ニュースは料理してこそ価値がある

(トヨタ、「G-BOOK / G-LINK」契約者対象に新たな保証サービスを開始へ)

テレマティクスサービス「G-BOOK」、「G-BOOK ALPHA」、「G-LINK」」の契約者向けのサービスとして、車両盗難や車上荒らしによる被害、またはエアバッグの作動を伴う事故が発生した場合にお見舞い金を支給する制度を来年 1月より開始する。

                 <2005年12月21日号掲載記事>

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 日本の自動車市場は頭打ちである。実際に、乗用車販売台数は、1990年に 5百万台を超えピークを迎えた後、 これまで 10年以上の間 4 百万台前後で推移している。また、乗用車の保有台数も、ここ 6年間は 5 千万台前後で推移している。

 市場の成長が鈍化し成熟してくると、一般的に以下のような事象が現れるといわれている。
・買い手が賢くなり、買い手の要求が高度化、細分化される
・成長が鈍化するためパイの奪い合い競争が激化する
・技術による競争優位性を獲得することが難しくなる
・競争の重点がコストとサービスの質に移ってくる
・新製品や新用途が現れにくくなる
・成長の鈍化とともに、設備能力と人員増強のスピードを落とす必要がある
・メーカーの利益が減り、流通業者のマージンが削られる
・もしくはメーカーが流通領域に進出してくる
・いずれの場合においても結果的に、流通業者の再編が進む
・新市場への進出が目立つ

 新聞、雑誌、そして自動車ニュース&コラムにおいても、上記の事象を反映したニュースを見かけることが多い。本コラムで取り上げる「トヨタ、G-BOOK/ G-LINK 契約者対象に新たな保証サービスを開始へ」も、「競争の重点がサービスの質に移ってくる」ことの表れと捉えられるだろう。

 つまり、当たり前ではあるがニュースには背景が存在している。言い換えればニュースとは、市場動向や企業活動(戦略)の全体的なストーリーの中で、一遍を切り出したものである。

 とすると、普段、私たちが目にする個々のニュースから、全体的なストーリーを見出すこともできるのではないだろうか。そして、それは市場・競合を分析し、自社における新たなビジネスチャンスや、打ち手を検討することに繋がると筆者は考える。今回はトヨタのニュースを例に、個々のニュースから全体的なストーリーを見出すために必要なことについて考えてみたい。

 コラムを進めるにあたって今一度、ニュースを記載させていただく。
 トヨタが提供するテレマティクスサービス「G-BOOK」、「G-BOOK ALPHA」、「G-LINK」」の契約者向けのサービスとして、車両盗難や車上荒らしによる被害、またはエアバッグの作動を伴う事故が発生した場合にお見舞い金を支給する制度を来年 1月より開始する。

【5W1Hで整理する】
 ここでは 5W1H (誰が、誰に、何を、いつ、どのように)でニュースを整理していく。

<誰が>
 直接的に、このサービスを提供するのは、「G-BOOK」、「G-BOOK ALPHA」、「G-LINK」であるが、トヨタと捉えるべきであろう。

 ご存知のようにトヨタは豊富なリソースと安定的なビジネスインフラを活かし自動車業界の内外で、広範に企業活動を行っている。そのトヨタが 2002年に取り纏めた「2010年グローバルビジョン」を策定するうえで、土台とした社会動向が 4 つある。

・再生社会、循環型社会の到来
・ITS 社会、ユビキタスネットワーク社会の到来
・世界規模でのモータリゼーションの進展
・成熟した人間社会の到来

である。そして ITS 社会、ユビキタスネットワーク社会の到来に対して、トヨタは、Comfort of Life と題し安全・安心・快適に暮らせる車とクルマ社会を創造するとしている。

 「2010年グローバルビジョン」は、トヨタが注力する分野の宣言書であり、今回提供するサービスは、安心に関する領域であるから、ビジョンを体現するための具体的な打ち手と捉えられる。

 今後も、トヨタはこの領域には注力すると想定されるので、この領域でビジネスアイデアを持つ企業にとっては、同社に提案するチャンスが到来したとも捉えられるだろう。特に今回のサービスは、状況に応じたお見舞い金の設定など保険業的なビジネス側面が含まれているが、安心はお見舞い金では買えない部分もあるから、お金より大きな安心を提供できる何かを提案できるのであれば、新たな参入の切り口となるかもしれない。

<誰に>
 一義的には、「G-BOOK」、「G-BOOK ALPHA」、「G-LINK」の契約者であるが、より本質的に解釈すれば、盗難や事故など万一の場合に安心を求める人と捉えるべきだろう。
 盗難や事故などに安心を求める人、求める可能性のある人のパイを考えてみたい。もっとも影響を与えそうなドライバー(要因)は高齢化ではないだろうか。

 2007年以降に団塊の世代の退職が始まり 2015年には 3 人に 1 人が 65 歳以上の人口構成になるといわれている。こうした人々は、概していえば多少お金に余力があり、体力的には衰えが見え始め、精神的な安定を求める人ではないだろうか。つまり多少お金を払ってでも安心を求める傾向が他の世代よりも強いのではないだろうか。

 そしてそのような市場は、日本国内はもとよりお隣中国をはじめ世界的に大変有望な成長市場である。そう考えると、パイの成長は、全体的には鈍化しているものの、パイの構成要素は変化しており、今回のサービスは変化を捉えた打ち手といえるだろう。

