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隠れた前提がないかチェックしてみる
◆マツダ、車検付きのメンテナンスパック商品を導入
<2007年 05月 31日付日刊自動車新聞掲載記事>
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マツダはメンテナンスパックの新商品として、車検付きの「36 ヶ月プラン」を導入する。
多くの読者がご存知かとは思うが、改めておさらいすると、初度登録から数えて車検は、3年、2年、2年の頻度でやってくる。
つまり、今回の 36 ヶ月車検付きという商品は初度登録後初めて迎える 3年後の車検をもパッケージに含むものであり、そもそも車検をパッケージ化した商品の導入は今回の「36 ヶ月プラン」が始めてである。
因みに今回の新商品の導入でマツダのメンテナンスパック商品は以下の 4 種類になる。
<新車購入者向けプラン>
・「30 ヶ月プラン」
新車購入から 30 ヶ月までの期間の定期点検(法定点検に加えてマツダ独自の点検)、消耗品(エンジンオイル及びオイルフィルター)の交換をパッケージしたプラン
・「36 ヶ月プラン」
上記に 36 ヶ月目の初回車検を加えたプラン(今回導入)
<マツダ車保有者向けプラン>
・「18 ヶ月プラン」
車検時に次回車検まで定期点検、消耗品の交換をパッケージしたプラン(車検は含まない)
・「12 ヶ月ライトプラン」
主に中古車保有者向けのプランで、マツダ独自の定期点検とエンジンオイルの交換をパッケージにしたプラン
新車購入から買い替えまでの期間を一直線として見ると、これまでは初回車検の 36 ヶ月を迎えるよりも前の 30 ヶ月目にはメンテナンスパックの対象期間が終了していたことから、顧客はあと 6 ヶ月乗ったら買い替えるか、別途車検を申し込むかの選択をしていたことになる。
しかし、今回の 36 ヶ月メンテナンスパック車検付きを選択した顧客は、新車を購入したタイミングで前者の買い替えという選択をすることなく、同じ車に乗り続けることを選ぶことになる。
【初回車検付きプラン導入のメリット・デメリット】
一般的なメンテナンスパック商品の導入効果は以下のようである。
1. 整備獲得率向上による整備売上の増加
2. 顧客の囲い込みによる新車代替機会の効果的獲得
3. 良質な中古車の確保
(詳細は以下をご参照頂きたい)
『Look Outside,Learn The Best!』
<初回車検付きプラン導入のメリット>
1.の整備売上の増加効果を高めることができる。
日整連が発刊している整備白書を元にディーラー、整備工場別に売上高を見てみると、車検売上の整備工場への流出率は 61 %と点検や一般整備のそれを上回る。即ち、新車販売時に車検を付けることにより、ディーラーがこの車検売上相当額を取り込める余地は大きい。
「作業内容別売上高」
作業内容 a:ディーラー(a/c) b:整備工場(b/c) c:合計
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車検 8,382億円(39%) 1兆3,362億円(61%) 2兆1,744 億円
点検 1,634億円(60%) 1,091億円(40%) 2,725 億円
一般整備 1兆 525億円(50%) 1兆 524億円(50%) 2兆1,049 億円
<車検付きプラン導入のデメリット>
36 ヶ月目の初回車検を新車購入時にパッケージとして提供してしまうと、初回車検時には 2.の新車代替機会及び 3.の良質な中古車の確保機会を逸することになる。
一般的に車検時は顧客に買い替えを促す好機である。新車購入時に初回車検付きのメンテナンスパックを付けた顧客からは、初回車検時の買い替えや、それに伴う下取り車の仕入れを見込むことができない。
【今回のマツダの打ち手に関する考察】
今回マツダが初回車検付きメンテナンスパック商品を導入することは、上記で述べたデメリットを受け入れて、メリットを取ったと考えられる。その理由として以下が考えられる。
