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地域別ポートフォリオ管理の重要性
◆日産、「中国車」を新興国に輸出へ。東風ブランドの小型商用車を順次投入
<2008年06月19日号掲載記事>
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【拡大を続ける中国市場と増加する輸出台数】
日産は、東風ブランドの小型商用車(LCV)を新興国市場に輸出、現地の日産販売網を通じて販売する。
中国における折半出資の合弁会社である東風汽車有限公司の子会社、鄭州日産が製造する東風ブランドのピックアップトラック「鋭騏」、SUV 「奥丁」などを年内を目処にアフリカ、中東、南米等へ投入する。
中国の自動車市場は、WTO 加盟以降の 5年間(2001~ 2006年)の年間平均伸び率が+24 %と極めて高い成長を遂げてきた。2006年には国内販売台数が 720万台に達し、日本を抜き去り、米国に次ぐ世界第 2 位の自動車市場となった。また、国内生産台数では 2006年に 718 万台を記録し、ドイツを抜き去り、米国、日本に次ぐ世界第 3 位の自動車生産国となった。
また、2007年の販売台数は 879 万台、生産台数は 880 万台であり、このままのペースでいくと 1100 万台超の生産台数を誇る米国、日本を数年後には抜き去る可能性も出てきている。
一方で、自動車メーカー各社が拡張を急いだ結果、需要を遥かに上回る供給能力が国内で形成されたのも事実である。巨大化した固定費を賄うために、国内市場だけでなく、海外市場に活路を見いだそうとするメーカーも増えており、輸出台数も急増している。
2005年から自動車の輸出台数が輸入台数を上回り、2006年には輸入が 22 万台であるのに対し、輸出が 34 万台と台数で見れば、かなりの輸出超過となっている。(しかしながら、金額で見ると、06年の段階でも輸出が 35 億ドルに対して輸入が 75 億ドルと、まだ輸入超過ではある。)
輸出の中心は奇瑞汽車や吉利汽車などのいわゆる民族系自動車メーカーである。主な輸出先はロシア、シリアの他、中東、アフリカが多く、先進国メーカーがあまり熱心に開拓していない途上国市場を、安さを武器に開拓するという戦略をとっている。
【ダブルブランド戦略とは】
日系メーカーでは、ホンダが 2005年から広州の輸出専用工場で生産した「ジャズ(日本名フィット)」を欧州に輸出しているが、これは自社ブランドとして輸出しているものである。また、奇瑞汽車がクライスラーに OEM 供給する小型車「A1」がメキシコへ輸出されるとのことだが、これもクライスラー側のブランドで販売されるものである。
そういう意味で、今回のケースのように、中国側パートナーのブランドの自動車を先進国メーカーが自社の海外の販売網を通じて販売するのは初の事例といえる。
この背景には中国で成功した日産と東風とのダブルブランド戦略を他の新興国においても、実行しようという狙いがあるという。
元々、今回、輸出する「鋭騏」、「奥丁」は、鄭州日産で生産していた日産ブランド車の車台をベースに、エンジンや装備を変更、廉価版の東風ブランドとして日産の販売店で販売したものである。
例えば、「鋭騏」は日産ブランドの「D22」の車台を活用し、エンジンを中国製のディーゼルエンジンに変え、内外装のデザインも中国の設計会社に委託して変更、価格を 8 万 8600 元(約 133 万円)からと、D22 より約 4 万元(約60 万円)安くした。
日産社内では当初、日産ブランド車とのカニバリゼーションや日産ブランドの低下を懸念する声があったというが、実際に発売すると、相乗効果を発揮し、両ブランド車の販売が増加したという。また、当然、同じ車台を使用しているため、生産コストも低下した。
前述したとおり、新興国向けには民族系メーカーが低価格を武器に大量の自動車を輸出しており、日産ブランドに固執すれば、彼らに市場を奪われるという危機感もあったものと思われる。
また、新中期経営計画「日産 GT 2012」 で打ち出した LCV 事業の強化という方針ともマッチした動きといえるだろう。
