戦略から考えるデザイン (5)  『インハウス・デザイン脱却による市場活性化のススメ』

自動車業界におけるデザイン分野の戦略的マネジメントのあり方について探求していくコーナーです。
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第5回 『インハウス・デザイン脱却による市場活性化のススメ』

【インハウス・デザイン中心の日本の自動車業界】

現在、日本車は内製主義でデザインされている。インハウス(社内)デザイナーがプロダクト・デザインを行なうことが社外デザイナーを起用して行なうことよりも圧倒的に多く、デザイン組織もインハウス・デザインのためのものとなっている。

例えば、トヨタはコンセプトモデルを含む先行デザイン開発拠点として、日本国内に東京デザイン研究所(八王子)、テクノアートリサーチ(名古屋)の2 拠点を有するほか、グローバルではフランスに Toyota Europe DesignDevelopment (ED2)、米カリフォルニアに Calty Design Research の 2 拠点と、合計で 主なデザイン拠点を 4 つ有している(ただし、海外拠点は先行デザインだけでなく、市販デザインのローカライズも行なう)。
また、量産デザイン開発については、トヨタクリエイティブスタジオ、トヨタデザイン部、レクサスデザイン部の 3 拠点があり、全体で 500 名近いインハウス・デザイナーを擁している。

契約デザイナー(プロフェッショナル・コントラクト)制度も存在しているが、この制度は社外デザイナーと競作することにより社内デザイナーに感性的な刺激を与えることを主な目的としている。

日産は、全世界に計 6 つの先行・量産デザイン開発拠点を有している。日本国内に日産デザインセンター、クリエイティブボックス、日産車体、欧州に Nissan Design Europe (NDE) 、米国に Nissan Design America (NDA) 、台湾に裕隆日産デザインセンターがあり、合計 400 名程度のインハウス・デザイナーを擁している。

ゴーン体制になる以前は、契約デザイナーや外部デザイナーを起用することも少なくなかったが、現在は中村四郎デザイン本部長を中心にインハウス・デザインの強化に取り組んでおり、現在は先行開発において一部の海外デザイナーと契約する程度になっている。
最後にホンダ(正確には同社の開発部門である本田技術研究所)のデザイン部門であるが、日本では先行デザイン開発のアドバンストデザイン研究室(東京)、製品デザイン開発の和光研究所の 2 拠点を有する。主なグローバル拠点としては、欧州に Honda R&D Europe、米国に Honda R&D Americas のほか、アジアに Honda R&D South East Asia、Honda R&D Asia Pacific を有しており、総勢 200 名程度のインハウス・デザイナーがいる。
ホンダの年間販売台数の 4 割強を占める北米市場では、 HONDA R&D Americas が ACURA に関する企画デザインを手掛けている。

ホンダもトヨタ、日産と同様にインハウス・デザインが中心で、原則として社外デザイナーは起用していない。業務がオーバーフローした場合にのみ特定の一部業務を外部デザイン会社に委託する程度である。

海外メーカーの中には、ピニンファリーナ、ベルトーネなどカロッツェリアにデザイン開発をアウトソースするケースも見られるが、日本車メーカーは世界中に自社の全車種のデザインを内製で対応できるだけの体制と陣容を有しており、実際に一部の例外を除いて殆どの車種がインハウス・デザインになっているのである。

【日本車がインハウス・デザインにこだわる理由】

日本車もかつては外部デザイナーを積極的に採用した時期があった。初代日産マーチ、初代マツダ・ルーチェ、スバル・アルシオーネ SVX などは伊ジウジアーロの作品だし、2 代目の日産ブルーバード、同セドリックや、ホンダ・シティカブリオレ、同ビートは伊ピニンファリーナのデザインである。

その背景には、つい最近まで多くの日本車が、1920年代に GM がアルフレッド・スローン社長のもとで確立した商品ブランド戦略を踏襲してきたことが挙げられる。

スローン氏は、GM を世界一の自動車メーカーに躍進させた立役者である。同氏は、単品の大量生産による規模の経済で価格の引き下げに成功した T 型フォードの没個性にそろそろ消費者が飽き始めていることに目を付けた。

そこで、買収した競合他社のブランドやチャネルをそのまま残しただけでなく、各車種にペットネームを与えて、個性を持たせた商品を細分化したセグメントごとに木目細かく投入して成功したのである。

