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ステークホルダーへの価値提供の継続がゴーイングコンサーンへと通ずる
◆日産、最大1700万株(発行済み株式の0.38%)の自己株取得を実施へ
<2008年02月04日号掲載記事>
◆トヨタ、自己株取得と金庫株1億6200万株(消却前の4.49%相当)の消却を発表
<2008年02月05日号掲載記事>
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【株式市場低迷と日産、トヨタの自己株式取得】
乗用車メーカー 8 社の 2007年 4-12月期連結決算が出揃ったが、ロシアやインドなど新興国や資源国での販売が好調で、4-12月期は 8 社すべてが増収、営業利益ベースでの増益となった。トヨタとホンダ、スズキ、マツダ、ダイハツ工業は営業利益、純利益とも過去最高を記録した。
しかし、今後はサブプライムローンの影響による米国の景気後退懸念や円高の進行などマイナス材料が増えており、通期では増収増益ペースが鈍ることも見込まれる。トヨタであっても「収益力自体が落ちたわけではないが、(1~ 3月期は)減益になるだろう」とのコメントを出しており、今回は通期業績の上方修正を見送った。
このような今後の先行き不安を見越してか、足元の業績は好調であるものの、自動車業界全体での株価はさえない。実際、大手 3 社の 2007年 1月末と 2008年 1月末の株価を比較してみると、トヨタ 7950 円→ 5820 円(26.8 %下落)、日産 1508 円→ 1013 円(32.9 %下落)、ホンダ 4750 円→ 3320 円(30.2 %下落)となっており、同期間の日経平均株価の 21.9 %下落と比較しても落ち込みが厳しいものとなっている。
そのような状況の中、日産とトヨタは相次いで自己株式の取得を発表した。
日産は、取得する自己株式の上限を 1700 万株、取得価格の上限を総額 230億円に設定して、2月 4日から 3月 24日の期間、自己株式の取得を行うことを発表した。1700 万株は発行済み株式数の 0.38 %にあたる。
また、トヨタは既に自己株式の取得が済んでおり金庫株となっていた 1 億 6200 万株の消却を 3月末に行うことを発表したうえで、新たに総額で上限 1200億円の自社株買いを実施すると発表した。まず、発行済み株式数の 0.32 %にあたる 1000 万株を上限に7日から 21日に実施。前後して、18日から 29日の間に発行済み株式数の 0.38 %にあたる 1200 万株を上限に実施する。上限額はいずれも 600 億円としている。
【自己株式取得は企業から株主へのメッセージ】
ここで、改めて、自己株式取得という行為とその目的を整理してみたい。
自己株式とは、発行法人である企業からみた自社の株式のことを指し、取得が済んだものは金庫株とも言われる。日本では、2001年の商法改正によって企業が自己株式を保有することが原則自由となった。
企業は株式市場や既存の株主から自己の株式を買い取ることで自己株式を保有し、株式交換の際に使用する為に保有したり、ストックオプションの原資にしたり、消却(発行した株式を消してしまう)をしたりする。
企業にとって、自己株式を取得する目的は大別して 3 つある。
まず、一つ目は機動的な経営を行うために自己株式を取得して金庫株にしておき、いざというときに備えるというものである。先述した株式交換やストックオプション実行の際に、新たに株式を発行すると発行済み株式数が増加していしまい、1株当たりの価値を低下させる、つまり希薄化してしまう。希薄化を防止するために自己株式を取得して金庫株として手元に置いておくのである。
また、二つ目は資本コストを削減し、柔軟な資本政策を可能にするというものである。資本コストとは資金を調達することで資金提供者に対して支払わなければならないコストであり、資金提供者の側から見ると期待する利回りということになる。銀行等の債権者における金利や投資家における配当、キャピタルゲインへの期待がそれに該当する。自己株式を取得し、株式市場に流通する株式数を減少させることで、全体としての配当金額を減少させたり、1 株当たりの配当金額を増額したり、債務と資本とのバランスを変化させることで全体としての資本コストを最適化する等の柔軟な資本政策が可能になる。
