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今後の業界再編において重要となる自社のとんがり
◆スズキ、独 VW が筆頭株主になったと発表。自己株式払い込み終了
<2010年01月14-15日号掲載記事>
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【スズキ、VWの相互補完関係】
スズキは 1月 15日、同日付で VW が筆頭株主になったと発表した。自己株式割り当てにより、普通株 1 億 795 万株を VW に対して 1 株当たり 2061 円、計 2225 億円で譲渡したもので、結果的に VW のスズキ株式保有比率は 19.9 %となった。
スズキは調達した 2225 億円のうち 1225 億円を次世代環境技術を中心とした研究開発費用に、残りの 1000 億円は有利子負債の削減などに充てるとしている。
スズキと VW は昨年 12月 9日に提携することで合意、株式の持ち合いや、包括的な業務提携を進めることを発表した。その際の記者会見においては、VW がスズキ株を取得する一方で、スズキも VW 株を取得するなど、イコールパートナーとしてやっていくことに加え、地域面、及び、製品・技術面での相互補完関係が強調された。以下は記者会見において言及された相互補完関係の要旨である。
・VW は南米、中国ではマーケットリーダーであり、スズキは東南アジアなどで強く、インドでナンバーワン。特にアジア地域において両社は前進できるだろう。
・(提携により)大量生産や販売のメリットが期待できる。その中でも部品の共通化をしていくことが大切。両社でコストメリットでの相乗効果を追求したい。部品などについては協調し、ビジネス全体では競争する 。
・スズキは VW の環境技術のメリットを受けられる。これからはハイブリッド車や電気自動車の開発を進めたい 。
今回のコラムでは、これら地域面と製品・技術面という二つの観点からの相互補完関係を、両社の現況を踏まえて検証してみようと思う。
【地域面での相互補完状況】
まずは地域面での相互補完状況からである。
はじめに両社の 2008年の販売台数を見ると、スズキは 2360 千台、VW はアウディ、シュコダ、セアト等を含むグループ全体で 6258 千台となり、2 社合計では 8618 千台と、同期間のトヨタグループの販売台数 8972台に肉薄する規模となる。(2009年の数字では、トヨタグループの販売台数を 2 社合計で既に抜いている。)
そして、2008年における両社の地域別の販売台数の内訳を見ると、以下のようになる。
「スズキ」 「VW」
北米 125( 5%) 382( 6%)
中南米 47( 2%) 901( 14%)
西欧 243( 10%) 3192( 51%)
中東欧 94( 4%) 544( 9%)
日本 680( 29%) 69( 1%)
アジア・大洋州 1121( 48%) 1014( 16%)
その他 45( 2%) 150( 3%)
合計 2360(100%) 6258(100%) 単位:千台
また、それぞれのアジア・大洋州地域の販売台数のうち、スズキは約 62 %にあたる約 700 千台がインド、VW は約 89 %にあたる約 900 千台が中国での販売台数であり、スズキにおけるインド市場、及び VW における中国市場の比重の重さが伺える。
実際、VW は 2009年 1月~ 9月の販売台数が 4789 千台と前年同期比で減少しておらず、むしろ 1 %増加しているが、その要因は他地域の販売台数が減少する中、アジア・大洋州地域のみが増加しているからであり、前述したとおり、その 9 割弱が中国市場によるものである。つまり VW は成長著しい中国市場に支えられてこの不況下でも販売台数を維持できているといえる。
上記の地域別販売台数内訳を、相互補完という観点から見てみると、スズキは日本、インド、その他アジア地域、VW は欧州、中南米、中国に強みを有しているということになり、地域的には上手くすみ分けがなされているといえるだろう。
一方で、つい最近まで自動車業界における主戦場であった北米市場に対しては、今回の提携による手当てがなされない格好であり、その意味でも、業界全体の新興国シフトを印象付ける新時代の連合体といえるだろう。
【製品・技術面での相互補完状況】
では次に、製品・技術面での相互補完状況を見てみる。
以下は両社のセグメント別の主要製品ラインナップである。
「スズキ」
(Aセグメント) Alto (A-Star)、Splash、ワゴンR
(Bセグメント) Swift、SX4
(Dセグメント) Kizashi (今後、発売予定)
(SUV) Jimny、Gland Vitara
(バン) APV
「VW」*
(Aセグメント) Up! (今後、発売予定)、Fox
(Bセグメント) Polo、A1、Fabia、Ibiza
(Cセグメント) Golf、Jetta、New Beetle、A3、Octabia、Leon、Toledo
(Dセグメント) Passat、A4、A5、Superb、Exeo
(Eセグメント)A6
(ラグジュアリー)A8
(スポーツ) Eos、TT、R8
(SUV) Tiguan、Touareg、Phaeton、Q5、Q7、Yeti
