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原油高の今、公私の利益を踏まえた価格戦略を
◆米国での自動車商品魅力度(APEAL)調査、J.D.パワー調査
<2008年07月03日号掲載記事>
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【2008年米国 IQS、APEAL結果】
J.D.パワー社が米国における自動車初期品質調査(IQS)、自動車商品魅力度調査(APEAL)の 2008年版を 6月、7月に相次いで発表した。
ご存知の方も多いと思うが、念のため、IQS、APEAL それぞれの定義をおさらいしておくと、IQS は新車購入、もしくはリース契約後 90日間における初期品質を調査するものであり、製造不具合と設計不具合の 2 つのカテゴリーに分類される計 228 の項目について、ユーザーから実際に経験した不具合を指摘してもらう、というものである
また、APEAL は新車購入、もしくはリース契約してから 90日後の車の性能、デザイン、装備、仕様などに関する商品魅力度について、10 カテゴリーに分類される 90 以上の項目について、ユーザー評価を調査する、というものである。
2008年の IQS では、全 36 ブランドのうち、約 4分の 3 のブランドの大幅な向上により、全体の初期品質が改善した。改善要因の 86 %は「壊れる」、「動かない」といった製造不具合の改善であるということである。また、J.D.パワー社は小型車へのダウンサイジングが改善要因の一つであるとも論じている。(小型車セグメントには初期品質の高いモデルが多いため)
一方で、2008年の APEAL については、平均スコアが 1000 ポイント満点中 770 ポイントと昨年からむしろ 2 ポイント減少した。全体的な減少の半分以上は燃費に対する所有者の満足度が大きく低下したことが原因であり、実際、昨年の調査以来ガソリンの平均価格は 27 %上昇した、と同社は説明している。
これらの結果から、原油高の影響により燃費の良い小型車へのダウンサイジングが進み、数値上、初期品質は改善したが、燃費に対して消費者は満足しているわけでなく、それに伴い、自動車自体の魅力度も低下している状況にあるといえるだろう。
【燃費プレミアムの可能性】
燃費が原因で APEAL の数値が全体として低下してきているということは、まさに自動車の商品としての魅力が地球環境の観点から低下してきているということであり、弊社顧問の加藤が年始の挨拶で言及したとおり、自動車産業としての「survivability (生存の可能性)」の問題の顕在化ともいえる。
https://www.sc-abeam.com/sc/library_s/column/2643.html
とはいえ、自動車産業全体としての、「survivability」が突然、問われるのではなく、セグメント単位で進行することになるだろう。現在の米国における燃費の悪いピックアップや SUV といった大型車の販売が低迷する一方で、燃費のよいハイブリッド車や小型車が供給不足になっているという状況はそれを端的に表している。
いずれにしても、原油高を背景に、これまで自動車の魅力度を構成する一つの要素に過ぎなかった燃費が商品としての魅力を左右する要素になりつつあるといえる。
一方で、自動車は製品自体の価格弾力性が小さいことも事実である。自動車社会である米国は勿論のこと、日本においても日常生活に自動車が必要ないのは一部の大都市のみであり、地方では日常生活の足として一家に一台、もしくは一人一台の自動車が手放せない。
ガリバー自動車研究所が 2008年 4月に 1000 人を対象に行ったアンケート調査では、「ガソリン価格いくらまでならクルマを所有しますか?」という質問に対し、200 円以上のレンジを選択した人が 40.8 %存在した。(ちなみに、2007年の数値を見ると 45.2 %と半数近くに達しており、2008年は調査実施時期が暫定税率復活のタイミングと重なり、回答者が多少感情的となり数値が低めとなっている可能性がある。)
現在、日本市場においては原油高を製品価格に転嫁することが検討されているが、以上を総括すると、燃費のよい自動車を市場に提示できるメーカーは、消費者が感じるブランドの面からも経済性の面からも燃費プレミアムを享受できる可能性があるといえる。
【価格戦略の重要性】
値上げに関しては、競合他社の動向、市場の動向を考慮に入れることは勿論、重要であるが、前述した燃費プレミアムなども含め、自社の事業性という観点も考慮に入れながら戦略的に判断する必要があると思われる。
特に、日本市場においては、市場規模の伸び悩みにより各メーカーとも国内事業自体の収益性が問題視されているが、価格の変更というのは企業の事業性、利益に大きな影響を及ぼす。
少し、古いデータになってしまい恐縮だが、2003年度における東証一部上場企業の損益構造の平均値に基づくシミュレーションによると、(1)価格、(2)変動費、(3)数量、(4)固定費がそれぞれ 1 %改善したときの営業利益の改善幅は(1)価格 23.2 %、(2)変動費 16.3 %、(3)数量 6.9 %、(4)固定費 5.9 %であるという。
これを踏まえると、実現性を置いておくとすれば、数量を伸ばすよりも価格を上げたほうが利益に対する貢献は格段に大きいということになる。
また、もう一つ、価格に関する考え方としては、シェアは顧客が感じる便益と価格とのバランス、つまりお買い得感、によって変動するというものがある。
例えば、A という商品と B という商品があるとする。A の便益が 100 で価格も 100、B の便益が 90 で価格が 100 だったとすると、価格は同じにもかかわらず、消費者が感じる便益は A のほうが高いため、当然、A の販売が増加しシェアも伸びる。
そこで B が値下げをして価格が 90 になったとすると、便益 90、価格 90 となり、お買い得感は A と同様になり、理論的にはシェアは同一となるはずである。(ここでは 100 の便益を求める顧客と 90 の便益を求める顧客がそれぞれどの程度いるかという顧客分布の問題は考慮していない。)
ここでいう便益というのは曖昧な表現であるが、自動車であれば商品のデザイン、性能、品質、アフターサービスといった様々な要素が包含される。それゆえ、顧客が感じる便益を実際に数値化する際には詳細な顧客分析が必要になるのは言うまでもないが、少なくとも昨今の自動車市場においては、消費者が感じる便益の中で燃費という要素が占める比率が大きくなっている。
そのため、燃費のよい自動車に対しては顧客は高い便益を感じ、シェアを落とすことなく、高い価格が市場に受け入れられる余地が出てくるものと思われる。
以上のように、価格は利益に与えるインパクトも大きく、消費者が感じる便益とのバランスによりシェアを増減させる要因ともなるため、戦略性をもって慎重に判断する必要がある。
【公私の利益を踏まえた意思決定】
ただ、現在の自動車産業は価格を事業者の視点のみで捉え、自社の利益を最大化、また既存の自動車市場の中でのシェアの奪い合いに終始する状況にもないだろう。
自動車という製品自体の価格弾力性が小さいことは前述したが、それはあくまで代替手段が存在しない前提での話であり、その状況に胡坐をかき事業者視点でばかり考えていると、それこそ、自動車産業全体としての「survivability」が問われることにもなりかねない。
それを避けるためには、地球環境の保護やパーソナルモビリティの提供といった公の利益と自社の利益や事業性といった私の利益の一致する点を見極めることが重要であり、価格についてもそれに沿った戦略を展開していくことが世界のトップランナーたる日本の自動車メーカーには求められているのである。
<秋山 喬>