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フレキシビリティについての再考
◆トヨタ、生産ラインの一時休止などで国内外で年 70 万台の生産縮小を表明
<2009年 08月 26日号掲載記事>
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【進む生産調整】
トヨタは、工場の生産ラインを一時休止するなどで国内外の生産台数を年間70 万台程度縮小する方針を明らかにした。需要回復には時間がかかるとみて、当面はライン休止という対応を取ることとした。
国内では、ヴィッツなどを生産する高岡工場の生産ライン 1本を、10年春から 11年後半まで休止する。これにより年間 22 万台分の生産縮小を見込んでいる。従業員は他のラインや工場に配置転換する一方で、同工場は休止中に設備改善に取り組み、将来の生産再開に備える方針としている。
また、海外では英国工場でラインを一時休止し、年 15 万台程度の縮小を検討している。GM との合弁工場である NUMMI の閉鎖による約 30 万台分も加えると、海外では合計年 45 万台分の生産縮小となる。
自動車業界は金融危機後の市場低迷による稼働率の低下に直面し、主に新規投資の凍結や延期、またワークシェアリングといった施策でもって対応してきたが、今回のトヨタのニュースに象徴されるとおり、不況の長期化を視野に入れ、ラインの休止、閉鎖といった更に踏み込んだ対応が検討されつつある。
ラインの休止、閉鎖の先にある工場単位での休止、閉鎖、統合といった対応については、雇用を最優先する考えから、今回のニュースでも「もう少し時間を見ながら考えていきたい」としている。
しかしながら、トヨタに代表される自動車業界各社は、過去の積極拡大路線により、業界全体で多くの過剰能力を抱えているのも事実である。過去の設備投資は減価償却費という形で将来にわたり収益を圧迫する大きな要因となるため、いずれは工場単位での休止、閉鎖といった話に発展する可能性も秘めている。
【工程のフレキシビリティ】
今回のニュースにあるようなラインの休止、廃止、更には工場の休止、廃止に際しては、他ライン、他工場への生産移管が行われるわけであるが、その場合に、いかにスムーズかつ柔軟に移管を行えるかという観点からは工程のフレキシビリティが重要な要素になる。
東京大学の藤本教授はその著書の中で、フレキシビリティを QCD に次ぐものづくりの 4 つ目の競争力ファクターとしている。
フレキシビリティとは変化に対するシステムの対応能力のことであり、生産システムの外部環境や内部構造に変化、多様性が生じた場合に、そのショックをどの程度吸収して、システム自体の機能を安定的に保ち、機能不全を起こさないようにできるかということである。
工程のフレキシビリティとしてまず想像されるのは生産する車種に変化、多様性が生じても、コスト、品質、デリバリーが安定的に保たれるということであろう。つまり、同一の工程で複数の製品を生産できるということである。
戦後一貫して多品種生産が基本であった日本の自動車メーカーでは混流生産に代表される工程のフレキシビリティを志向してきた歴史があり、多能工、汎用的組立機械、汎用的治工具、汎用的工作機械などが工程のフレキシビリティを実現可能にする構成要素として挙げられる。
このような工程のフレキシビリティが確保されていればいるほど、今後の生産機能、生産拠点の最適化を行う際の自由度は高くなり、逆に工程のフレキシビリティが確保されていないと、自由度は低くなるということになる。
【より市場に近い段階でのフレキシビリティの発揮】
一方で、生産システム全体のフレキシビリティに影響を与えるのは、工程のフレキシビリティだけではない。加えて部品のフレキシビリティが要素として挙げられ、それらの相乗効果で生産システム全体としてのフレキシビリティが決定される。
部品のフレキシビリティとは同一設計の部品が複数の異なる製品に共有されることであり、つまり、部品共通化、プラットフォーム共通化の度合いのことである。
製品の中で共通の部分の割合が高まれば高まるほど、言うまでもなく、同一工程で対応できる割合が高まることになる。
部品のフレキシビリティは工程のフレキシビリティよりも市場に近い段階で多様化のショックを吸収するということができるが、更に市場に近い段階で吸収するのが、製品のフレキシビリティである。つまり、ニーズの多様性に一つの製品でこたえるということである。
フレキシブルな製品はフレキシブルな部品、工程を必要としないため、コスト的には市場に近い段階で吸収したほうがより大きな量産効果が享受でき、有利ということになる。
振り返ってみると、自動車産業の歴史は最適なフレキシビリティを探ってきた歴史であったといってもよい。
最初に自動車の大量生産に乗り出したフォードは T 型フォードという一つの製品で多様な用途に対応したという意味で、製品のフレキシビリティを実現していたわけである。
その後、1920年代には製品段階では多様性を吸収できなくなってきたことを踏まえ、 GM が共通部品でもって構成された多様な製品を市場に投入するというようにフレキシビリティの焦点を一段階ずらすことで成功を収めた。これは前述した部品のフレキシビリティということになる。
しかしながら 1970年代には過度の共通化の進展により、消費者に対する各製品の差別化が難しくなった。そして、そこに登場したのが日系自動車メーカーであり、個別の製品ごとに最適設計をしつつ、工程でもって多様性を吸収した。これは言うまでもなく工程のフレキシビリティである。
その後、90年代に入り、日本車は部品の共通化不足によりコスト競争力が低下したため、部品段階でのフレキシビリティを模索するようになり、共通化比率も上昇した。
その後の自動車業界においては、部品のフレキシビリティと製品差別化をいかに両立、実現するかということが大きなテーマとなっている。
【フレキシビリティの逆行】
上記の歴史を見ると、製品のフレキシビリティからスタートした自動車産業が、需要の拡大、多様化とともに、工程のフレキシビリティまで行き着き、そこからまた逆行してきているということがわかる。
そして、現時点では部品のフレキシビリティの段階に留まっているが、今後は一部の製品カテゴリーや一部の市場において、更にフレキシビリティが逆行する可能性も秘めている。
その背景には新興国、先進国、双方の市場における消費者ニーズの変化が存在する。
まず、新興国においては、低価格での自動車供給を望むニーズの高まりが挙げられる。
タタが発売したナノは業界内で 21 世紀の T 型フォードと指摘する向きもあるように、独自の、ある意味割り切った設計思想に加え、バリエーションを大幅に絞りこんで低価格を実現した。
また、そのような低価格ニーズは新興国だけでなく先進国でも違った観点から起こりつつある。日本市場において、自販連が先日、発表した自動車ディーラー・ビジョン 2009年版では「メーカーが車種数を絞る替りに、費用を下げ買いやすくすること」を要求する声が多くの消費者からあがっているとの指摘がなされている。
今後は、消費者が自動車に求めるものを慎重に見極める必要があると思われるが、工程のフレキシビリティはあくまで能力として確保しておきつつも、より市場に近い段階でのフレキシビリティも検討する時期に来ているものと思われる。
<秋山 喬>