どの顧客を向いているかを確認しバリューチェーンを見直す

◆ワンクリックでタクシーを予約、米国で新サービス

                     <2007年04月10日号掲載記事>
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【米国のインターネット・タクシー予約サービス】

 米国で「1-800-cab-ride.com」というインターネットでタクシーを予約できるサービスが登場した。

 インターネット上で乗車地や目的地、乗車時間を入力すると、目的地までの標準所要時間、標準走行距離、標準料金が表示される。顧客は提示された条件を確認した後、支払方法などを入力すると予約が完了する。

 同サービスには各地で営業するタクシー会社が加盟しており、現在のところ米国の主要 40 地域で展開されている。言ってみれば、「1-800-cab-ride.com」はタクシー予約のポータルサイトである。

 実際に同サイトを操作してみると以下のような特徴がある。

1. 予約完了までの操作が簡易

 具体的には以下の 4 ステップ(画面)で予約が完了する。

ステップ 1:乗車及び目的地情報の入力
 最初に乗車地を入力する。乗車地のカテゴリとして空港か住所を選択するが、空港を選択するとプルダウン形式になり手入力する手間がない。

 目的地も同様に入力する。次に片道か往復かをラジオボタンから選択する。そして乗車時間をプルダウン形式で選択する。

ステップ 2:サービス条件の確認
 目的地までの標準所要時間、標準走行距離、標準料金が表示される。表示された情報を確認して予約操作を継続するか確認する。

ステップ3:予約者情報の入力
 予約者の名前、メールアドレス、電話番号、クレジットカード情報を入力する。初回時は上記の情報の入力が必須であるが、次回以降はユーザ登録することにより、メールアドレスとパスワードのみの入力に簡略化することができる。

ステップ4:予約情報の確認
 これまで入力した予約情報を確認する。この確認画面では、標準金額にチップや通行料を加えた総料金が表示される。(立ち寄りや渋滞などでの遅延は総見込み金額に含まれないといったただし書きはある。)

2. 基本料金が表示されるので安心感がある

 多くの場合、商品やサービスを購入する際は事前に、その対価を知った上で購入するかどうかの判断ができるが、通常タクシーはそうではない。料金がわかるのは目的地に着いた後、つまりサービス提供後になってからである。

 よくタクシーを利用する人は過去の経験から大体の金額感を持っているかもしれないが、そうであったとしてもタクシー会社側から標準料金が提示されることは安心感に繋がるだろう。
【日本での類似例】

 日本にも「1-800-cab-ride.com」に似たサイトがある。「J たく@タクシーのりば」や「タクシーサイト」などである。両サイトともインターネットでタクシーの予約が可能で、各地で営業するタクシー会社が加盟している。

 「J たく@タクシーのりば」は「1-800-cab-ride.com」と予約完了までのステップは同じである。尚且つ標準料金が 5 千円を超過した場合には、渋滞等の遅延も含んだ定額料金で標準料金より割安に利用できる。標準料金と定額料金が併記されていて大体 1 割程度割安になるようだ。

 「タクシーサイト」は予約完了までのステップが「1-800-cab-ride.com」や「J たく@タクシーのりば」と異なる。乗車地を入力するところまでは同じだが、入力後に加盟しているタクシー会社の中から、乗車地で利用可能なタクシー会社が一覧されるのである。

 そして、各社のホームページに移り、各社のホームページで再度、乗車地から入力する必要がある。だから、予約完了までのステップがその分多くなる。
また加盟している全てのタクシー会社がインターネットの予約機能を持っておらず、そもそもインターネットで予約できないこともある。標準料金については「タクシーサイト」は別のメニューとして用意している。
【顧客の立場で見ると】

 上記を纏めるとポータルサイト内でタクシー予約が完結する「1-800-cab-ride.com」や「J たく@タクシーのりば」と、ポータルサイト内に予約機能を持たない「タクシーサイト」の二つに大別できる。

