将来のあるべき姿からハードの設計をする

◆富士重、機能面で老朽化している販売拠点を全面刷新

<2007年05月08日付日刊自動車新聞掲載記事>

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【富士重の販売施策】

富士重は販社の収益性改善のため、全国の拠点を以下の 4 つの条件で評価し、2 つ以上の条件を満たしていないと判断した拠点の改装・改築、代替地への移転などを最優先に行う。

・敷地面積が狭い拠点
・建物、設備等が古い拠点
・屋内外展示可能台数が2台以下の拠点
・整備ストールが3ストール以下の拠点

該当する拠点は 1960年代半ば以降に整備した店舗に多く見られ、全国約 550拠点の内、約 80 拠点程あるという。
【販売施策の変化】

ディーラーの機能をハードとソフトに大別すると以下のように分類できる。

<ハード>
・建物、駐車場、ショールーム、サービスベイ

<ソフト>
・新車ビジネス
新車販売活動、及びそれに関わる人員や商品、その他の備品

・中古車ビジネス
中古車販売活動、及びそれに関わる人員や商品、その他の備品

・サービスビジネス
車検、点検、一般・事故整備活動、及びそれらに関わる人員やパーツ、その他の備品

・金融ビジネス
保険や割賦販売活動、及びそれらに関わる人員やその他の備品

・経営、バックオフィス
ビジネスを行うための資金調達や計画策定、意思決定、ビジネス活動の記録(経理登録、売掛・買掛管理等)活動、及びそれらに関わる人員や、その他備品

ソフトに関するメーカーの販売施策は過去から継続的に行われている。例えば、新車ビジネスにおけるインセンティブ施策、中古車ビジネスにおける認定中古車制度の導入、サービスビジネスにおけるメンテナンスパック商品の導入、金融ビジネスにおける特別金利商品の提供、各ビジネスに共通する顧客管理システムの導入などである。

一方、最近積極的に行われているのがハードに関する販売施策である。今回の富士重の販売施策や各メーカーが進めている拠点の統廃合が、それにあたる。

国内市場が飽和状態にある中でディーラーの収益性を改善するためには、ソフトに関する販売施策だけでは限界に来ており、ハードに関しても見直さぜるを得なくなってきたことが背景にあると考えられる。
【ハードに関する販売施策が販社の収益に与える影響】

弊社では、自販連の依頼に基づき一昨年より経営分析セミナーと称して、ディーラー経営者向けに講演を行っている。

(講演内容全体の骨子については弊社長谷川の以下コラムをご参照頂ければ幸いである。

「ディーラー・企業統合における課題と解決策 -数字で見る歴史的変遷と施策案-」)

昨年は、その中でハードに関する販売施策が販社の収益にどのような影響を与えるかを分析した。

具体的には、自販連会員ディーラーの中で 1999年から 2005年まで存続している 1,185 社の中から、

・拠点数を 30 %以上増加させた販社(202 社)
⇒ハードの量的拡大を積極的に行ってきた販社
経営におけるインプットを増やして(投下資本を増やして)、アウトプット(投下資本利益率は変えずに営業利益額) を増やそうとするアプローチ

・拠点数を 30 %以上削減した販社(66 社)
⇒ハードの質的改善を積極的に行ってきた販社
インプットを減らして(投下資本を減らして)、アウトプット(途中の歩留まりを高め投下資本利益率を向上させて営業利益額)を増やすアプローチを抽出・グルーピングし、各グループの新車・中古車・サービス・収入手数料の売上総利益の推移、及び人件費・一般管理費・販売費の推移、そして営業利益の推移を分析した。

結果は以下のとおりである。

<ハードの量的拡大を積極的に行ってきた販社>

・売上総利益
拠点数の平均増加率 180 %に対して売上総利益の平均増加率は 166 %と、拠点の増加率ほどには売上総利益は増加していない。

細かなところは省略するが、売上総利益の内訳を見ると、新車は拠点の増加率ほどには増えていない。中古車や整備、収入手数料は拠点の量的拡大と同じように増加している。

・費用
拠点数の平均増加率 180 %に対して費用の平均増加率は 162 %と、拠点の量的拡大に応じた費用の増加を押さえている。

費用の内訳を見ると、特に人件費を押さえることにより、費用の増加を押さえている。

・営業利益
売上総利益の平均増加率は 166 %、費用は 162 %である。売上総利益の増加に対し費用の増加を少し押さえることで、営業利益の平均増加率は 255 %と拠点数の量的拡大を上回る結果となっている。

