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ご挨拶 -業際融合の時代に-
経営モデルを 2 つに大別すると、自分の強みに基づいて戦略を練る「ストラテジー型」と成長率の高い事業領域に経営資源をシフトしていく「ポートフォリオ型」ということになろうか。実際にはその双方の比重を掛け合わせ企業の最大価値を生み出すべく行動指針を立てるわけだが、今日の自動車産業は目指す方向をそう簡単に明示できる状況にはない。これは偏に、長年の成功体験を通して構築してきたコア・コンピテンスが将来の成長市場にもそのまま通じるか甚だ不透明になってきたからに他ならない。
将来の成長市場とは、いうまでもなく地政学的には新興国市場とりわけボリューム・ゾーンともボトル・オブ・ピラミッドとも言われる領域であり、技術的には低炭素社会を実現するグリーン・テクノロジーの領域である。また、それらを具体化するための社会インフラ、システムといったものも新たな成長マーケットとして位置づけられる。
日本の自動車産業は強かにこういった急転換・新増殖するマーケットの動向をいち早く予測・分析し、具体的提案と方策をもって自ら動き、一歩一歩着実に新機軸を作ることで実績を積み重ねてきている。そしてトップランナーの位置を守っている。そう考えると日本の自動車産業にとって未来は明るく、ビジネスの可能性は膨大で大変楽しみなものとなる。本来であれば日本の自動車産業にはもっと限りない成長の雰囲気が漂い、日本の経済と社会に希望とわくわく感が醸し出されていてもいいように思う。
しかし、実際にはどんよりとした閉塞感と不安感が業界全体に漂う。これは何故だろうか?
その理由の一番大きなところは進捗著しい競合国の追い上げや日夜変化する市場ニーズといった外部環境にあるのではなく、日本の自動車産業さらには日本の経済構造やその体質そのものに内在するように思う。
今、躍進している企業は国家ガバナンスが効いている国の企業である。官と民の連携がうまくいっている国、政府の役割が果たされている国、社会資本主義的な国、統治能力がある国、と言っても良いだろう。
現在の日本の政治に高度な統治能力を求めるのは現実逃避に近いが、何も政府だけにガバナンスを任せる必要もない。
強い企業は、企業内はもとより、異種企業間でも束ねの効いた協調関係を築いている。
例えば海外の大型プロジェクトをコンソーシアムで受注活動をする場合、よくある日本企業連合体では各社の専門分野をリレー方式でプレゼンテーションする。まじめで専門的だが長時間でわかりにくい。非常に誠実であるがある意味バラバラ感が漂う。個々の技術で他国・他社に先んじ、たとえ価格競争力があったとしても、また非常に誠実で成約後のサービスが万全であっても、時としてやり方次第で逸注してしまうこともある。
一方でガバナンスが効いている企業連合では責任体制が明確である。責任者がつべこべ言わずファイナンス、技術、品質保証等柱となる用件をパッケージで端的かつ魅力的に提案する。技術的に劣っていたとしても、客先にとってみれば「顔」が識別できて分かりやすい。客先と醸成した信頼関係から成約に至る。
これは単に売り込みだけの話ではない。開発レベルでは新しい研究から生まれたシーズを社会に還元しビジネスに結びつけるために必要となる懐の深い統治力、市場開拓レベルでは異業種の発想と技術を積極的に取り入れ全く新しいバリューを創るための勇気のある統治力、将来戦略レベルでは国内の成功に安住することなくグローバルな視点で日本の良さを積極果敢に引き出し成長戦略を描き続ける信念のある統治力、こういった振れの無い一貫した「束ねの効いた統治力」が企業や地域社会、国家の勢いをもたらすように思う。
業際融合なる言葉がある。これは異業種間の境がなくなることを意味する。
日夜変化の激しい時代にあって、日本の自動車産業が先手を打っているにも関わらず不安感と不透明感が消えないのは業際融合が自然進行していく中でオールジャパンとして乃至は関連産業・企業全体として束ねが効いたマネジメントが存在しないからだと思う。電気自動車にしても、新興市場にしても個々の強みを異業種間も含めて引き合わせトータル・パッケージで前進していく迫力のある体制を築いていかなければならないと考える。
自動車業界では既に内需も外需もない。一方で攻めるべき新しい市場は凡そ見当がついてきた。しかし個々の企業の限られたリソースやオペレーション・モデルの範疇では”規模が足りない”、”時間がない”、”ノウハウがない”、”人脈が不足している”、こういったことが頻発する。今こそ業際融合に立ち向かうために縦横斜めの協調関係のネットワークを結び 無限の可能性を全体として享受していく統治力が求められるのではなかろうか。
住商アビーム自動車総合研究所が創立以来志しているものは「自動車業界のイノベーションを実現する」こと「そのイノベーションを主体的に実現しようとする企業の皆様に触媒として貢献する」ことである。
種々新しいビジネス・モデルが生まれていく中でコンサルティング活動を通じて日本に欠けているそういった統治力をネットワーク作りから掘り起し、社会にわくわく感をもたらしたい。国内のパイ取り合戦ではなく、大きく広がる新規市場の中でイノベーションが実現するために異心円の融合を通して創造的ネットワークを作ることに微力ながら挑戦していきたいと思う。
この度、当研究所の代表に就任することとなった。上記を就任にあたっての決意とし、ご挨拶に代えさせて頂きたい。
2010年7月6日
株式会社住商アビーム自動車総合研究所
代表取締役社長 櫻木 徹
<櫻木 徹>