 インターネットでタクシーを予約するという顧客の立場で見ると、以下の理由でポータルサイト内で予約が完結する「1-800-cab-ride.com」や「J たく@タクシーのりば」に優位性があると考える。

・予約完了までのステップがスムーズである。

 まずポータルサイトを利用する時点で、特定のタクシー会社を気に入っている顧客は除かれる。直接そのタクシー会社に連絡するからである。そう考えるとポータルサイトを利用する顧客はどのタクシー会社にするかという優先順位は低い。だから、予約完了までのステップの中で、タクシー会社を選択する必要がある「タクシーサイト」には煩わしさを感じるだろうし、そもそも選択のしようがないのではないだろうか。また予約完了までの一連のステップの中で料金を確認することもできる。

・予約完了までのステップが短い。

 予約完了までのステップは短いに越したことはない。前述したように予約完了までの一連のステップが短いのは「1-800-cab-ride.com」や「J たく@タクシーのりば」である。
 つまり、タクシー予約ポータルサイトを利用する顧客は、サイトの使い勝手や結局目的地まで幾らで行けるのかという情報を重視する。

 しかしながら、顧客対象が変わると事情は変わる。「タクシーサイト」は加盟タクシー会社の求人情報を掲載している。この場合「タクシーサイト」はタクシー利用者ではなくタクシー会社での勤務を希望する人のためのポータルサイトとなる。

 タクシー会社で勤務を希望する人にとっては、どのタクシー会社を選択するかが重要となる。どれだけのタクシー会社を集められるか、それぞれのタクシー会社の個性をどれだけ上手く表現できるかがタクシー会社での勤務希望者向けポータルサイトの魅力に繋がる。

 一方で、タクシー利用者向けのポータルサイトとしては、同じ地域に多数の加盟タクシー会社を集めると利用者から予約があった場合に、どのタクシー会社に予約を割り当てるかが難しくなるから 1 地域 1 社、多くて数社のように絞り込んでいると考えられる。そうすると、タクシー会社での勤務希望者向けポータルサイトとしては「1-800-cab-ride.com」や「J たく@タクシーのりば」の魅力は必ずしも高くない。

 また「タクシーサイト」は勤務希望者向けポータルサイトとしてタクシー会社を多数集めたが、そのことによりタクシー利用者向けポータルサイトとしては利便性が損なわれている(タクシー会社の顔を立てるため、タクシー会社の選択はあくまでタクシー利用者にしてもらう)と考えられなくもない。

 要するに筆者の言いたいことは、タクシー会社の情報は、タクシー利用者としてポータルサイトを利用する場合には優先度は低いが、タクシー会社での勤務希望者から見ると高いのである。つまり、どの顧客に向き合うかで、サイトに求められることが変わる。そして、複数の顧客に対して同時に向き合うと、いづれかのもしくは全ての顧客に対して提供する商品やサービスが中途半端になる可能性があるということである。
【どの顧客と向き合うか】

 各ポータルサイトが対象とする顧客は以下のように整理できる。タクシー利用者に特化した「1-800-cab-ride.com」、「J たく@タクシーのりば」と、タクシー利用者、タクシー会社への勤務希望者の 2 種類の顧客を対象にしている「タクシーサイト」の二つである。

サイト名:「1-800-cab-ride.com」、「J たく@タクシーのりば」
顧客:タクシー利用者

サイト:「タクシーサイト」
顧客:タクシー利用者、タクシー会社への勤務希望者

 事業を展開していく上で、ターゲット顧客を絞り込むとはよく言われることで、実際に「タクシーサイト」は、これまで述べたように、どちらの顧客に向くべきか困っているように見えるから、「1-800-cab-ride.com」や「J たく@タクシーのりば」のようにターゲットを絞り込むべきだという意見はあるだろう。

 しかしながら、属性の異なる複数の顧客を持つこと、あるいは最終顧客に辿り着くまでに重層的なチャネルを経由していかなければならないことは事業を展開する上でよくある。業界構造として複数の顧客を持たざるを得ない場合もある。

