シニア世代に向けた製品・マーケティングを考える『最終回 まずはマーケティングから始めてみる 』

シニア世代のライフスタイルの変化や趣味・嗜好に、着目して、シニア世代のクルマ需要を如何に喚起するか・捉えるかを考えるシリーズです。

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最終回 『まずはマーケティングから始めてみる』

【これまで述べてきたこと】

過去 5 回に渡り、シニア世代のクルマ需要を捉えるための製品・マーケティングについて考えてきた。今回は、その最終回である。まず、これまでの 5 回を簡単に振り返ってみたい。

・第 1 回

発売当初は、シニア層向けに機能を絞り込み、使い易さを訴求していた「らくらくホン」が、現在では多様化するシニア層に対応して高機能なものをラインナップしている事例を取り上げた。製品が一巡し、使い方が分かってくると、使い易さだけでなく、機能面で個別のニーズが出てきて、多様化が進むのではないかと考えた。

そして、シニアにとって使い慣れない新製品である携帯電話と異なり、クルマは昔から親しんできた製品であるため、既に趣向の多様化が進んでいる。シニア層向けに製品・マーケティングを考える基本姿勢として、多様化するシニア層を、ある特性を持つ層にグルーピングし、個別のグループに向けた製品・マーケティング活動を展開していくことが有効ではないかと述べた。

詳細は以下ご参照
シニア世代に向けた製品・マーケティングを考える『第 1 回 シニア世代への基本的アプローチ』

・第 2 回

(ある特性を持つシニア層のグループとして)定年等で住居を移動するシニア層に着目し、中でもクルマ需要が高まると思われる都心から地方に移動するパターンにおいて、クルマ需要を捉える余地があるのではないかと考えた。

例えば、地方移住を支援する組織・団体でのマーケティング活動を行い、移住を検討する段階でシニア層にアプローチするといったような、購買プロセスの川上で見込み客を捉えることについて述べた。

詳細は以下ご参照
シニア世代に向けた製品・マーケティングを考える『第 2 回 移住に伴うクルマ需要をとらえる』

・第 3 回

シニア層が多様な趣味を持っていることに着目し、趣味を通じて他のシニアと繋がりたいという気持ちを持っているシニア同士に対して繋がる機会を提供することでクルマの需要を捉えられるのではないかと考えた。

例えば、ディーラー店舗を利用して趣味の個展や教室、観戦・鑑賞会を開催し、同じ趣味を持つシニアの仲間が集まる場として提供することで、まずは会場(店舗)に来る顧客の整備需要を獲得しながら、最終的には、顧客との関係性を築くことで、クルマの買い替え需要を捉えることができるのではないかと述べた。

詳細は以下ご参照
シニア世代に向けた製品・マーケティングを考える『第 3 回 シニアの繋がりたい気持ちに目を向ける』

・第 4 回

シニア層が持っている多様な趣味の中で特に人気の高い旅行に着目し、旅行に関わるクルマ需要を捉える対応を更に深化させる余地がないかを考えた。

例えば、レンタカーにおいて、のんびりと疲れをとるための癒しの旅に対しては、普段乗っているカローラではなく、クラウンや LS といったラグジュアリーな車種を提案するといったように、旅行の目的を達成するための支援をすることができるのではないかと述べた。また、旅行中に使用しないマイカーの整備需要を捉える可能性についても述べた。

詳細は以下ご参照
シニア世代に向けた製品・マーケティングを考える『第 4 回 旅行に関係するクルマ需要を捉える』

・第 5 回

加齢と共に避けることのできない身体能力の低下に着目し、シニア層が、自分自身で車を運転することに不安を感じ、車の運転を止めた時から、自分自身では移動できなくなるまでの間に、自動車業界が新たな移動手段を提供する余地があるのではないかと考えた。

そして、例えば、現在開発中のトヨタの「i-REAL」やスズキの「PIXI」といったパーソナル・モビリティの有効性について述べた。

詳細は以下ご参照
『第 5 回 自動車業界がクルマ以外で移動手段を提供する余地』

【これまで述べてきたことの整理】

第 1 回では、シニア層向けの製品・マーケティングを考える基本姿勢として、ある特性を持つシニアを抽出し、その特性に合うような製品・マーケティングを考えることを述べ、第 2 回以降では、その特性を具体的にあげ、対応策を紹介してきた。