<何を>
 今回のサービスで提供されるのは、盗難や事故の際に安心を提供するテレマティクスサービスに、さらに付帯された安心である。つまり、トヨタは、万一の場合が起きた時と、起きた後での 2 段構えで安心を提供することになる。

 具体的に事故の場合について補足すると、まず事故が起きた時には、エアバッグ作動と連動して自動的にセンターへ緊急通報を行い必要に応じて救急車輌を呼ぶという安心を提供する。そして、今回のサービスは、事故の後にお見舞い金を支払うことにより安心を提供するのである。

 日産のカーウィングス、ホンダのインターナビにはないサービスで、冒頭にあげた競争の重点がコストとサービスの質に移ってくることの表れで、競合他社との差別化を図っている。

<いつ>
 「いつでも」である。上記した 2 段構えにより、車に乗っていない時でも、事故にあった時でも、いつでも安心を提供する。

 自動車盗難件数は、警察庁の資料によると 2001年以降に急激に増加し、2003年には 64,223 件と過去最多となったが、2004年は 58,737 件と減少傾向にある。イモビライザー等の防犯性能向上によるところが大きいと考えられる。同資料には、盗難率の高い車種を表記しているが、トップからランドクルーザー、ハリアー、RAV4、セルシオとトヨタ車が上位を占める。

 また、事故件数は、交通白書によると死亡事故件数は毎年約数百件程度減少しており 2004年で 7,358 件 であるが、事故発生件数は毎年約 1 万件ほど増加しており 2004年 952,191 件である。

 トヨタ車の高い盗難率、事故発生件数の増加は、万一の機会が多分にあること、そして安心サービス強化の必要性の裏づけであり、顧客にとっても価値あるものだとご理解いただけると思う。

<どのように>
 今回のお見舞い金の支給額は以下のように設定されている。
・車輌盗難お見舞い金
 ・未発見:20 万円
 ・ 発見: 2 万円
・車上荒らしお見舞い金:2 万円
・エアバッグ連動ヘルプネットお見舞い金:5 万円

 ここで車輌盗難に関して盗難発生確率を加味したお見舞い金額を、お見舞い金発生額として簡易的に試算してみたい。

盗難発生確率
 =2004年自動車盗難台数÷2004年乗用車保有台数
 =58,737÷55,994,050
 =0.1%
お見舞い金単価
 トヨタのプレスリリースによると盗難車輌の70%が発見
 =20 万円×30 %+2 万円×70 %
 =7.4万円
お見舞い金発生額
 =盗難発生確率×お見舞い金単価
 =74円

 お見舞い金発生額は 74 円という試算結果である。そして盗難件数はイモビライザー等自社で開発・搭載できる防犯技術により削減可能なことが実績で示されているから、お見舞い金発生額は更に圧縮可能と考えてもおかしくない。今回のお見舞い金サービスを無償で追加するのも、お見舞い金支払額がそれほど負担にならないだろうという計算に基づいているのではないだろうか。

 また、エアバッグ連動ヘルプネットお見舞い金についても、トヨタのプレスリリースに「エアバッグ作動後に、エアバッグ連動ヘルプネットサービスを継続するにはエアバッグ部品の交換等が必要であるために支給する」と記載されており、今年 8月に導入されたエアバッグ連動ヘルプネットの普及への打ち手とも捉えられる。
【体系だてて整理することの重要性】

 ここまでは 5W1H を使用してニュースを整理していく中で、関連する社会動向方向を適宜引用し、言い換えれば他のニュースを適宜引用しながら、ニュースの背景にある全体的なストーリーを見出してきた。

 ここで重要なことは、全体的なストーリーを見出すうえで何らかのフレームワークを使って体系だててみることが有効だということである。今回は「5W1H」のフレームワークを利用したが、フレームワークにはこの他にも、バリューチェーン、3C (Company、Customer、Competitor)、4P (Product、Price、Place、Promotion)、5F (新規参入の脅威、業界内の競争、代替品の脅威、買い手の交渉力、売り手の交渉力) 等、様々なものがある。

 それら予め用意したフレームワークに複数のニュースを当てはめて整理をしていくと、それぞれのニュースの相関関係から全体的なストーリーを見出せることが多いというのが筆者の経験則である。

 例えば、3C というフレームワークでトヨタを中心に考えると、Company にはトヨタのグローバルビジョンやトヨタの技術アセットが当てはまり、Customerには高齢化状況、盗難件数、事故件数が当てはまり、Competitor には競合他社のテレマティクスサービスが当てはまるだろう。競合他社とのサービスの特徴を目立たせるために、テレマティクスサービスを安全面と安心面の二つに分けて整理しても良いかもしれない。

【まとめ】
 個別のニュースから全体的なストーリーを見出すために必要なことは、体系だてて整理することだと具体例を示しながら述べてきた。実際には、整理目的に応じて、どこまでのニュースを収集するか、フレームワークをどう設計するかがポイントとなるであろう。

 そして、筆者の最もお伝えしたかったことは、ニュースは単に収集するのではなく、上手に料理することで活きてくるということである。

 というのも毎日配信される「自動車ニュース&コラム」の記事量からも分かるとおり、自動車業界に関するニュースは毎日山程ある。それら膨大なニュースを単に情報として取り扱うのではなく、そこから意味合いを抽出しアクションに結びつけていくことが重要だと考えるからである。

<宝来(加藤) 啓>