 例えば自動車メーカーは、自動車の卸売り先として直接の顧客はディーラーであるが、最終的な顧客は一般消費者である。自動車メーカーも「タクシーサイト」と同じくどちらの顧客を向くべきか困っていないだろうか。

 実際に、トヨタのホームページを一般消費者がある車種の購入を検討している場合を想定して操作してみる。気になる車種を選択しカタログを請求しようとすると、「タクシーサイト」と同じ状況になる。途中でディーラーリストが現れ、商品の情報取得プロセスを完了させるためにはディーラーを選択しなければいけない状況に陥るのだ。

(メーカーへカタログを請求する場合にはディーラーを選択する必要はない。ただし、その場合には価格に関する情報が不足する)

 各ディーラーの価格表を得るため、複数のディーラーを一括して選択したいところであるが、それはできない。ちなみに複数チャネルで併売している車種は、一端、片一方のチャネルを選ぶと、変更しようとしても、もう一方のチャネルは表示されないという状況でもあった。

 「タクシーサイト」とトヨタの共通点は、ホームページが、アクセスした当初は一般消費者のみを意識して作られているが、段階を進むにつれて途中からタクシー会社やディーラーをも意識した作りになっていることだと考える。その結果として一般消費者から見るとサイトの使い勝手が損なわれていたり、内容に不足を感じたりするのではないだろうか。

 そしてその原因は、一般消費者から見ると一連のプロセスであるにも関わらず、

・商品やサービスの説明や導入部は「タクシーサイト」やトヨタが行うこと、
・価格(大きなバリューチェーンで捉えるとサービス提供や販売)に関することはタクシー会社やディーラーが決めることと、

供給側の論理・事情でバリューチェーンが分断されていて、バリューチェーン間の引継ぎがスムーズではないところにあるのではないだろうか。

 当たり前であるが、「タクシーサイト」が利用者を目的地まで運ぶわけではなく、トヨタ本社が商談を行うわけではないから、バリューチェーンは、どこかで分断されるものである。

 しかし、タクシー予約やカタログ請求という一般消費者から見ると一連のプロセスの中で、一般消費者から見てバリューチェーンの引渡しがスムーズかどうか、バリューチェーンの境目を見直す余地があるのではないだろうか。先ほどのトヨタのホームページの例では、ディーラーの価格表を一覧で表示する、または一括でディーラーを選択できるようにするなどである。

 自動車メーカーの立場からすると、自社のディーラーどうしの競争を煽るようなことはできないということは理解できる。しかし、現実的にはホームページを進んだり戻ったりしながら複数のディーラーのカタログを 1 社毎に請求する一般消費者もおり、価格表を一覧で表示したり一括でディーラーを選択できたりするのと同じ結果になっているのではないだろうか。

 前述したように複数の顧客を持つのはタクシーポータルサイト運営事業者や自動車メーカーに限らない。例えば部品メーカーにとって、直接の顧客は自動車メーカーであるが、最終的な顧客は一般消費者である。そう考えると商品やサービスを提供するサプライチェーンやバリューチェーンの中で BtoB ビジネスを行う事業者のほとんどは直接の顧客に加えて、少なくとも最終消費者という、もう 1 つの顧客を持つことになる。

 こうした事業者においても、自社が提供している商品やサービスがどの顧客を向いているかを確認し、顧客側から見てサプライチェーン・バリューチェーンの引渡しがスムーズかどうか見直す余地はあるのではないだろうか。

 例えば整備事業者向けにデンソーは自動車の電子化に対応したメンテナンス機器を販売している。整備事業者がメンテナンス機器を購入すれば今までディーラーへ依頼していたような整備も対応できるようになる。

 整備工場に車両を持ち込む一般消費者から見ると、これまで発生していた整備に要するコストや時間のロスを削減することに繋がる。一見スムーズに見えるデンソー→自動車メーカー→ディーラー→一般消費者というバリューチェーンを、一般消費者側の目線で見直してみると整備というプロセスに、手間や無駄が発生しており、それらを解決している好例と捉えることができるだろう。

<宝来(加藤) 啓>