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技術革新による競争のルールの変化
(国交省、燃料電池車で世界初の『型式認証』、トヨタとホンダの2車種)
<2005年06月17日号掲載記事>
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国土交通省は、トヨタの RV 型車「FCHV」(最長走行距離 330 km)とホンダの小型車「FCX」(同 430 km)に対し、大量生産や市販の前提となる型式認証を出した。燃料電池車が型式認証を受けたのは世界で初めてとなる。
燃料電池車はこれまで、メーカーが 1台ずつ走行試験などをした上で大臣認証を得る必要があった。しかし、今後型式認証を取得すれば、1台ごとの手続きが不要になり、大量生産や市販が可能になる。ただし、両社は「実際に市販できるようになるには、まだ時間がかかる」としている。
型式認証を取得し、普及への弾みがついたと言えるが、一方でトヨタの岡本一雄専務(株主総会後に副社長)が、17日付の英紙フィナンシャル・タイムズ(FT)に語ったところによると、燃料電池自動車の価格は、現在の 1台 100 万ドル以上のものを、市販開始を予定する 2015年までに 5 万ドル程度に引き下げるとのことであり、2015年時点でもまだ 500 万円強のため実際の普及はまだまだ先ということになる。
何年か前まで、燃料電池車の普及時期は 2010年頃などと言われていたが、技術的な課題やインフラ等の整備の問題等で遅れることが予想され、今後しばらくはエコカーと言えば、プリウスに代表されるハイブリッドカーが主役ということになりそうである。
ハイブリッドカーは元々、燃料電池車が普及するまでのつなぎという見方をされていたが、上記のような事情もあって、各メーカーの注力度が高くなり、また実際に市場においてもアメリカではハリウッドスターがこぞって購入したり、日本でも走っている姿が街中で頻繁に見受けられるようになった。
燃料電池車とハイブリッドカー双方の分野で現在リードしているのはトヨタであるが、この結果は環境意識の高まりを見越して早い段階から先行技術開発に着手したということに加えて、先行技術開発に対してつぎこめるリソース(資金、人材等)が大きいということにおおいに関係している。
元々、トヨタは 1992年に始めて燃料電池の開発に着手したが、その時はエンジンに変わる代替エネルギー、たとえば電気自動車やガスタービン技術といったものの中の one of them に過ぎなかったという。ハイブリッドカーも同様に不確実な中から生まれてきたものであり、それらに対し手広くリソースを投入することができたトヨタが先行したということができるだろう。
自動車業界においては、上記のような動力機関における技術革新や電子化、通信端末化などここに来て自動車という製品そのものを変貌させるような技術革新が進展し、まさにイノベーションが起こっている状況と言える。
製品そのものを変貌させるような技術革新は往々にして、業界の競争のルールの変更を伴うものだが、自動車業界においては相対的に見て先行技術開発というファンクションの重要性が急激に増しているように思える。
そして、このようなデファクト・スタンダードを争奪するような先行技術開発の場合、主導権を取れた側はいいが、その分取れなかった側はこれまでの投資が水の泡となってしまい、まさに 0 か 100 かの世界となる。
自動車業界はこれまで本質的な製品の革新という意味で、これだけの変化を経験したことがなく、同時に 0 か 100 かの世界にも馴染みがない。そういう意味で業界の特性が医薬品業界や電子・電気業界、IT 業界等、先行技術開発が成否を分ける業界に近づいてきたということもできるだろう。
これまで投資の中心を成していた生産設備の新設・増強や新製品開発への投資は、競合他社と競い合ったとしても、どちらか全くリターンが得られないということはほとんどありえず、0 か 100 かの世界とは言いがたい。
そして、不確実性の高い先行技術開発が競争の焦点になってきた場合、トヨタのように投入できるリソースが多いところが圧倒的に有利になるのは間違いない。例えていうなら、ルーレットの勝負を挑んだとして、相手は 5 箇所にビッドできるのに、自分は 1 箇所にしかビッドできないというようなものである。
そういった分の悪いばくち的な勝負に対しリソースが潤沢でないメーカーはどういった対応を取るかを考える必要に迫られている。
対応する方向性はいくつか考えられる。
まずは複数企業にてコンソーシアムなどを形成し、共同で先行技術開発を行うなどして 0 か 100 かの世界を回避する方向性が考えられる。家電業界では次世代 DVD の規格において規格競争を繰り広げていた「ブルーレイ・ディスク」と「HD-DVD」の両陣営が、統一交渉に入るなど一般的ともいえる企業行動である。自動車業界では燃料電池車においてトヨタと GM が共同で技術開発を行なうと発表したが、こういった形は今後も増えてくるものと思われる。
2 つ目にトップランナーを目指す技術競争には参戦しないという方向性も考えられる。自動車業界における競争の焦点は技術開発のみならず、ブランドや新興市場攻略など多岐に渡る。一旦、技術開発競争の舞台からは降りて、その分のリソースを他の分野に振り分けるという考え方である。但し、この判断は目指すべき企業像とも関係するため慎重に行なう必要がある
そして、この 2 つ目の方向性はその度合いにより更に 2 つに細分化される。完全に自社開発は行なわず、規格が固まってきたところで他社より技術供給を受けるという形と、技術競争のトップランナーは目指さず一旦は他社より技術供給を受けるものの、並行して自社内での開発も進めるという形である。現状、多くの自動車メーカーはここでいうところの後者の方向性を模索しているようであるが、トップランナーであることが非常に重要な意味を持つ形に競争のルールが変化しつつあることは認識しておく必要があるだろう。
最後の選択肢としては信念を持ってあくまで独自の路線でトップランナーを目指し、技術開発を続けるということが挙げられる。但し、上述したようにリスクの高い勝負を挑むこととなるため、コンティンジェンシープランは用意しておく必要があるだろう。
このように技術革新等の要因により競争のルールが変わる場合は、通常の場合と比べて、戦略的判断の重要性が非常に高まる。今回のケースのように自動車業界としては不慣れな競争環境に置かれた場合は、他業界の事例も参考にしながら対応方針を考えていくのも有効だと思われる。
<秋山 喬>