スローン氏の執筆した「GM とともに」は、日本の自動車メーカーにとって長く経営のバイブルであり、これを踏襲して日本車もトヨペット店、カローラ店など一つのメーカーが複数のチャネルを構築し、商品ごとに固有の車名やロゴを与えて、あらゆるニーズをくまなく掘り起こすことで米国に比べれば小さな市場を開拓しきるという商品ブランド戦略を取ってきたのである。

商品ブランド戦略のもとでは、企業イメージの統一や商品ラインナップの一貫性よりも各商品の個性が重視されるため、デザイン面でも商品ごとに別々の、それも社内のしがらみに囚われずに自由な発想の出来る外部デザイナーを起用することも多かったのである。
ところが、80年代後半から日本車は企業ブランド戦略を強化し始める。企業ブランド戦略の先発組である欧州車とは異なって、商品名を外す(318 とか 500などの記号に置き換える)ところまでは進まなかった(レクサスを除く)ものの、商品ロゴは企業ロゴに置き換え、商品ラインナップ全体で一貫性あるデザインや宣伝メッセージの統一・集約を進めた。

その背景には 80年代後半のコスト競争力の喪失と、それを取り返すための工程やプラットフォーム・部品の標準化・共通化と、競争の焦点を価格やコストから品質や統合的なものづくりに移行させるという日本車メーカーの戦略転換があった。

このように考えると分かり易いだろう。

一流のシェフにレシピを作らせて、世界中から珍しい食材を集めて一品料理のアラカルト・メニューを出せば確かに豪華な食事にはなるだろうが、食費は高くつく。食事の用意に時間は掛かるし、食材の在庫も膨らむ。それを保管する冷蔵庫も大きなものが必要になる。そのうえ、専門の調理設備・道具・技術がなければ作れないこともありうる。無理して作っても、無駄な費用をかけて、バランスの悪いまずい食事になってしまうということもありうる。

寧ろ、家計だとか調理設備や調理人の腕前など家庭の事情を分かっている主婦の方が、あり合わせの食材で、低コストで、しかも高品質、高バランスな食事を作れるかもしれない。(料理学校に通うなどして調理の腕前を磨くことが前提になるが。)

つまり、コスト、品質、バランスの観点から、商品デザインから企業デザインにデザイン戦略がシフトし、それに伴って個々に外部デザイナーと契約するよりも、社内でデザイナーを育成してインハウス・デザインを強化することを重視するようになったのだと思われる。

【敢えて逆張りのデザイン戦略を採用する】

上述の如く、日本の自動車メーカーは戦略的にインハウス・デザインを強化してきたわけだが、敢えて再び外部デザイナーを部分的に起用する戦略の採用を提案したい。外部デザイナーの起用により、販売チャネルを活性化し、新たな顧客層を開拓して収益性を向上させる戦略である。

家電ブランドの「amadana(アマダナ)」をご存知だろうか。

「amadana」とは、株式会社リアル・フリートが企画・デザイン・販売する総合家電ブランドで、製造は家電メーカーにアウトソースし、販売チャネルにインテリアショップやセレクトショップを活用するという家電業界では異色の存在である。

リアル・フリートは、東芝の元社員が中核となって設立した会社で、Francfranc などのデザイン家具・雑貨を販売する株式会社バルスや、建築デザイン事務所のインテンショナリーズなどが参画している。

「生活を感じる」ことや「長く愛着を持つ」ことができる「美しいカデン」、つまり商品の機能性よりも生活空間の提案を重視した家電製品作りを行なっており、オリジナルのテレビ、パソコン、白物家電などをラインナップに持っている。予約販売開始から 2日で完売したことで話題となった 5 千台限定の NTTドコモの携帯電話 N705i (NEC 製)を企画・デザインしたのも同社である。

一般の家電製品の販売チャネルが家電量販店ルートであるのに対して、「amadana」製品は表参道や中目黒などの直営店や、デザイン感度の高い顧客が集まるインテリアショップやセレクトショップを主要販売ルートとしている。

「amadana」側から見ると、一般の家電メーカーは製造委託先(下請け)という位置付けになるが、総合電機メーカーの東芝が「amadana」ブランドに液晶テレビを供給した実績もある。

