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今後、日本自動車業界に求められるのは課題設定能力
◆米クライスラー、新車購入客が3年間ガソリンを固定価格で購入できる特典
<2008年05月07日号掲載記事>
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【消費者の燃費負担の軽減という課題とその解決手段】
世界的な原油高の進展により、ニューヨーク原油先物相場も最高値を更新し続けており、ニューヨーク商業取引所(NYMEX)で取引されている原油先物 6月限は 5月 9日現在、 1 バレル=123.69 ドルで取引を終えた。
日本では暫定税率復活の混乱もあって、国民のガソリン価格への関心がピークに達しているが、同様に、アメリカでもガソリン価格が国民の大きな関心となっている。そんな中、クライスラーが新車購入特典としてガソリン割引を付けることを発表した。
6月 2日までに新車を購入した顧客に対し、今後 3年間給油所でガソリンを現在の市場価格より安い 1 ガロン当たり 2.99 ドル(1 リットル当たり約 83 円)で買える専用カードを発行する。
ちなみに、全米平均のガソリン小売価格は 1 ガロン当たり 3 ドル台半ばに高騰中であり、割引価格で買えるガソリンの量は走行距離で年間 1 万 2000 マイル(約 1 万 9300 キロメートル)分ということである。
ゴールドマン・サックスなどが、原油価格は向こう 2年間で 1 バレル=200ドルまで上昇する可能性があるとの見方を示していることを踏まえると、かつて三菱自動車が北米で実施し、大きな損失を生む原因となった「頭金なし・利息なし・ 6 ヵ月返済なし」という「ゼロ・ゼロ・ゼロ」キャンペーンのように今回のガソリン割引もそれなりのリスクをはらむ。
自動車メーカーとして、本来であれば消費者の燃費負担を軽減するという課題に対し、燃費性能に優れたクルマを開発するというのが解決手段としての王道であるが、クライスラーは燃費性能の面で遅れを取っていることもあり即効性のある今回のような解決手段をとったということであろう。
このように、企業活動においては様々な階層で、課題とその解決手段が存在する。今回はそういう切り口から自動車業界関連のニュースを眺めてみたい。
【時代、地域によっても変わる解決手段】
中古車のバーチャルオートオークションのパイオニアであるオークネットは、オークションの通信手段を衛星通信からインターネットへ完全移行することを発表した。
オークネットは、インターネット普及以前の 1985年に衛星通信を利用したバーチャルオークション事業を開始した。
現車会場のように出品車を会場に持ち込むのではなく、中古車販売店の展示場で出品車の検査を行ない、検査結果と出品車の映像をオークネットのホストに取り込み、その情報を通信衛星に電送し、衛星から会員各社の専用端末に事前に送信し、バーチャルでオークションを実施するというのがその仕組みである。
今回、それをインターネットを使用したオークションに切り替えたわけだが、会場に行かずオークションに参加できる仕組みという課題そのものは変わっておらず、その解決手段が衛星通信方式からインターネット方式へと時代の変化に応じて変化しただけである。
また、別の事例としては、オランダ NXP Semiconductors 社とドイツ SiemensAG は、GPS と GSM を利用した自動車向け料金収受システムの開発に向けて技術協力することで合意したと発表した。
NXP 社の「ATOP (Automotive Telematics On Board Unit Platform)」を用いて、GPS と GSM を利用できる 1 チップのオンボード・ユニットを開発し、個人の乗用車への搭載を想定する。GPS と GSM という既存のネットワーク基盤を利用するため、安価で簡単に料金収受システムを導入できるとしており、2010年前半の商用利用開始を予定しているとのことである。
日本においては、ご存知の通り、ETC に代表される自動料金収受システムにDSRC 方式が採用されているが、それを GPS と GSM を利用して行おうというものであろう。
自動車に乗ったまま自動で料金を収受する仕組みという課題自体は同じであるが、その解決手段が地域によって異なるという事例である。
このように、時代、地域によっても変化するが、ある課題をどのように解決していくか、どのような解決手段をとっていくかという点は企業活動において重要な意思決定であるのは言うまでもない。
【課題設定能力の重要性】
現在、自動車業界において、課題と解決手段という観点で考えた場合、最もその解決手段が注視されているのは環境分野ではないだろうか。
地球環境への負荷軽減という業界全体で共有されている課題を達成するために、ハイブリッド車を皮切りにディーゼル、電気自動車、燃料電池車、FFV (Flex Fuel Vehicle)といった様々な解決手段が各企業において研究されている。
例えば、環境分野では出遅れていたと言われていた日産も、ゴーン社長が電気自動車を 2012年に新興国を除く全世界で販売することや、NEC と共同で、リチウムイオン電池の量産に乗り出すことを発表するなど、巻き返しを図っている。
ただ、それでも、環境分野においてはハイブリッド車で先行するトヨタが他社を大きく引き離しているという構図に変わりはないだろう。
これを課題と解決手段という観点から考えると、現在の状況を説明するのに、トヨタが解決手段を検討するのが上手かったということだけでは説明できないように思う。
確かに解決手段を検討するリソースが他社よりも潤沢であるとか、ハイブリッド車を前倒しで市場投入する判断が功を奏したといった面はあるものの、それ以上に大きいのは地球環境への負荷軽減という課題自体を他社に先んじて自らに課していたことではないだろうか。
実際、トヨタは社会環境との調和という課題を早くから掲げ、1992年には「地球環境に関するトヨタの取り組み方針」を発行している。ハイブリッド車についても、同時期の 21 世紀に向けた自動車のつくり方を模索する G (Globe:地球) 21 プロジェクトの中から生まれてきている。
課題を早期に設定すれば当然、解決手段の検討も早期に始まり、結果的に他社に先行するということではないだろうか。業界課題として、既に認識が広まった段階から、解決手段の検討を始めても各社の間で、そうそう差がつくものではないだろう。
【トップランナーだからこそ求められること】
教育論の中で、自ら課題を設定していける子供は伸びるといった話をよく耳にするが、これは何も子供だけに当てはまることではなく、社会人にも、そして企業においても同じく当てはまるように思う。
与えられた課題を処理する能力よりも、自ら課題を設定していく能力が今後重要であり、いかに高い課題を自らに課すことができるか、いかにこれまでとは種類の異なる課題を課すことができるか、によって検討する解決手段や他社と比較した場合の結果が異なってくる。
例えば、空気をよごさないクルマと、空気をきれいにするクルマをそれぞれ課題として掲げた場合では当然、求められる解決手段のレベルも変わってくるだろう。また、現在、自動車業界において環境、安全、快適が 3 点セットの課題として挙げられるが、それ以外に業界として取り組む課題はないか、といった目つきは他社に先んずる意味では有効かもしれない。
課題設定能力は、常に課題意識を持ち、先見性を持ち、べき論で考えることにより培われるものであるが、このような課題設定能力こそが、トップランナーとして世界の自動車産業をリードすることになる日本の自動車業界に今後求められることではないだろうか。
<秋山 喬>