<ハードの質的改善を積極的に行ってきた販社>

・売上総利益
拠点数の平均削減率 42 %に対して売上総利益の平均減少率は 23 %と、拠点数の削減率ほどには売上総利益は減少していない。

売上総利益の内訳を見ると、新車は拠点数の削減率以上に減少している。サービスの減少率が低い。

・費用
拠点数の平均削減率 42 %に対して費用の減少は 25 %と、拠点数の削減率ほどでないが、費用の削減が進んでいる。

費用の内訳を見ると、人件費や施設費が拠点数の削減率ほどには進んでいない。

・営業利益
売上総利益の平均減少率は 23 %、費用は 25 %である。利益の減少に対して費用の削減率を少し進めることにより、営業利益は増加しており平均増加率は 344 %という結果となっている。
【分析結果から読み取れること】

・量的拡大・質的改善を行ってきたどちらのケースも営業利益は増加しており、ハードの見直しは収益性の改善に寄与している。

・どちらのケースでも営業利益を増加させたのは、費用面での効果と見られる。量的拡大を行ってきた販社は売上総利益の増加ほどには費用が増加しておらず、質的改善を行ってきた販社は売上総利益の減少以上に費用が減少しているからである。

・どちらのケースでも新車依存度を下げており、ビジネス構造を変えていると見られる。量的拡大を行ってきた販社の新車売上総利益は全体の売上総利益の増加ほどには増えておらず、質的改善を行ってきた販社の新車売上総利益の減少率は全体の売上総利益の減少率を上回るからである。

・つまり、いずれのケースも新車販売の低迷という環境変化を睨んで、新車依存のビジネス構造を変革し、新しいビジネス構造の構想の下にハードの見直しに取り組んだ結果、費用面での改善が実現し、収益性が改善したと考えられる。

・しかも、質的改善を行ったきた販社の収益性の改善度合いは、量的拡大を行ってきた販社のそれを上回る。環境変化をより切実に捉え、ビジネス構造の変革やハードの見直しにより真剣に取り組んだ販社の方がより大きな費用面での成果を得ることができると示されているのである。
【将来のあるべき姿から考える】

上記のように考えると、ハード面での見直しを行う際に、それがビジネス構造の変革、大きく捉えれば将来の環境変化の洞察やビジョンの再構築なしにハードの見直しだけの議論で進められたのではどれだけ費用削減による収益性改善効果が見込めるかは疑問があるということを示唆しているのではないだろうか。

従来のハードに関する販売施策は、富士重の拠点見直しの 4 つの基準に屋内外展示可能台数や整備ストールの数が含まれていることからも、ビジネス構造が新車・中古車・サービス・金融という現状の延長にあるということを前提とし、基本形は変えずにその相似系(ズームアップやズームダウン)で費用の削減効果を目的としているように思う。

しかしながら、ハードの寿命は長い。今回の富士重の例では 1960年半ば以降に整備した拠点がリニューアルの対象になることが多いとあるから、ハードの寿命は数十年である。今後数十年間も従来のハードの相似系が費用削減効果を生むかどうかはわからない。

例えばショールームやサービス工場は必要となくなるかもしれないし、逆に電気自動車の充電スタンドやペットホテル、DVD レンタルスペースなどを儲ける必要が出てくるかもしれにない。そうした時に、従来型の相似系で設備投資したことが費用削減の足枷となりかねない。

実際に、従来の相似系ではないビジネス構造の変化の兆しも見えつつある。以前に筆者が取り上げた無人ショールーム(販売員は自動車の営業をするのではなく顧客が欲しい自動車を代わりに購買する購買代理人として存在する)や、
( 『’販売員’から’購買代理人’へ。変化にチャンスあり』)
一部の車種で見られる、直接メーカーの工場から顧客へ納車する(自動車のデリバリーという機能をディーラーが持っていない)という事例である。

これから数十年先のクルマ社会やそこでの販社の役割や価値は根本的に変わる可能性がある。そういった大きな視点も取り入れてハードの設計をしていかなければいけないだろう。

<宝来(加藤) 啓>