている。
◆アメリカの動向
バイデン政権が今年8月に2030年までに新車販売の半数以上をEV、FCVとする方針を発表。またカリフォルニア州では、24年から商用車も対象にZEV規制を開始する。
◆中国の動向
2035年にFCVの導入台数100万台を目標として掲げ、20年4月にFCV産業のサプライチェーン構築への助成を発表。全国20前後のモデル都市を中心に、FCVや水素ステーションの導入が進む見通し。
◆韓国の動向
2020年11月にエコカー推進戦略として、EVとFCVの国内及び輸出台数の目標を掲げた他、21年9月に現代自動車などの大手企業を中心とした水素推進委員会が立ち上がり、水素の製造やサプライチェーン整備に総額4兆円を投資し、将来のインフラ輸出につなげたい考え。
◆日本の動向
昨年菅首相が、2050年時点でのカーボンニュートラル(CN)実現を目指す方針を示した他、CNに伴うグリーン成長戦略が策定され、35年時点の新車販売で電動車100%を目指す。
また、NEDOは2兆円規模のグリーンイノベーション基金を創設し、水素関係では、大規模水素サプライチェーン構築に3千億円、再エネ由来の発電による水素製造に700億円が投じられる。
さらに、トヨタ自動車は今年4月に水素エンジンの技術開発に取り組むことを発表、またENEOSはCO2フリー水素の販売を開始し、大林組は大分県で地熱発電由来の水素の活用を開始する。
◆社会的受容性の醸成
ドイツでは、水素の利活用は脱炭素社会における重要な構成要素として認識され、高い受容性がある。しかし、自分の居住地の近隣に水素パイプライン等のインフラが構築されることに対しては、受容性が低くなる傾向がみられ、利害関係者への信頼度の高い説明が社会実装を進める上での課題となっている。
日本国内の場合、産総研による2014年と17年のアンケート結果を比較すると、社会的受容性は向上する傾向にある。また、水素ステーション建設の際には、近隣に住民に対してリスク情報も併せて提供すると理解が促進され、受容性が高まるという結果になっている。
(マツダ株式会社 シニアイノベーションフェロー 人見 光夫 氏)
◆電気自動車の普及を急ぐのは正しいか
モード燃費と実走行燃費の乖離率は電気自動車の方がはるかに高く、この点をまず考慮する必要がある。
また、ケーススタディとして日本の運輸部門の使用燃料の半分を再エネ電気で補う条件で試算した場合、約1500億kWhが必要となり、CO2削減量は0.91億トンとなる。一方で、同じ1500億kWhの再エネ電気で石炭火力発電を置き換えた場合、CO2の排出量は1.40億トン削減されることになる。このことから、再エネ電気は電気自動車に使うのではなく、電源の脱炭素化に使う方が合理的である。
さらに、電気自動車を日本から輸出して再エネ比率の高い欧州等で走らせることを考える場合も、製造時に使用される電力のCO2原単位を下げた方が、国境炭素税を減らすことができる。
また、内燃機関は更なる効率化の余地があり、電源の再エネ化と合わせてCO2削減効果は高くなる。
結論として、火力発電、特に石炭火力発電と石油火力発電が主電源のうちに内燃機関をやめさせて電気自動車を普及させようとするのは間違いである。自動車製造以外の企業も、電気自動車を導入して物流などの排出CO2を低減するよりも、再エネ発電した電気をグリッドに戻す方が全体としてCO2削減効果は大きい。
◆エネルギー源をカーボンニュートラル電気に頼るのは効率的か
再エネ発電は天候影響を受ける為、発電量を一定にすることはできない。陽も照らず風も吹かない日は火力発電等の通常通りの発電が必要となり、現在よりも電力需要を増やす場合は、停電を回避するために火力発電所は増やさなければならなくなる。
また、電気を貯めて対応すること検討する場合、例えば7日間陽が照らない日が続く条件で試算すると、EV4.7億台分の電池が必要になり、これは現在の価格で600兆円、将来安くなることを見込んでも200兆円に相当する。統計的に想定し得る3週間分の電気を貯めるためにはEV14億台分(同600-1700兆円)が必要となる。
つまり電気に頼り過ぎるのは非現実的であると言える。
◆水素内燃機の可能性
水素エンジンは、ガソリンエンジンにおけるHCCI(均質圧縮着火)等の複雑な技術を用いなくても火花着火で超リーンバーンが可能となり、NOxもほぼ出ない。エネルギー効率は22%程度まで見込めるため、FCEVの24%との差は大きくなく、低コストで提供するためには有望であると考えられる。軽負荷時は効率が悪い部分があるが、モーターと組み合わせたハイブリッドにすればカーボンニュートラルな世界が実現できると考えられる。
(工学博士/川崎重工業株式会社 執行役員 水素戦略本部 副本部長 西村 元彦 氏)
◆水素エネルギーが求められる背景
再生可能エネルギーと電池だけでは規模・コストの面で課題があり、電力の安定供給に限界がある。また、エネルギー負荷や充電時間の理由から、電動化には適しないものも存在する(航空機、長距離貨物運搬船、長距離バスなど)。こうしたなかで、現在水素エネルギーの可能性が注目されている。