【成長市場と成熟市場】
このダブルブランド戦略が成功した背景としては、無論、日産ブランド車と東風ブランド車の間でなるべく差異化を図ったということもあるだろうが、冒頭で述べたとおり、中国が拡大中の成長市場である、ということともおおいに関連があるものと思われる。
市場が拡大しているステージにおいては販売台数を増加させるためのブランド数、チャネル数、ディーラー拠点数、インセンティブといった、いわば販売資産が適切に機能し、効果を発揮する。顧客に対し、より多くの選択肢をより多くの頻度、場所で提示できるメーカーがシェアを獲得していく。
今回のダブルブランド戦略の成功についても、拡大する市場がカニバリを引き起こすことなく、メーカーから提示されたより多くの選択肢を受け入れた結果といえるのではないだろうか。
そういう意味では、投入先の市場のステージは非常に重要であり、新興国向けに輸出するといっても、市場がまだ大きく成長し始めていない状態であれば、市場に受け入れられずにカニバリを引き起こすかもしれない。
また、成長市場においては重要な成功要因であったそれらの販売資産も市場が成熟するにつれて、適切に機能しなくなり、むしろ負の遺産となっていくケー
スが多い。
日本などは市場が成熟化しており、先週、報道されたスバルの販売網再編のニュースなどは上記を端的に示しているものと思われる。
それによると、スバルは 2年間で販社を半減する計画であり、その一環として、系列の自動車ディーラーに対して、販売目標の達成度合いなどに応じて、新車を卸す際のマージン率に差をつける方針であるという。
販売チャネルや拠点の数は成長市場においては前述したとおり、重要な成功要因であるが、成熟化が進むにつれて、従来の販売チャネルや拠点の数に見合うだけの台数増が期待できなくなり、チャネル維持のためのコストが逆に負担となってくる。
また、スバルは今後、インセンティブも抑制する方向であるという。インセンティブによる価格の変化率(%)に対する販売台数の変化率(%)を価格弾性値と呼ぶが、この価格弾性値も成長市場と成熟市場とでは異なり、成熟化するにつれて弾性値が低下し、台数増が見込めなくなってくる。
このような成熟市場においては従来の販売資産が販売台数増に実際に寄与しているかを見極め、収益性管理をしっかりと行っていくことが肝要である。
【地域別ポートフォリオ管理の重要性】
日本自動車業界はグローバル化が進展した結果として、成熟化した日本や成熟化の兆しが見える欧州、サブプライムローンの影響により停滞する米国、成長性にばらつきがある新興国と、成熟度、ステージの異なる様々な市場と向き合わなければならなくなってきた。
先週、日産が中国で新型「ティアナ」の生産を開始したというニュースもあったが、先代モデルの総販売台数の約半分は中国であることから、新モデルの開発では広東省広州市にある東風日産テクニカルセンターと日本国内の日産テクニカルセンターが協力して中国ユーザーのニーズを取り込んでいるという。
このように今や一つのモデルの開発をとっても、どの地域をメインターゲットにするかという観点から地域間のリソース配分が大きな課題となってくる。
そういう意味で、これまで事業部制を採用している企業では一般的だったポートフォリオ管理という概念が、今後は自動車業界においても、地域別という形で一層、重要になってくるだろう。
また、その際には各地域を管理、評価するための指標をどう設定するかも重要なポイントとなる。単純に今儲かっているところにリソースを投入すればいいという問題でもなく、自社の競争力の源泉に更に投資する、新たな収益の芽に先行投資するといった将来を見据えた戦略的な視点も必要とされよう。
とあるインタビュー記事でスズキの鈴木修会長がパキスタン、インドに進出した理由を業績低迷により下がっていた社員の士気を上げるため、何でもいいから一番になることが重要だと考え、自動車もオートバイも作っていない国に出ることを決めたと語っていた。
これはいささか大袈裟な事例かもしれないが、まさに地域別のリソース配分は経営の意思決定が必要とされるべき事項といえる。
<秋山 喬>