400万台クラブ型M&Aと新たな時代のM&A

◆ダイムラークライスラー、北米クライスラー部門の売却「リストラが仇に」

<2007年02月26日号掲載記事>

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【400万台クラブ型M&Aの終焉】

ダイムラークライスラーが 2006年 12月期決算を公表した際に、クライスラー部門について、売却や合弁事業化といったあらゆる選択肢を検討する意向を表明した問題で様々な憶測、情報が飛び交っている。

売却ということになった場合、豊富な資金を誇る投資ファンドが買収に乗り出す可能性が高いが、一方で、投資ファンドへの売却を考えた場合にはクライスラー部門の現状の形態が障害になるとも考えられている。

それはダイムラー側が 1998年の合併後、クライスラー側の財務、経理、人事等のバックオフィス部門や開発部門の一部で人員削減などの合理化を進め、独力では企業として運営できない姿になってしまっているという問題である。そのため、投資ファンドに売却する場合、新たに 1500~ 2000 人を採用する必要があり、当面の運転資金として 100 億ドル程度が必要になるとみられているとのことである。

このような問題が存在するため、現状のままのクライスラー部門を受け入れることができる企業として GM の名前も浮上している。昨年 12月、両社が大型SUV の今後の共同開発について協議に入った過程で、ダイムラーのツェッチェ社長からGMのワゴナー会長に売却の打診もあったという。

クライスラー部門の行く末がどうなるかは現状では誰にも予測できないものの、今回の報道は、90年代にダイムラー自身が口火を切った 400 万台クラブ型M&A の終焉を感じさせるものであることは間違いないだろう。

400 万台クラブとはご存知のとおり、自動車メーカーがグローバルプレイヤーとして存続するには 400 万台以上の生産台数が必要になるという考え方で、部品、プラットフォームの共通化等を積極的に推進し、コストスプレッドにより規模の経済性を享受することを狙うというものである。

このような規模の経済性を享受することを狙った M&A においてバックオフィス部門は最も合理化の対象になりやすく、M&A のシナジー効果創出のための施策として真っ先に候補に挙げられるものでもあるので、現在のクライスラー部門の形態も理解できる。
【新たな時代のM&A】

今回のような 90年代の清算ともいうべき M&A のニュースと同時並行する形で、自動車業界では
ところで、イノベーションという言葉自体は安倍内閣が強く打ち出して有名になった感があるが、ここでイノベーションは単なる「技術革新」という狭義の概念ではなく、広く社会のシステムや制度をも含めた「革新・刷新」であると定義されている。これも言わんとすることは先程と同じでイノベーションは単に技術の話で完結するものでなく、それを取り巻く教育制度や、社会風土等、仕組みや土壌の問題とセットで考えられるべきものであるということである。

現時点において異なる企業間でイノベーションが継続的に創出される仕組み、土壌について絶対的な解は存在しないが、相互作用という観点からすると、買収する側が、買収される側に一方的に考え方を押し付けるスタイルであってはならないし、逆に双方の間で交流が少ない場合も効果的なイノベーションの創出は期待できないであろう。
【新たな時代のM&Aにおけるバックオフィス部門の役割】

そう考えると 400 万台クラブ型 M&A においては合理化の対象として見られていたバックオフィス部門の役割も新たな時代の M&A においては変化してくることが予想される。

双方のバックオフィス部門はイノベーションを継続的に創出するために共同で仕組み、土壌の整備を行っていく必要がある。そしてそれら仕組み、土壌は現場である双方の研究開発部門が上手く協業していけるかにも大きな影響を与えるものと思われる。

世の中の大半の企業は顧客重視を打ち出しているが、バックオフィス部門の場合は研究開発、生産、営業等の現場部門が顧客であり、顧客本位で仕組み、土壌の整備を進めるべきだろう。その意味でも、バックオフィス、本社機能は現場との連携を緊密にしなければならない。

いずれにしても、自動車業界における今後の M&A は規模による効率を追求するものから、範囲による効果を追求するものにシフトしていくものと思われる。日系企業もプレイヤーとして参加する新たな時代の M&A が勃興し始めている。

トヨタによるスバル、いすゞへの資本参加などがそれに該当するであろう。

2005年 10月にトヨタは GM が保有するスバル株式約 20 %のうち、8.7 %分を GM から譲り受けた。

また、2006年 4月に GM から三菱商事、伊藤忠商事、みずほコーポレート銀行へと売却されたいすゞ株式のうち、三菱商事と伊藤忠商事が保有する分を 2006年 11月に引き受け、5.9 %の株式を持つ筆頭株主となった。

これらの M&A はトヨタによる GM の救済の意味合いも否定できないし、当然、400 万台クラブ型 M&A のようなコストスプレッドによる規模の経済性享受の狙いも想定されるが、それ以上にスバル、いすゞがそれぞれ保有する技術を獲得するという意味合いが強い。

スバルは言うまでもなく水平対向エンジンや 4WD 技術に強みを有しているが、近年では次世代電池技術にも注力しており、一時は竹中社長が 2 次電池の世界標準を目指すと明言したほどである。一方で、いすゞはディーゼル技術に強みを持っている。

スバルの次世代電池技術やいすゞのディーゼル技術は今後の環境技術を考えた場合に、重要なピースになりうる可能性を秘めている。

そして、このような新しい形の M&A が勃興してきたということは、自動車業界において環境技術に代表される技術全般の持つ競争戦略上の重要度が上がってきており、産業特性として知識集約的なイノベーション(技術革新)型産業へと徐々に移行しつつある、ということを端的に示しているだろう。
【M&Aの目的の変化】

従い、M&A の目的もコストスプレッドによる規模の経済性享受というよりもむしろグループ内に多くの関連する研究開発テーマを持ち、それらが相互に生み出すシナジー効果によって、より多くのイノベーションを生み出すという範囲の経済性享受を目指してのものになっている。

自動車業界外に目を向けると、代表的なイノベーション型産業としては医薬品業界が挙げられるが、そこで繰り広げられる M&A はまさに範囲の経済性享受を目指したものである。詳細は自動車業界と医薬品業界とを比較した下記コラムを参照してもらいたい。

『自動車業界と医薬品業界』

また、新たな時代の M&A では異なる企業間の相互作用により、多くのイノベーションを継続的に生み出すことが目的になることを考えると、単に技術の相互作用のみならず、技術を取り巻く企業内、企業間の仕組み、土壌の整備が重要になるだろう。なぜなら、継続的なイノベーションは仕組み、土壌によって生み出されることになるからである。

そして仕組、土壌としては研究開発に関わる予算制度、人事制度、組織、企業文化等も含まれるが、これらは技術開発の成果を製品、事業化に結びつけていく際にも大きな影響を及ぼすものとなる。

<秋山 喬>