(バン) Sharan、Touran、Roomster、Altea
*アウディ、シュコダ、セアト含む。VW グループにはその他、ハイエンドなブランドとしてポルシェ、ベントレー、ランボルギーニ、ブガッティ、商用車としてスカニア、MAN が存在するがここでは除外している。
スズキは A~ B セグメント、VW は B~ C セグメントにそれぞれ強みを有しており、製品ラインナップの相互補完という観点からは、一部、重複もある中小型車連合という形になっている。
従来の自動車業界における合従連衡では、地域面同様、製品面でも大型車と小型車、高級車と大衆車というようにすみ分けがなされているほうが、カニバリゼーション防止の観点からも相互補完として好ましいと見る向きがあった。(ダイムラーによるクライスラー、三菱自動車買収、フォードによる高級車ブランド買収、等)
しかしながら、今回のケースでは、記者会見においても言及されていたが、重複があるからこそ、両社間での開発の共通化、及びそれによるコスト削減が進展しやすいという狙いが存在するものと思われる。
VW は元々グループ内での設計開発共通化に熱心に取り組んでおり、Golf プラットフォームはアウディ A3、シュコダ Octavia、セアト Leon と共通化されており、年間 300 万台超の生産台数を誇る。また、近年ではプラットフォームベースではなくモジュールベースでの共通化の取り組みにも着手している。今回の提携により、共通化の範囲がスズキにまで拡大すれば、更なるコスト削減の可能性が考えられる。
また、それに加えて今回の提携では、スズキの低コスト生産、新興国生産ノウハウを連合体全体へ拡大適用できる可能性がメリットとして想定される。
スズキは既存設備や既存技術の有効活用、及び、一人当たり労働生産性により業界内でも高いレベルの粗利率を誇っている。FY08 の粗利率は 22.9 %であり、これは VW の 14.4 %、トヨタの 8.9 %と比べても突出した数字である。
また、FY09 の上期でも粗利率は 22.8 %とさほど低下していないが、これは製造原価に占める固定費(特に、設備費)が少ないため台数減にも柔軟に対応できているものと推測される。
更に、スズキは完成車生産拠点をアジアを中心に全世界で 19 拠点有しているが、拠点数が販売台数に比して多いという特徴がある。(販売台数がスズキの 2.6 倍の VW の完成車生産拠点は 37 拠点に留まる。)この要因としては、現地パートナーの活用、各拠点の損益分岐点が低い、等が想定されるが、こういった新興国生産のノウハウも VW にとっては魅力的な要素だろう。
スズキは上記のような自社の強み、とんがりを VW に提供する一方で、環境技術については内燃機関、ハイブリッド、電気自動車と幅広く研究開発を行うVW の技術を全面的に活用する姿勢を明らかにしている。
以上、地域面、製品・技術面から、今回の提携を検証してきたが、整理すると、製品面で両社の強み、特徴を持ち寄り、今後、主戦場となる新興国を攻略するうえでこれまで以上に重要になるコスト削減のメリットをお互い享受しつつ、それぞれ得意な新興国での拡販を図っていくということになるだろう。
当然、地域的にはすみ分けがなされているとはいえ、製品セグメントには重複もあるため、一部市場では、カニバリゼーションも発生することが想定されるが、そこは、記者会見でも言及されているとおり、競争しながらお互い事業展開していく、ということになるものと思われる。
【今後の業界再編の重要ファクター】
今回の提携を皮切りにプジョー&三菱自動車、ダイムラー&ルノー・日産といった提携の話も報道されているが、現在の自動車業界では、近年の急激な業界環境の変化により、新興国、環境シフトが進み、自社リソースだけでは多様化する販売地域、環境技術をカバーできないという状況が業界各所で発生しているものと推測される。
そのような状況下では、まさに今回のケースのように相互補完関係を構築する必要性に各社が迫られているといえ、今後も業務提携、資本提携問わず、提携関係の構築は増加していくだろう。
また、今回のケースでは、提携後の規模についても取りざたされているものの、今後の業界再編は、業界全体としてかつての 400 万台クラブ時代の反省を踏まえ、単純な規模の足し算の議論ではなく、あくまで提携による実質的な効果創出が最重要視されながら進展することになるものと思われる。
そのため、形式的には性急かつ劇的な資本提携というよりは、業務提携の延長線上にある資本提携、マイノリティ出資からスタートする形の資本提携、株式の持ち合いといったケースが多くなるだろう。
そして、中身的には、単純な規模追求ではなく、地域、製品、技術といった複数の観点から、各社の強み、弱みが意識され、それらを最適な形で組み合わせることを目的とした提携関係が増加していくものと推測される。そういう意味では、今回のスズキのように強み、とんがりが明確なメーカーほど業界内での注目を集める存在になるだろう。
一般的にとんがりは全てを平均的に行っていては形成されてこない。施策に優先順位を付け、時には何かを捨てて何かに集中することで集中した部分にとんがりが形成されてくる。戦略立案とはやらないことを明確にすることだといわれるが、今後の業界再編においてもまさに各社自身の戦略が重要になってくるものと考える。
<秋山 喬>