第一にそもそも買い替えサイクルが長期化しており、初回車検時の買い替えの好機を逸するデメリットは限定的で、寧ろ初回車検の獲得率を高めた方が効果的であると考えたと思われる。
自工会の資料によれば日本の乗用車の平均車齢 *1 は、1996年から 2005年までの 10年間で、5.04年から 6.77年と 1.73年高くなっている。
*1
現在使用されている自動車の初度登録からの経過年数の平均で買い替えサイクルを直接示す指標ではないが、買い替えサイクルが短くなると車齢も低くなる、買い替えサイクルが長くなると車齢も高くなるといった相関関係がある。
第二にマツダにとっては、買い替えを狙うより、現在マツダ車を保有している顧客当たりの売上高を高める方が効果的と考えられることである。
現在のマツダは、トヨタのような庶民派からセレブ派まで、車は単なる移動手段の一つ派からこだわり派までを顧客対象としたフル・ラインナップメーカーではなく、スポーティーに絞り込んだメーカーである。
つまり、スポーティーな車のコア・ファンは継続買い替えの対象となるが、例えば今回はラグジュアリーなセダンが欲しいといった顧客や、今回はスポーティーな車よりもかわいい車が欲しいといった顧客に提案できる商品の幅は限定的である。
言い換えれば、
1)コアなファン自体の乗り換えが実現するよう自社コア商品の魅力を高める活動を継続する一方、
2)コアではない顧客は、いずれにしても直ぐに買い替えるというマクロ環境に無いこと、更には目先の異なる商品供給体制が整っていないことから
現在マツダ車を保有している顧客に対する売上を如何に高めるかを重視する作戦に切り替えていると考えられる。
【今後取り得る方向性】
一方、買い替えを狙わないとなると新車の買い替えで獲得できたであろう利益を、車検入庫の増加で賄えるであろうか。
異業種であるが、大阪市に本社を置くマツヤデンキという家電量販店がある。
同社は、かつてビックカメラやヤマダデンキといった大型家電量販店と競争するように拡大路線を取っていたが巧くいかず、その後、店舗を小型化し小商圏に深く浸透していく路線に切り替え、現在は、「CaDEN」(キャデン)というチェーンを全国約 170 店舗を展開し、年間売上高 460 億円を上げるまでに再生した。
競争力はアフターサービスにあるとのことで、自社で販売した商品以外の修理でも電話一本で顧客のところに出向く。また対応するのは家電の修理だけでなくインターネットの接続設定や照明の電球交換なども行う。その結果、顧客は、家電製品を買う際に、少し値段が高くても普段お世話になっているマツヤデンキから買おうとなり、新たな顧客獲得に繋がっているという。
マツヤデンキの例を自動車業界に当てはめて考えてみると、例えばマツダが、トヨタや日産、ホンダといった自社以外のブランドでも対応する整備工場のチェーンを展開することが考えられる。もちろん、他ブランドの顧客リストや他ブランド車を整備する技術は持っていないだろうし、マツダという看板も使い難いかもしれないから、複数ブランドを整備しているような整備事業者とアライアンスを組むことも考えられる。
マツダ以外のブランドも対象にすることで相当分の市場があるだろう。
更に言えばマツヤデンキのように、アフターサービスを通じて顧客との密接な関係を築くことにより、新車の買い替えを促進できることも考えられる。
事実、マツヤデンキでは同様の効果により商品そのものの売上も増加しているとのことだ。
【終わりに】
マツヤデンキの例は自動車業界のメーカーやディーラーにとっては、当たり前で見過ごしてしまっている、自社商品や自社ブランド販売という隠れた前提に目を向けることの重要性を示唆しているのではないだろうか。
例えば A ブランドの商品を販売しているのだから、整備対象も当然 A ブランドの商品であるといったことである。
長い目で今後の方向性を検討する際など、隠れた前提がないかチェックし、それを取り払い、より大きな枠組みで考えてみるのも一案ではないだろうか。
<宝来(加藤) 啓>