シニア世代に向けた製品・マーケティングを考える『第 2 回 移住に伴うクルマ需要をとらえる』

シニア世代のライフスタイルの変化や趣味・嗜好に、着目して、シニア世代のクルマ需要を如何に喚起するか・とらえるかを考えるシリーズです。

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第2回 『移住に伴うクルマ需要をとらえる』

今回はシニア層のライフスタイルの変化として、移住に伴うクルマ需要について考えていきたい。
【代表的な移住パターン】

代表的な人口移動のパターンとして、地方から都心へ移住する「都心回帰現象」や、逆に、都心から地方に移動する 「U ・ J ・ I ターン*現象」(以下、単に「ターン現象」と呼ぶ)がある。中には都心と地方の両方に住む二地域居住というスタイルもある。


・U ターン現象
地方から都心へ移住した者が、再び地方の生まれ故郷に戻る現象・J ターン現象
地方から都心へ移住した者が、生まれ故郷の近くの中規模な都市に戻る現象
・I ターン現象
都心から全く地縁のない地方へ移住する現象
(場合によっては、都心に限らず、生まれ故郷とは別の地方へ移住することに使われることもある)

シニア層の「都心回帰現象」は、一言で言えば、生活インフラの整った便利な都会に住もうという人達であり、「ターン 現象」は、自分の育ったところに住みたいや、地方でのんびりと住みたいという人達であろう。(勿論、なんらかの事情で移住せざるを得ないシニアもいる)

近年、「都心回帰現象」が増加傾向にあると言われているが、「都心回帰現象」と「ターン現象」はどちらが多いのだろうか。

ここでは、国勢調査から代表例として東京都を取り上げ、三大都市圏以外から東京に転入したシニア(60 歳以上)を「都心回帰現象」、東京都から三大都市圏以外に転出したシニアを「ターン現象」としたい。

東京都において、「都心回帰」したシニア世代(60 歳以上)は、19 千人であり、「地方へターン」したシニア世代は 38 千人となる。上記の前提で、尚且つ、少し前のデータではあるが、シニアに関しては「ターン現象」の方が多いとなる。

(国勢調査は、 5年毎に行われており直近では 2005年の調査となるが、転出・転入に関する年齢別・都道府県別の調査は 10年毎のため 2000年の調査を使用した)

更なる精査が必要とは思うが、シニア世代の「都心回帰現象」も「ターン現象」も、どちらかが極端に多いというものではなく、どちらも一定量はあると見てもよいのではないだろうか。
【移住パターン別のクルマ需要】

「都心回帰」するシニア世代と「地方へターン」するシニア世代では、後者の方がクルマ需要が高いと考える。

都心は交通インフラが発達していることや、そもそも便利さを求めて都心に移住する人が都心の狭い道路を好んで運転するとは考え難く、「都心回帰」するシニアのクルマ需要は低いはずである。

その逆に、「地方へターン」するシニアは、これまで生活手段として都心では必要のなかったクルマが必要になることもあるだろう。

加えて言えば、地方での生活を志向するシニアは、程度の差はあるだろうが、「定年帰農」という言葉があるように、園芸や農業をやりたいと考えているシニアが多いのではないだろうか。

実際に、シニアの時間の使い方に関するいくつかの調査資料を見ると、趣味に費やす時間が多く、趣味の中で必ず上位に入るのが園芸である。

本格的に業として園芸や農業をするシニアは作物や肥料、道具を運ぶために、いわゆる軽トラのような車種が必要になるだろうし、自分の食料を得るために行うシニアも、軽トラまでは必要ないかもしれないが、荷物もある程度入り、街乗りもできるようなクルマが必要になるのではないだろうか。
【「地方へターン」するシニアのクルマ需要をとらえる】

「地方へターン」するシニアのクルマ需要が高いのではないかと述べてきたが、こうしたシニアの需要を、どうとらえるかを考えていきたい。

地方への移住後にクルマ需要をとらえるだけでなく、都心に住むシニアが個別に地方へ移住する前に、地方への移住の検討段階で、需要をとらえることができれば、より効果が高いはずである。そこで、「地方へのターン」を検討する人が多く集まりそうな組織・団体と提携することを提案したい。

