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ソフトウェア開発における通説を日本の自動車業界は超えていけるか
◆独VW、製品データ管理(PDM)ソフトウェア「Teamcenter」を全社規模で導入
<2007年02月27日号掲載記事>
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【デジタルエンジニアリングへの取り組み】
米 Siemens PLM Software 社は 2008年 2月 26日、ドイツの VW 社と Audi 社が全世界で Siemens PLM Software 社の製品データ管理ソフト「Teamcenter」を導入・展開する大型案件の受注が決まったと発表した。
VW 社は、すべての車両設計・製造プロセスにおいて、製品開発の進捗や生産性、コストなどにいつでもどこでもアクセスできるような製品データ管理システムを構築中。このシステムは「K-PDM」と呼ばれ、今後数年をかけて最終的には 4 万 5000 ユーザーに配備する。
K-PDM はグループ全体の車両開発プロジェクトに徐々に適用していく予定で、2007年 11月に「フェーズ 0」というプロジェクトの立ち上げを終えた。今後はVW 社と Audi 社の車両開発プロジェクトで順次 Teamcenter を活用していくとのことである。
今後、更なる開発期間の短縮や開発初期段階での品質・原価のつくり込み、部品の流用化を促進させようとすると、商品仕様情報や製品機能情報、部品仕様情報等の開発プロセスに関わる情報を統合的に管理する PDM (Product DataManagement) システムの実現が不可欠であり、今回のニュースもそのような取り組みの一例といえる。
従来、開発期間の面では欧米系メーカーと比較して短かった日系自動車メーカーにおいても、開発プロセスにおける全体最適追及の動きや、開発リソースの慢性的不足といった状況を受け、デジタルエンジニアリングへの取り組みを活発化させている。
【今後、より重要性を増す組み込みソフト領域】
そして、PDM のような業務用ソフトの活用が進む一方で、
住商アビーム Auto Business Insight Vol.193
( 『ソフトウェアとクルマの安全技術』)
でも本條が触れているように今後、より一層重要になってくるのは組み込みソフトの領域である。
既に一般の車両でもカーナビ分を除いてソフトウェアは約 400 万行とされており、レクサス LS460 などの高級車に至っては、700 万行という航空機並みの量となっている。このようなソフトウェアにバグが起これば製品自体の品質問題に直結することになり、自動車メーカー各社はソフトウェアの品質確保に向けた取り組みを開始している。
例えば、トヨタは、ソフトウェアの品質を高めるため、車載ソフトウェアの開発プロセスを標準化した「トヨタソフトウェア開発方式」(仮称)の策定に乗り出しており、部品メーカーを含めてソフト開発の手法を標準化することで基本的な開発方式を修得した技術者であれば「国籍を問わず、どこでも、誰でも、高品質な車載ソフトを開発できる」ことを目指している。
また、トヨタは車載ソフト自体の標準化の観点から、制御系 OS と情報系 OSから構成される標準ソフトウェア・プラットフォームの開発も進めており、自社使用のみならず他の自動車メーカーへも採用を呼びかけていく意向を表明している。
これまでの黎明期ともいえる状況において、車載ソフトは 1 車種ごとにオーダーメードに近い感覚で開発がなされていたが、今後は他の部品同様に開発効率の向上、品質の安定化をはかり、標準化、共通化がなされていくことだろう。ソフトウェアは量産というプロセスが必要ないため既存の部品以上に標準化、共通化のメリットを享受しやすいものでもある。
そして、後述するソフトウェア自体が持つ特性の面からも、よりオープンな姿勢で取り組んでいくことが求められるだろう。
【ソフトウェア自体が持つ特性】
先日、ある著名な自動車業界 OB の方とお会いした際に、これまで熟練の技術が必要であったエンジンのバルブ設計が、技術的なバックボーンがない人でも容易に可能になるというドイツ発のソフトウェアの話を伺った。