急成長しているとはいえ年商僅か 10 億円の中小企業の下請けを年商 7 兆円の東芝が請け負うなどありえないこと(元東芝社員という人的繋がりがあってのことと思われるが)のようだが、実は東芝側にもしっかりメリットがあったものと思われる。

「amadana」を通してインテリアショップ、セレクトショップなど従来とは全く異なる新たな販売チャネルが開発され、これまでリーチできなかった高感度な顧客層との接点が生まれたからである。

家電量販店ルートで売られることが多い通常の自銘柄製品は、値引き、宣伝費、販売促進費など多額のマーケティング費用を要するのに対して、「amadana」ブランド製品の店舗では値引き・他社製品の比較も無く即決・指名買いする顧客が多く集まり、しかもブランド定着率が高いらしい。

結果として、東芝は外部デザイナーの起用により、新たな販売チャネル開拓と価格バイヤー以外の顧客層の獲得に成功し、単価の引き上げとマーケティング費用の節約という収益性を向上させる方法を手に入れたものと考えられる。

【デザインに合わせたものづくりによる市場活性化】

若年層のクルマ離れが進み、販売台数が低迷して、販売チャネルや売上を維持するための投資や費用に負担を感じている自動車メーカーが多いと思われる。
そうした自動車メーカーは「amadana」戦略を部分的に採用することを検討してみてはどうだろうか。

基本的には従来どおりインハウス・デザインを中心とすることで構わない。だが、複数の販売チャネルを持つような自動車メーカーであれば、そのうちのどれかを外部デザイナーに委託した商品専門のチャネルに切り替え、自動車だけでなくそのデザイナーが得意とし、デザインの一体感を持たせた他の製品と一緒に取り扱うセレクトショップに切り替えるのである。

若年層や女性など、重要だが開拓が難しい客層を主要ターゲットに置く販売チャネルがパイロットモデルとして相応しいのではないか。

例えば、若年層や女性が普段、買物に行くルートにあるセレクトショップやインテリアショップに調和するようなデザインのクルマをインテリアデザイナーや家具デザイナー、服飾デザイナーを起用し開発し、実際にそこで販売するのである。また、ショッピングモールのようなニューファミリー層が買物に行く所には、マンガ家やアニメーションのキャラクターデザイナーを起用し、女性や子供が興味を持つようなクルマを取扱うのは如何だろうか。

また、靴やカバンのデザイナーは常に機能性を考えた商品デザインを開発しており、彼らを起用することで新たな切り口のカーデザインが生まれるかもしれないし、そのようなクルマであれば先述したセレクトショップやインテリアショップに訪れる商品に拘りを持つ客層も興味を持つのではないだろうか。

最近ではスバルがセレクトショップの BEAMS とのコラボレーションモデルを発売したが、既存のスバル製品に BEAMS 流のデザイン・アレンジを加えるものに留まっていると思われる。もう一歩進めて、BEAMS に自らのショップに置きたくなるような、自社の顧客が欲しがると思われるようなクルマを一からデザインしてもらう、そのデザインに沿ってスバルはクルマを開発し販売は BEAMSに一任するというやり方である。

人の命にまでは拘らず、メーカー保証も 1年程度しか付かず、故障しても黙って買い換えてくれるような製品と自動車を一緒にするな、自動車のものづくりや投資、リスクはそんな簡単なものではないという反論は当然あるだろう。

だが、どんな製品を開発しても、どんなに宣伝費をかけても、若者や女性のライフスタイル、生活空間、意識空間、購買行動の中にクルマは入り込めておらず、入り込めていないからこそ売れていないのが現実である。売れなければどんなに正しい論理のもとに投資したり、費用をかけたりしても回収はできない。

無理はあるだろうが、ものづくりにデザインを合わせるのではなく、デザインにものづくりを合わせる意識と努力がプロのものづくり屋さんには必要で、無理を無理なく作ることができるからこそプロのはずである。

それも全部の製品で一斉にそうすべきだと言っているのではない。少なくとも既存のやり方では通じない領域から始めてみてはどうかというのが筆者の提案である。

そして、その背景に愛すべき自動車という製品の価値を知らずにいる人々にもっと知らしめたいという思いと、日本の基幹産業たる自動車業界に持続的成長のエンジンの役割を果たして欲しいとの期待がある。

<大谷 信貴>