そして、三つ目は IR の観点から株主還元を行うというものである。自己株式取得は配当と並ぶ株主還元の手段の一つとされている。株式を買い取る受け皿を用意するという意味合いに加え、株式市場に流通する株式を少なくすることで一株あたりの株価が理論的には上昇することになる。そして、何よりも企業自身が自己株式を取得することで、株主はもとより株式市場に対して、現在の株価が自社の価値と比較して、割安であるというメッセージを発することになるのである。
自己株式取得という行為はそのようなメッセージを内包しているため、通常、自己株式取得のニュースは株式市場で歓迎される。今回の日産、トヨタのケースも、株価が低迷する現在の状況においてそのような意図を持ったものであろう。
【ステークホルダーとしての従業員への効果的なメッセージ伝達手段は】
このように、過去に比べ、日本企業は株主を重視するようになったが、一方で、一時の行き過ぎた株主偏重経営は落ち着きつつあり、現在は株主も含めた全てのステークホルダーへの価値を最大化する経営が指向されている。
冷静に考えると、資本家の出資(リスク)で機械や設備を買い、それで商品を作って、売れば利益が出た時代は過ぎ去り、現在では経営者、そして従業員の有効な働きでしか利益は出ない。その意味で、現在は知識資本主義の時代ともいえる。
そう考えると、ステークホルダーという意味では他にも顧客、仕入先、債権者、投資家、地域社会など様々なステークホルダーが存在するが、今後、より一層重要になってくるステークホルダーは従業員であり、従業員に対して企業がどのようなメッセージを発信していくかが問われてくるだろう。社外のステークホルダーに与える価値は社内のステークホルダーたる従業員が生み出すのである。
従業員が企業からのメッセージを受け取る場面は、節目節目で経営陣から発せられるメッセージや人事考課など様々あるだろうが、株主等の社外のステークホルダーとは異なり、スポットのメッセージの影響力は限定的なものに留まる。それよりもむしろ、日々の業務の中で、無意識のうちに上司から同僚から受け取っているものの影響が大きいだろうし、それが何より浸透力のあるメッセージとなるだろう。そう考えると、従業員へのメッセージの伝達として最も効果的なのは企業文化の醸成といえるかもしれない。
但し、企業文化は一朝一夕には醸成されないものでもある。日本企業において、その企業文化が広く一般にまで知られており、また、企業の末端までも浸透していると言われているトヨタの例を見ると、企業文化の維持、後世への伝達が可能になったのは文書化・標準化の原則があったからだという。
文書化・標準化することで、創業者の遺伝子やものの考え方が口頭によるあやふやな形でなく、文書という形で後世へと伝達されていき、その文書を絶対化することなく、更によいやり方を研究し、その文書を改訂化するというサイクルが繰り返されることで、創業者個人の人物崇拝という形でなく、企業文化として組織に根付いていったということである。
このような状態になれば、まさに日々の業務の中で、企業文化に無意識のうちに触れ、自然に企業からのメッセージがステークホルダーたる従業員に行き渡るということになる。
【ゴーイングコンサーンを目指して】
継続し続ける企業活動という意味でゴーイングコンサーン(Going Concern)という用語がある。身内の話で恐縮だが、弊社も創業者である加藤が退任したこともあって、ゴーイングコンサーンな企業、組織のあり方というものを考えさせられる機会が多い。また、創業間もない企業であれば、どこでも考える必要のあるテーマだとも思う。
先程のトヨタの事例における企業文化はトヨタが創業以降、ゴーイングコンサーンな存在となっていく過程で、大きな役割を果たしたということは容易に想像がつく。
また、自動車業界においては先のトヨタの事例に加えて GM の事例もゴーイングコンサーンということを考えるうえでよく知られている事例の一つである。
GM は 1920年代に偉大な創業者であったデュラントによる俗人的な経営から権限を各部門に委譲した組織的な仕組みによる経営へとスローンが経営スタイルを変革していき、ゴーイングコンサーンな存在となっていった。そして、その経営スタイルは以降の全ての企業に影響を与えたといっても過言ではないだろう。
このような自動車業界の事例に学びながら、健全な企業文化を醸成しつつ、各ステークホルダーへの絶え間ない価値提供を行っていくことが、ゴーイングコンサーンへと通ずると肝に銘じ、今後も事業活動に取り組んでいきたいと思う。
<秋山 喬>