金融危機後の業界の姿はどうなる

◆日産、主力車「マーチ」生産をタイに全面移管

             <日本経済新聞 2009年 01月 16日号掲載記事>

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【日産、主力量販車の生産を海外に全面移管】

 日産は主力小型車「マーチ」の生産をタイに全面移管して原価を 3 割削減、円高を活用して日本に輸入する。

 日本車メーカーで主力量販車の生産を海外に全面移管するのは初めての事例であり、 1 ドル=90 円前後の円高と世界的な販売不振を背景に、事業構造を転換する。

 日産は現在マーチを神奈川県の追浜工場で全量生産して国内専用車として年4 万 7000台程度販売しているが、2010年の全面改良に合わせて国内生産を打ち切り、日本での販売分は全量タイから輸入する。これまで自動車業界では一部車種を海外から輸入するケースはあったが、主力量販車の全面移管は例がない。

 新型マーチはルノーと共同開発する車台を採用し、日本とアジアの新興国で販売する予定。タイ子会社「サイアム日産自動車」の生産能力を年 14 万台から 10年に 20 万台に増やす予定で、ここで年 10 万台規模生産する計画としている。

 また、部品の現調率を高め原価を 3 割低減し、国内価格は未定ながらも現行より安くすることも検討するという。
 
【製品面の変化】

 筆者は中長期的な観点から見ると、今回の金融危機によって以前から認識されてきた自動車業界の課題への対応が早期化されるものと考えている。

 そして、そのような課題への対応の積み重ねとして、今回の金融危機を経たのちには、業界の姿がこれまでとは様々な面で大きく様変わりしている可能性もありうる。

 そのような変化が新聞報道等を通じて、まず一般的に認知されやすいのが製品面においてである。

 現在は一服ついた感のある原油高であるが、今後の石油資源の枯渇を踏まえると自動車業界としては、燃費性能に優れた車を開発しなければならないという命題に変わりはなく、業界として早期の対応が求められる。

 実際、自動車メーカー各社は経営が悪化している状況下においても、環境技術への開発投資は維持することを表明しており、環境イメージ向上の狙いもあってか、環境対応車の市場投入計画等を社外に対して積極的に発信している。

 日産は、今年度からの中期経営計画の中で、電気自動車などのゼロエミッション車でリーダーになることを宣言しており、実際、電気自動車を 2010年度に日米で、2012年度には世界的に量販を始める計画としている。

 また、トヨタは北米国際自動車ショーにも出展された新型プリウスやレクサス初のハイブリッド専用車となる中型セダン「HS250h」をはじめとして今後数年間でハイブリッド車をこれまで以上のペースで市場投入することを発表している。

 北米国際自動車ショーにおける滝本副社長のコメントによると、2012年に日米欧で発売を予定している電気自動車はあくまで都市向けの近距離用であり、今年末に発売予定のプラグインハイブリッド車を次世代の環境対応車の主力と位置づける方針を明らかにしている。

 一方、一時はハイブリッド車から距離を置いていたホンダも、先行するトヨタを追随する姿勢を明確にし、北米自動車ショーで初披露された新型インサイトを、現行プリウスを下回る価格で投入する。国内では 2月 6日、米国では今春の発売を予定している。

 上記日系自動車メーカー主要 3 社以外にも多くのメーカーが環境対応車を発表しており、環境対応車が市場へと普及するスピードが今回の金融危機によって早期化するものと思われる。
 
【事業構造面の変化】

 一方で、今回のニュースのとおり、製品面だけではなく事業構造の面でも今後、業界に変化が起こってくることが予想される。

 現在、各メーカーはこの先数年間の海外設備投資の凍結、もしくは延期を相次いで発表しており、過去数年間進展してきた海外展開のラッシュが一段落している状態である。

 背景としては今回の業績悪化の主要因の一つに各社とも過去の積極的な海外展開により、固定費が増加し、損益分岐点が上昇したことが挙げられる。

 特にグローバル化を急ピッチで進めてきたトヨタの連結ベースの減価償却費は 1 兆 1000 億円と 5年前に比べて、4 割も増加することになり、一般的には稼働率 7 割といわれてきた損益分岐点台数が 8 割弱まで上昇してきているという。

 このような状況で固定費をこれ以上増やさない意味でも、各社とも海外投資を一旦控えるというわけである。また、現在、各社が進めている減産は変動費の削減であるが、稼働率低迷が長期化するようであると、設備の廃棄や工場の閉鎖といった固定費の削減につながる可能性も出てくる。

 加えて、今回の事例のように世界最適生産をめぐっての事業構造の変化も起こってくることが予想され、国内生産のあり方も見直されることになるだろう。

 これまで、拡大する海外での自動車需要に対応するため、自動車メーカー各社は海外生産を加速させてきており、過去 10年間で日本車メーカーの海外生産台数は約 2.2 倍に拡大しているが、一方で、輸出も約 1.4 倍まで拡大している。実際、金融危機以前は、過去継続してきた円安傾向の影響もあり、国内工場の稼働率がほぼ 100 %を超える状態であった。

 しかしながら、円高傾向は今後もしばらく続くと見る向きも多い。今回の日産の意思決定も構想自体は過去からあったものと推測されるが、決定に至った裏には為替に対して上記のような判断があったものと思われる。

 このように、今回の金融危機により、従来進みつつあった国内と海外での生産のすみ分けも傾向がより鮮明になるのではないかと推測される。つまり、国内では環境対応車やプレミアムモデル、新規開発車を生産し、海外では現地のニーズに即した製品、また新興国では価格競争力の必要とされるモデルを生産するという構図である。つまり、乱暴な言い方をすれば日本での生産は新しいもの、付加価値の高いものにシフトしていくという流れである。

 とはいえ、それが国内生産の純減、産業の空洞化につながり、国内の雇用が失われるようでは国家を支える基幹産業の立場としても好ましくない。そういう意味でも前述した製品面での変化を起こしていくことが重要となってくる。

 実際、マーチの移管元である日産の追浜工場は 10年から電気自動車や新開発の小型車を生産し、生産規模を維持する考えとしている。
 
【人材面の変化】

 また、製品、事業構造が変化すれば、当然それを生み出す人材にも変化が求められることになるだろう。

 特に、日本においてはマザーカントリー、マザーファクトリーという言葉が使われて久しいが、そういったマザー機能が更に追求されるようになることで、人材も当該機能を担うべき人材が求められる。

 つまり、新しい技術、製品、工法の発信基地という日本の役割が更に鮮明になるということであり、そこで求められる人材とは、新しいものを生み出す独創性のある人材、新しいものに対して柔軟な姿勢を持つ人材、新しいものを世界に伝えられる伝達力のある人材ということになるのではないだろうか。

 今回の金融危機により業界全体としては新たなものづくりのあり方が求められるが、それと同時に新たな人づくりのあり方も求められることになるだろう。

<秋山 喬>