第 2 回~第 4 回までは、主にマーケティングの切り口から、自動車業界として更なる対応余地の可能性を述べ、第 5 回では製品の切り口から新たなモビリティによる対応の可能性を述べた。

現実に実行していくことを考えると、当然、新たな製品開発による課題解決は、コストと時間の負担が大きくなる。従って、第 2 回~第 4 回で述べたマーケティングの切り口が短期的なアプローチで、第 5 回で述べた製品の切り口が中長期的なアプローチと言えるだろう。

特に、昨今の急速な需要の落ち込みの影響もあり、製造・販売領域だけではなく、研究開発領域でもコスト削減が進められる傾向にある。実際に、トヨタは昨年比で研究開発費を 300 億円削減し、日産・ホンダも昨年より増加する見込みであるが、増加額を期首見込みから、それぞれ 400 億円、150 億円削減している。しかも、限られた研究開発費の中で、対応が急務とされる環境関連技術の開発も進める必要があり、シニア向け製品の研究開発というところまで、なかなか手が回りにくい状況にあるはずである。
【まずはマーケティングの切り口で出来ることから始める】

そう考えると、まずは、コスト負担が比較的低いマーケティング領域において、出来ることから始めるというのが現実的であるはずである。

短期的には、シニア向けだからこそ、マーケティングを工夫することにより、クルマ需要を捉えられる余地があるのではないかと筆者は考える。若者よりも、自動車に親しみを持つシニアの方が、マーケティングの効果が高いと考えるからである。

以前、筆者が若者シリーズを連載した時に、日本は成熟市場であるが、現代の若者は新興市場のような存在であり、成熟市場向けの買い替え・買い増し需要に答えていくアプローチではなく、一から作りあげるアプローチが必要ではないかと述べた。

詳細は以下ご参照
『クルマ離れと言われる若者の購入意欲を高めるための考察 最終回』
<若者が魅力を感じるクルマづくりの出発点>

若者を新興市場と捉えると、マーケティングという(極端に言えば)売り方を工夫するだけでなく、その前段として、市場が求める製品ニーズから定義していく必要もあるはずである。

これに対し、シニア層は過去に「クルマが欲しい」、「いつかはあんなクルマに乗ってみたい」というクルマに対する憧れを抱いたことがある世代であり、既存の製品を前提としてマーケティングを工夫することにより、クルマ需要を捉えられる余地があるのではないかと考えるのである。

【終わりに】

ここまで、昨今の急激な需要の落ち込みにより業績が悪化し、コスト削減が進んでいる現況を踏まえ、シニア層向けには、まずは、コストを抑える形で、マーケティングの工夫により出来ることから始めてはどうかと述べてきた。

しかし、これはシニア向け、というカテゴリーに限った話ではないと考える。昨今の苦境をマーケティングで乗り越えていくという意味では、シニア層向けに限らず、他にも工夫の余地があるのではないだろうか。

例えば、自動車業界が既存で保有している技術を異業種へマーケティング・展開していくことである。思い当たるだけでも、以下のようなものがある。

日産:
「アラウンドビューモニター」
(クルマを真上から見たような画像処理をするバック・コーナーモニター)鹿島と建機メーカーのキャタピラージャパンが提携しショベルカーに転用することや、海洋研究開発機構が深海有人潜水調査船「しんかい 6500」への搭載を検討していることが出ている。

デンソー:
ヒートポンプの技術を東京電力と提携し、「エコキュート」に展開。

トヨタ:
ショックアブソーバーの技術をトヨタホームの制震システム「T4 システム」に展開。

日産:
金属部品同士の摩擦を低減する低フリクション技術を建設機械や精密機械に展開。
先行的な投資が限定される昨今の現況を踏まえると、まずは、自身の中にある技術や製品を見直した上、マーケティングを工夫し、顧客・異業種に展開していくことが、現在の苦境を乗り越えていくための最も即効性のある手段の一つではなかろうか。

<宝来(加藤) 啓>