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麦のエコ路地散策(6) 『ビークルトゥグリッド(V2G)』
昨今、新聞、雑誌、TV等で見かける環境用語を取り上げ、自動車業界との関係を探っていくコラムです。
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第6回 『ビークルトゥグリッド(V2G)』
ビークルトゥグリッド(Vehicle to Grid )直訳すると「車両から網」ですが、ここでの「網」とは「電力網」の事を指していて、ここでの「車両」とは電気自動車やプラグインハイブリッド車等、大きな蓄電池を持っている車両の事を指しています。最近騒がれだした言葉ですが、この V2G という言葉をご存知の読者も多いのではないでしょうか。
V2G の考え方を一言で説明すると、「自動車を蓄電池として捉え、電力網に接続することで電力網の安定化を図ろう」というものです。
初めて聞く読者は、何故自動車が蓄電池になるのか?何故蓄電池を電力網に
接続する事で電力網の安定化が図れるのか?そもそも電力網は安定していないのか?等、疑問ばかりだとは思いますが、まずは、この考え方の背景となっている「スマートグリッド」という考え方からご紹介します。
【米国にて実証が進むスマートグリッド】
スマートグリッドは「次世代送電線」や「賢い送電線」とか言われたりしています。具体的には、電気を送る送電網が頭脳を持ち、最適な電力供給を行うシステムで、太陽光や風力発電といった天候等による影響で電力供給が不安定になりがちな自然エネルギーの需要拡大を背景に脚光が集まっています。
この「スマートグリッド」を実現する上で欠かせないアイテムには、現在米国で開発され実証が進んでいる「スマートメーター」といった最適な電力供給を実現する装置及びシステムや、電力を一時的に蓄電して最適な電力供給を助ける大型蓄電装置があると言われています。
既に米国のカルフォルニア州やテキサス州の一部地域では、この「スマートメーター」が実験的に導入されており、一家に一台取り付けられ、取り付けられた家と電力供給者間でデータのやりとりを行っています。
電力供給に余裕がある時は、余裕を持って電力供給を促進し、余裕がない時は家の家電と連携して家の使用電力を抑制するといった機能を持ちます。要するに電力供給地域内での最適化を図り、電力消費が集中する事による、停電を防ごうというものです。
(特に米国は国土の広さから送電網も広域となりがちであり、しばしば停電を引き起こす事もあるため安定的な電力供給は社会的な課題でもあります。)
現在の機能は限定的ではありますが、自然エネルギー発電事業者の増加やビルや家庭での太陽光発電等の普及が進むと、不安定な発電が各地で分散的に行われるようになるため、スマートメーター等による需給調整が必要不可欠と言われています。
また、この「スマートメーター」が電力を供給する側と、電力を使用する側の需給調整をオンタイムで行う一方で、大型蓄電池は供給された電力を蓄える事を可能とし、より余裕のある需給調整を実現します。つまり、安全に自然エネルギーの導入を進めるためにも、発電所や家庭での大型蓄電池の普及が求められているといえます。
そして、冒頭でも触れたとおり、この家庭用の大型蓄電池に電気自動車やプラグインハイブリッドに搭載されている大型電池を使おうというのが 「V2G」の考え方です。
【自動車の新しい機能とも言えるV2Gとその課題】
上記の通り、電気自動車やプラグインハイブリッドの大型電池が家庭での大型蓄電池として活用が可能となり、電気自動車やプラグインハイブリッドを購入することで家庭に太陽光発電設備を導入しやすくなったり、家庭の電力供給が安定したり、家庭の電気代が安くなるのであれば、今までにない新たな機能が自動車に備わった事になります。
しかし、実現に向けてはいくつかの課題を抱えています。その中でも大きなものとして以下の 3 点が挙げられます。
一つは自動車用大型電池の性能です。今後、電気自動車やプラグインハイブリッドには LiB (リチウムイオンバッテリー)が搭載される予定ですが、自動車用大型電池としてはいまだ発展途上の製品であり、家庭用蓄電池として使う事で自動車として発揮すべき性能が失われてしまう恐れがあります。
現在の LiB の性能上、電気自動車の一充電走行可能距離が 100km~ 160km とされている上に、充電に大変な時間(家庭用 100V 充電で 6 時間~ 8 時間程度。)を必要とします。要するに、家庭で電力需給調整用として使用することで、フル充電の状態で待機させることができなくなり、いざ自動車に乗ろうとしたときに、50km しか走れないという事態の発生が考えられます。
二つ目はコストです。来年から発売される電気自動車の価格は軽自動車にも関わらず 400 万円台と言われており非常に高額です。価格の問題はいずれ解決されると思われるものの、上記 V2G の実現においては太陽光パネルやスマートメーターといった設備の導入も必要とされるため、全体としては大きなコストとなってしまいます。
三つ目は定置型蓄電池との競合性です。もちろん、家庭用蓄電池としての定置型蓄電池の開発も進んでおり、将来的に電池の価格が下がってきた時に自動車の走行可能距離を減らしてまで、自動車を蓄電池として使用する意味があるのかという議論が生まれると考えられます。
さらに、これらの問題は複雑に絡み合っております。二つ目のコストの問題が解決し、LiB が安くなることで、電気自動車やプラグインハイブリッドの購入障壁が低くなったとしても、同時に定置用蓄電池の価格も下がるため、三つ目の競合性の問題が立ち上がると考えられます。
とはいえ、LiB の性能次第(一充電走行可能距離が 500km 以上となる事や、1分でフル充電できるようになる等)では、蓄電池を二つ持つよりは一つの方がスペース的にもコスト的にも優れていると思われますので、恒常的に利用する、しないは別にして将来的な自動車の新しい機能の一つとしてはあっても良いのではないかと考えます。
【日本とV2G】
日本では米国ほど送電線網が拡散していないため、比較的安定的に電力を供給できています。よって、差し当っての電力供給安定化ニーズが少ないことから、「スマートグリッド」についても検討が遅れており、スマートメーター等の開発・普及といった V2G の環境整備にも時間を要する事が予想されます。
さらに、日本の都心部ではマンションといった共有物件や、自宅に駐車場を持たずに月極駐車場等を利用する人が多く、家に紐づいていない駐車場にある自動車を家庭用の蓄電池として使うには工夫が必要であると考えられます。
いずれにしても自然エネルギーの普及に伴い、スマートグリッドに対する期待が大きくなる中で、先行する米国はいち早く「スマートメーター」の開発及びメーターと家電の世界標準となる通信規格を作成しています。
一方で、もう一つのキーアイテムである大型蓄電池では日本が技術的にリードしている状況です。将来的に V2G が日本で普及するかどうかはまだまだ不透明な状況ですが、世界的に電力の安定供給を求める地域は多く、今後の日本を支える輸出アイテムとしては重要なポジションを占めていくのではと考えています。
昨今の厳しい市況ではありますが、将来的に有望な分野として、大型蓄電池及び電気自動車の技術革新が進むことを期待しています。
<尾関 麦彦>