と、同時にこのようなソフトウェアに欧州製が多いのは欧州の自動車業界にはリカルドや AVL といった独立のエンジニアリング会社が存在し、そこが様々な自動車メーカーの仕事をこなし、そこで得た経験や知見をソフトウェアという自社の知的資産にするからだというお話も伺った。
ご存知のとおり、ソフトウェアとはコンピュータシステム上で何らかの作業を行うプログラムの集合体であり、プログラムとはコンピュータの行う処理(演算・動作・通信など)の手順を指示したものである。
それゆえ、OB の方の話とも関連するが、ソフトウェア自体が、ある特定のケースや特定の人物の知恵を標準化して、他のケースや他の人物でも使用可能にするという特性を持つ。
また、そのような特性を持っているため、ソフトウェア開発を行う際に参照するケースが多ければ多いほど、ソフトウェアとしての完成度は上がっていくと同時に、データの共有といったネットワークの外部性の面を考えるとソフトウェアを使用するケースや人が多ければ多いほど当該ソフトウェアの普及にあたっては有利に働く。
そういうわけでソフトウェアの世界にはパッケージソフトとしてデファクトスタンダードが生まれやすく、マイクロソフトのウインドウズや SAP の基幹業務ソフトである R/3 などはその好例である。
そして、そのソフトウェアが持つ特性を更に推し進めた延長線上にあるのが今流行の SaaS (software as a service) という概念であろう。それほど多くの人が使用しているソフトウェアであるならば、各々がソフトウェアを保有するのではなく、皆で共有するような形で、第三者からソフトウェアの持つ機能をサービスとして提供を受ければいいのではないか、という発想である。
また、逆にこのようなソフトウェアが持つ特性ゆえに、自社もしくは自社グループ内だけの使用を目的に開発された自社ソフトの多くは標準化されたソフトウェアの前に敗北するリスクを避けられない。
日本の自動車業界においても、各社は元々、内製の CAD を使用していたが、トヨタが 2002年にケーラムに替えて、仏ダッソー社製 CATIA を採用するなど、今ではほぼ全ての自動車メーカーが標準化された外部の CAD を使用している。
そしてトヨタが独自開発する車載 OS を外部にオープンにするのも、組み込みソフトといえどもソフトウェア自体が持つ特性からは逃れられないということであろう。どんなに優れたソフトウェアであっても、クローズドな環境で使用している限り、オープンな環境で揉まれた標準化されたソフトに取って代わられるリスクがある。
【通説を超えていく】
このようにソフトウェア自体が持つ特性を考慮すると、ソフトウェアとしての普及、生存のためには、業務用ソフトであっても組み込みソフトであっても、開発に際して標準化を意識した俯瞰的な視点が必要となるのである。
これまで一般に日本の会社はハードウェアは得意だが、ソフトウェアが苦手というのが通説とされてきたが、その理由の一つには前述した標準化を意識した俯瞰的な視点の欠如があると推測され、それは日本の会社の成り立ちや特性にも関係があるものと思われる。
終身雇用、年功賃金、会社別組合に代表される日本型の会社組織においては、従業員が安心して個々の組織の中でのみ価値を持つ組織特殊的な知識や能力、例えば、特定の機械に関する慣れや従業員間のチームワーク、取引先に関する知識や緊密な関係等、を育むことができ、それが自動車産業をはじめとする産業資本主義の成功要因にはマッチしてきた。
一方で、会社の買収やレイオフが一般的な欧米の会社においては、従業員は組織を離れても価値を持つ汎用的な知識や能力、標準化された規格や資格など、を身に付けることに注力することになり、自然に標準化を意識した俯瞰的な視点が育まれることになる。
こと、ソフトウェア開発に関してはソフトウェア自体が持つ特性上、欧米系の会社が持つ視点がマッチするということであろう。
ソフトウェアのユーザーである日系自動車メーカー自身が開発を主導する車載 OS が、自動車業界全体に普及していけば上記の通説を覆す事例にもなる。そのためには、自動車という製品に関する理解やこれまで培った品質向上の手法に加えて、これまで以上にオープンな姿勢と戦略的な判断が求められることになるだろう。
<秋山 喬>