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麦のエコ路地散策(7) 『電気自動車(EV)』
昨今、新聞、雑誌、TV等で見かける環境用語を取り上げ、自動車業界との関係を探っていくコラムです。
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第 7 回 『電気自動車(EV)』
【自動車業界の救世主であるEV】
以前より自動車業界が、そして自動車という製品が抱える大きな問題である、排出ガスによる環境負荷や化石燃料への依存、この二つの問題を解決する救世主として長年開発が進められてきたのがこのEVです。
特に昨年、サブプライム問題による自動車産業の激しい落ち込みが続く中、各自動車メーカーは電気自動車の販売や開発を以下の通り発表し、紙面を賑わせてきました。
最近では街中で三菱自動車のiMiEV や富士重工のプラグインステラを見かけるようになり、いよいよEVの時代が到来した感覚を覚えています。では、現在は供給の問題から限定的な販売ではありますが、供給の問題が解決された時、EVは本当に普及していくのでしょうか。
【EVが普及する上で抱えている課題】
現在、EVが普及する上で抱えている課題は以下の三つに整理できると考えています。
(1)価格の問題
(2)航続距離の問題
(3)使用環境(インフラ)の問題
まず価格の問題ですが、現在発売されているEVは軽自動車にも関わらず、国や地方自治体からの補助金を利用しても300万円前後する高価な自動車です。
ハイブリッド自動車を含めて安い自動車が多く売れる世の中で、このEVの価格設定は消費者にとって厳しいと言わざる得ないでしょう。
次に航続距離の問題です。現在発売されているiMiEVは160km、プラグインステラは90kmであり、今までの自動車と比較して決して満足いくものではありません。日常の生活の足としては十分な航続距離ですが、週末のレジャーや旅行といった遠出には不便であるのが現状です。
最後に使用環境(インフラ)の問題です。EVは電気で走るので、ガソリンスタンドでガソリンを入れる代わりに、コンセントや専用充電器を介した充電が必要です。しかし、既存の駐車場にはコンセントは配備されていない上にガソリンスタンドのように、至る所に専用充電器は配備されていません。今のままでは購入者が自ら、ガソリン車を購入した際には生じないコストを支払って駐車場にコンセントを設置しなくてはいけない上に、街中でも専用充電器が設置されている範囲でしか移動できません。
これら課題の中にはEVの普及により解決するものもあります。価格はEVが普及し量産されれば、高価と言われている電池やモーター等EV専用部品の量産効果が期待されるため、いずれは下がると言われています。使用環境の問題もEVの普及に従い、使用環境整備が新しいビジネスとして成立する可能性を秘めており、いずれ解決すると言われています。
しかし、航続距離の問題だけは直ぐに解決する問題はではありません。もちろん使用環境が整備されれば、航続距離が短くても移動距離は増えますが既存のガソリン車に比べて不便である事には変わりありません。
【課題を抱えながら早期に市場に投入されたEV】
実は、このEVという製品はもう少し時間をかけて研究開発や市場投入の準備を進めれば、現在のような普及という解決策頼みの、いわば「鶏と卵」的な状況とも異なる形で、市場に投入することができた製品でもあるのではと考えています。
価格については、電池の性能が向上すれば搭載する電池の量を減らせますし、時間をかけて研究開発段階からコスト削減に注力した開発を進めれば、電池やモーターの価格を下げる事も可能と考えられます。航続距離についても、さらなる研究開発の末、電池やモーターの性能向上により伸ばす事も期待できます。
さらに使用環境の問題も、プラグインハイブリッドの普及によりコンセントや100V/200V充電器といった充電環境の整備作りを行う事で、結果として、EV社会へ向けたステップとなり、最低限の使用環境を整備する事は可能かもしれません。
では、何故このEVは大きな課題を抱えながらも、普及という一見強引な解決策に期待をして早期に市場に投入されたのでしょうか。もちろん、自動車業界の低迷が続く中、企業の戦略として将来の希望を見せる事は重要です。しかし、本来であれば業績が落ち込んでいる時こそ不確実性の高い事業に対する積極的な投資は難しいものです。
この問いの答えとして筆者は「この電気自動車という製品は自動車メーカーの想定を上回る速さで盛り上がった、環境という世界的なニーズに応えるために早期に市場に引っ張り出された」と考えています。
EVはエコカーとしては最先端の技術の結晶であり優れた製品である一方、モビリティとしてはガソリン車と比べるとまだまだ改善の余地があります。
もちろん携帯電話やパソコン等、市場に投入する事で想定以上に普及した製品は多く、自動車メーカーの戦略を否定する訳ではありません。しかし、市場の環境に対するニーズ急激な高まりや、自動車業界の急激な冷え込みがなければ、もうしばらく自動車メーカー内で眠っていた製品だったのではないでしょうか。
【EVを普及させる為には】
では、上記仮説が正しかった時に自動車業界関係者がしなくてはいけない事は明確です。それは、EVの特性を受け入れて、この新しいモビリティの使い方を業界全体で考えることです。
「移動したいから自動車は必要だ、でもまだEVは不便だからガソリン車に乗る(ガソリン車を扱う)」、環境という共通な課題を抱えているにも関わらずその全責任を自動車メーカーに押し付けるのはあまりにも都合が良すぎます。
もちろん、自動車メーカーとしても引き続き研究開発を進めながら、より多くの消費者が受け入れやすいモビリティを開発していくと考えられます。しかし使う側の我々も、同様にこのモビリティの使い方を考える必要があるのではないでしょうか。
冒頭に、「EVは排出ガスによる環境負荷や化石燃料への依存、この二つの問題を解決する救世主である」と述べました。しかし、上記以外にもEVだから提供できる新しい価値があります。それはモーター走行による静寂性、加速性、そして電動化に伴う製品としての自由度の向上です。
EVしか入れない区域を設けて静かで排出ガスのない住宅エリアを作ることもできますし、EVの電源を非常用電源として家庭で使う事も出来ます。もしかすると、EV専用の屋内駐車場では排出ガスが出ないから清掃費や換気設備等が安くなるかもしれません。
もっと、EVの良いところに注目して産業全体でこの新しいモビリティのあり方を考えていく、それがこのEV普及の第一歩であり、持続可能な社会への前進ではないでしょうか。
「我々人類に与えられた環境問題という壁を乗り越えるには、産業全体で一丸となって取り組む事が求められている」EVはこんなメッセージを我々に伝えようとしているのではないでしょうか。
<尾関 麦彦>