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長期的な視点でクルマのコスト、ベネフィットを再考する
◆3月の中国自動車販売、3月で過去最高の 110 万 9800台。生産は 109 万 5400
台。
<2009年 04月 09日号掲載記事>
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【回復してきた中国市場】
中国自動車工業協会は、3月の新車販売台数が前年同月比 5.01 %増の 110万 9800台と 100 万台を突破し、過去最高を記録したと発表した。小型車向けの優遇税制や補助金が奏効、都市部と地方の双方で販売が伸びたという。
また、3 カ月連続で米国を上回り、2009年第 1 四半期の販売台数は前年同期比 3.88 %増の 267 万 8800台と世界一に浮上した。中国の新車販売台数は 09年全体では 1000 万台を突破し、年間でも米国を抜き、世界一になるとの見方が強まっている。
新興国の中でも、金融危機による市場低迷からいち早く脱出しつつある中国だが、その背景にはそもそも消費者が自動車をローンで購入する比率が低いという事情が関係している。
実際、2008年下半期の販売台数を 2007年下半期の販売台数と比較してみても、中国は 2.7 %減に留まる。
一方で、同じ期間で先進国を見てみると、日本は 8.5 %減、米国は 26.2 %減、英国は 22.6 %減と惨憺たる状況である。
そもそも、新興国は販売台数が急激に伸びている成長の過程にあり、今回の金融危機で一時的に低迷したものの、中国のように持ち直すのは先進国に比べると早いと見るべきだろう。
【新興国市場の重要性】
金融危機以前から将来の主戦場は新興国になると目されてきたわけであるが、金融危機により、これまで収益源としてきた北米市場が落ち込んだことで、新興国対応は各自動車メーカーにとって喫緊の課題となりつつある。
一方で、成長著しい新興国対応を行ううえではいくつか念頭に置いておかなければならないこともあるものと思われる。
まずは成長市場ならではのシェア伸長、維持の難しさである。
成長市場である新興国には、多くの自動車メーカーが参入、競争が激化し、市場規模全体も拡大しているため、シェアが流動的になり、シェアを伸長、維持していこうと思ったら、継続的な新製品の投入、及び、それを支える供給体制の構築が必要となる。
90年代後半、中国市場では VW がシェアの半数以上を占めるような状況だったが、中国のモータリゼーションが本格化した 2005年前後には、各社の攻勢を受け、シェアが大きく落ち込んだ。
その後、VW は新製品の投入でシェアを回復させてきており、2018年までの 10 カ年計画「ストラテジー 2018」の中で、中国での販売台数を可能な限り速く倍増させることを目標としている。 また、そのために今年と来年は「VW」「シュコダ」「アウディ」ブランドの新車を年間 10 モデル以上投入するとし
ている。
しかしながら、現在の環境下において、各社とも新規投資が限定されるのは言うまでもなく、いかに既存の資産(製品、工場設備、販売チャネル、等)を有効活用していくかが重要な視点となるだろう。
また、成長期には中間層への普及が進むため、大衆車が市場の中心となり台当たりの利幅自体は減少するということも今後予想される。
加えて、先月、ようやく価格、及び発売予定が決定したタタ自動車のナノに代表されるように、これまでとは次元の違う低価格化、小型化が進行していく可能性もある。
各自動車メーカーとしては、現地調達率の向上等によるコスト削減は勿論のこと、そもそものコストを抑えた新興国専用車の開発等も想定に入れることが必要になるだろう。
いずれにしても新興国市場は各自動車メーカーの将来の成長を担う市場であり、ここでの対応如何によって将来性に大きく影響を及ぼす。
【クルマ離れの先端】
一方、先進国市場の代表である日本に目を移すと、自工会がクルマ市場におけるエントリー世代のクルマ意識ということで大学生向けに意識調査を行い結果を公表している。
現時点ではエントリー世代ということで、必ずしもクルマの主要顧客層ではないが、若者のクルマ離れの先端とも言うべき世代であり、また、いずれこのクルマ意識を持つ層が主要顧客層へと移行していくという観点からも、注目に値する。
調査結果を整理すると以下のとおりである。
まず、現在の大学生が 10年前、20年前の大学生と比べて変化していないところとしては、免許取得率、運転の楽しさの意識、クルマへの関心、クルマへの購入意向といった点が挙げられる。
これだけを見ると、クルマ離れが起こっているのはなぜだと思われるかもしれないが、過去の大学生に比べて変化したところの影響が大きいものと思われる。
変化したところとしては大別して 2 点挙げられる。
まず、1 点目としては上記のとおり漠然としたクルマへの関心、クルマへの購入意向を示す層は減少していないものの、クルマへの強い関心、及びクルマへの強い購入意向を示す層が減少しているということである。
この背景にはクルマに対して感じるベネフィットの変化がある。かつては、生活を便利に快適にしてくれるという機能的ベネフィットに加えて、顕示性や所有欲といった心理的ベネフィットが存在したが、現在の大学生がクルマに対して感じるのは主に機能的ベネフィットのみとなっている状況である。
更にこの背景には、情報通信機器やゲーム等の他財の台頭、及び自動車が日常生活において当たり前の存在になっていることがある。
続いて 2 点目としては購入、使用に対する心理的なコスト意識が向上しているということである。
この要因としては当該世代が将来が不透明な時代に育ったこと、ゆとり教育等の影響で無理をしない生き方を志向するようになったこと、また、環境問題が取りざたされる時代の中で育ったことが挙げられている。
結果として、クルマに対して感じるベネフィットが減少する一方で、コスト意識が増加しており、漠然とした関心、購入意向はあるものの、実際は購入、保有を行わないという状況になっているのである。
また、将来に向けての示唆としては、税金も含めたコストを引き下げる一方で、ベネフィットも情報化、自動化、環境性能向上等のいわゆる従来、クルマに期待されていたものとは異なるベネフィットの提供が期待されている。
【クルマのコスト、ベネフィットの見直し】
以上、対照的な両市場について触れたが、今後、自動車メーカーとしては成長期を迎える新興国市場と成熟期を迎える先進国市場の双方に対応しなければならない。
またそれぞれ違う背景ながら、両市場に共通するのは、クルマのコストのあり方を再考する契機にあるという点であろう。そのため、低価格化、小型化というのはグローバルレベルで取り組まなければならないテーマとなってきている。
しかしながら、低価格化、小型化の動きは産業全体として収益性の低下をもたらすことは明白であり、勿論、継続的なコスト削減も必要だが、このような節目の時代だからこそ、抜本的な製品構造の見直しによるコスト革新の検討を行ってもよいのではないかと思われる。
一方で、コスト面の対応のみでは産業全体として将来的に縮小均衡に陥ってしまう危険性もあるため、ユーザーに与えるベネフィットの再定義も同時に必要になるだろう。
特に、先進国市場はその実験場としての意味合いを持つことになるものと思われる。
明るいニュースも出始めてきた自動車業界であるが、現状は、まだまだ厳しい状況であることに変わりはない。しかしながら、そのようなときだからこそ、短期的な課題への対応とともにクルマそのもののコスト、ベネフィットを含めた産業の将来像を考える好機といえるのではないだろうか。
<秋山 喬>