水素サプライチェーンには、「つくる」「はこぶ・ためる」「つかう」それぞれの場面で多様なプレイヤーが存在することも、各産業が水素の社会実装に取り組む背景にある。水素を用いてカーボンニュートラルを目指すことで、環境と経済と好循環をもたらすことができる。
◆日本のエネルギー事情
日本のエネルギー事情を可住面積ベースでみると、日本のエネルギー消費密度(年間一次エネルギー消費量/可住面積)は世界でも随一のレベルにある。資源小国であることも併せると、エネルギーの自給自足は極めて困難。
一方で、日本の再生可能エネルギー密度(年間再生可能エネルギー発電量/可住面積)は世界トップであり、世界平均の2倍の水準。すでに日本の再生可能エネルギーは可住面積ベースで考えると高い水準にあり、さらに急速に拡大させることも容易ではない。
◆海外からのカーボンニュートラル水素への期待
前述の通り、水素は多様な源から製造可能かつ様々な国から調達可能であり、エネルギー安全保障上の利点がある。また、電気と比べ大量・長距離・長期間かつ異なるセクター間の融通も可能であり、レジリエント(弾力性・回復性)もある。
そこでオーストラリアでは、安価な未利用資源である褐炭を活用し、水素の安定・大量調達に向け、日豪の政府・民間が協力して水素サプライチェーン構築のための取り組みを行っている(日豪パイロットプロジェクト)。2020年に商用レベルの1/100程度規模のプロトタイプ構築、2030年頃に安定的かつ大量の水素供給体制の確立を目指す。同プロジェクトでは、液化水素運搬船「すいそ ふろんてぃあ」の真空二重タンクに液化水素を格納し、豪州から日本まで運搬している。同プロジェクトの商用化実証において液化水素運搬船の大型化が図られている。同商用化実証はNEDOグリーンイノベーション基金の第1号案件として採択され、2020年代の半ばの運用開始を目指している。
◆水素ガスタービン技術
水素エネルギーの普及においては需要面も重要である。水素供給事業者にとっては、短期間で水素利用を停止されてしまうリスク(「オフテイクリスク」)が問題となり、長期に利用してもらう必要がある。この点、発電需要は長期利用が見込める優良な利用先として期待される。
水素による発電設備として「水素ガスタービン」がある。非常に高効率であり、廃熱まで利用すれば、大規模なものでは64-65%、30-100MW級でも55%の発電効率がある。燃料電池の発電効率に匹敵する水準にある。
課題は、燃焼室内にホットスポットが生じてNOxが発生しやすいことと、水素の燃焼距離が長く壁付近まで炎が到達するために燃焼器が損傷しかねないこと。天然ガス用の燃焼器で水素を燃やす場合、赤熱が発生してしまい燃焼器が損傷するとともに、NOx排出量も増加する。これに対応するため、現在はウェット方式(水噴射による冷却)により損傷やNOx発生を抑えているが、この方法は燃費悪化も伴う。現在、ドライ方式(「micro-mix」)を開発し、燃費性能を維持したままNOx発生を抑えることに成功した。さらに将来技術として「酸素–水素燃焼ガスタービン」の開発も行っている。この方式では空気を燃焼させないためNOxは生成せず、水のみを排出する。
◆まとめ
水素は多様な資源から生成可能であり、世界から広く調達可能である(供給安定性)。また、CO2排出を抑制することからカーボンニュートラルにも貢献する(環境性)。
水素燃焼技術の可能性について。内燃機関はスケールメリットが大きく、大型動力に適しており、大型のものでは燃料電池にも十分匹敵するエネルギー効率を有する。また、環境面では今後NOx排出の低減が必須となるが、micro-mix技術や酸素–水素燃焼技術の開発を進めている。
(自動車研究家 山本シンヤ氏)
水素エンジンは従来マツダ、BMW、トヨタ等で行われてきた。トヨタでも一時は開発中止が危ぶまれたが、現在はカーボンニュートラルの潮流のなか、トヨタは水素エンジンを開発してレースの場で技術を鍛える取り組みを始めている。
本年5月の富士24時間レースでは”満身創痍”のゴールとなったが、その後も水素エンジン技術は急速に進歩し、現在はガソリンエンジンと同様のトルク曲線を描ける水準にまで至っている。実際に乗車してみてもガソリンエンジン車とほとんど区別がつかない。
単に技術が進歩するだけでは水素社会は実現せず、水素に関わる”仲間”が増えていくことが必要。水素をつくる・はこぶ・つかう水素社会の実装が、今後どのように進むか注目したい。
この後、モデレーターの清水氏、木村氏による進行で、視聴者からの質疑に対する応答も交えたパネルディスカッションが行われた。
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最後に閉会挨拶として、弊社代表取締役社長・大森より、ご視聴頂いた皆様およびご登壇者への御礼とともに、次回企画に向けて取り組んでいく旨を述べ、閉会した。