具体的には、例えば、都心から地方への移住を専門に支援する「ふるさと回帰支援センター」である。

同センターは、定年を迎える世代を中心に地方に移住するための情報提供・仲介をしており、銀座にある施設や、主催するフェアの来場者も含めれば、年間数万人が訪れるという。

こうした「地方へのターン」を検討する人が集まりそうなところは、同センター以外にも、各県別に見れば、移住を支援する組織・団体は多くある。また、移住したシニアが園芸・農業を始めることによるクルマ需要をとらえるという観点では、「全国新規就農相談センター」やインターネット上の「新・農業人ネットワーク」などが考えられるだろう。

しかしながら、各種のセンターやインターネットには、地方への移住を検討するシニアが集まっているかもしれないが、クルマの購入を検討するために集まっているわけではない。だから、こうした場所でプロモーションを行っても、営業効率が低いように思われるかもしれないが、必ずしもそうではないと考える。

クルマの購入が主目的ではない人が多く訪れる場所でのプロモーションという意味で、ショッピングセンターでのクルマ販売の例を見てみたい。週刊中古車ガイドの記事によれば、トヨタカローラ横浜では、ショッピングモールやスーパーなどディーラー店舗外の集客施設での展示会による販売を伸ばしており、年間の約 2 割を占めるまでになるという。

ショッピングモールに来る顧客はクルマを買いに来るわけではないから営業効率は低いように思われがちだが、モール来場者の中には、クルマの買い替えを検討する顧客も一定量存在し、そういう顧客は、顧客の方から声を掛けてくるので、かえって営業効率は高いという。

人が多く集まるところという点では、移住支援センターもショッピングモールも同じであるから、営業効率に関しても高まる可能性はあると考える。更に言えば、地方への移住を検討するシニアは、これからクルマの必要な地方へ移住する人達であり、日常の買い物でショッピングモールへ来る顧客より、クルマを必要とする可能性は高いとも考えられ、より効率は上がるかもしれない。

また、移住支援センターには、各種チラシの配布や顧客へのインセンティブなどプロモーションの仕組みだけ定常的に導入し、人的な営業はフェアなどに限れば、リソースの負担も抑えることができるかもしれない。

他にも、都心でクルマに乗っておらず運転にブランクのあるシニアには、ペーパードライバー講習とセットで販売することや、土地勘のない地方へ移住するシニアには、納車時に不慣れな地方の街を案内するサービスも考えられる。

要するに、地方へ移住する人の多く集まるところで、単にクルマを売るのではなく、移住後に快適なクルマ生活を送るための環境作りをサポートしてはどうかと考えるのである。
【見込み客が集まる場所はないか再確認してみる】

今回、シニアの移住を取り上げて、移住に伴うクルマ需要をとらえるには、移住を検討するシニアが多く集まるところで、クルマ需要をとらえてはどうかということを述べてきた。

そのことは、顧客の購買検討プロセスの川上でアプローチすることに他ならない。川上でアプローチすることで、現状では移住先で役場や農協、近隣の人の紹介(あるいは自分でディーラーに行くこと)によりクルマを購入することで、他ブランドに流出している顧客を獲得できる可能性がある。

ただ、一般的には、購買プロセスの川上にいる顧客は、購買プロセスの途中で落ちてしまったり、クロージングまでに時間が掛かったりすることも多い。

効率よく購買に繋げていくためには、見込み客が多く集まる場所を探すことと、買い手のクルマ需要が明確ではない川上だからこそ、売り手の方から、地方でのクルマの必要性を伝え、クルマだけではなく、ペーパードライバー講習とのセット販売などにより、運転する環境全体を販売し、購買プロセスを進める動機付けを与える必要があるだろう。

まずは、自社の周辺やインターネット上で、見込み客が集まっている場所はないか、再確認してみる価値はあるのではないだろうか。また、ショッピングモールや SNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス) に見るように、シニア層に限らず、消費者が集まる場所が変わってきている可能性がある。見込み客が集まる場所の再確認は、シニア層向けのマーケティングに限らず価値があるのではないかと考える。

<宝来(加藤) 啓>