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買収戦略の費用対効果
◆中国・比亜迪汽車(BYD)、日本の金型大手オギハラの工場を4月に買収へ
BYDとオギハラは以前から取引があり、群馬県館林市の館林工場を買収する契約を締結した。4月1日付で土地と建物、設備や従業員約80人を引き継ぐ。買収金額は明らかにしていない。
BYDは、自動車のドアやフェンダーなどを複雑に成型できる高い技術と技能を取り込み、中国で生産する車種に活用する方針。
<2010年02月25日号掲載記事>
【中国BYDの勢い】
中国 BYD は、現在、世界の自動車業界で、最も勢いがある会社の一つであろう。元々、携帯電話向けの電池事業で成功し、リチウムイオン電池の生産量では世界 3 位、携帯電話用に限れば世界トップの電池メーカーである。
2003年に中国国内の自動車メーカーを買収して、自動車業界にも参画した。昨年の販売台数は約 45 万台(前年比約 2.6 倍)であり、中国の乗用車市場におけるシェアは 6 位と上昇している。同社の主力車種である小型車「F3」は、トヨタカローラとそっくりな外観であるが、価格は 6 万元程度(約 80 万円)であり、低価格を武器にシェアを伸ばしてきた。
また、本業である電池事業のノウハウを活かし、2008年 12月には世界初のプラグインハイブリッドカーを量産発売している。
今回のオギハラの件だけでなく、現在、独ダイムラーが抱える超高級車ブランドであるマイバッハ事業の買収にも名乗りを上げているという。
【新興国メーカーの買収戦略】
ここ数年、中国・インドの自動車メーカーが、苦戦する先進国の自動車メーカーへ出資するケースが続いてきた。こうした一連の資本提携の背景には、グローバル展開できる自動車メーカーへのステップアップを新興国の自動車メーカーが目指していることがあると考えている。そのために必要な機能・要素を持っている先進国の自動車メーカーに対して多額の買収資金の投入が続いてきた。
例えば、南京汽車や上海汽車による MG ローバーの一連の買収問題の場合、両社ともに、自前の技術開発力・生産技術力を高め、いわゆる自主開発車を実現するために MG ローバーの技術ノウハウを手に入れたかったのであろう。だからこそ、MG ローバーの経営権自体は南京汽車が勝ち取ったものの、上海汽車は二車種の商標権と製造ラインを買い取り、同社の自主開発車として生産・販売につなげた。
一方で、タタがジャガー・ランドローバーを買収したケースの場合は、同社の製品開発そのものに、ジャガー・ランドローバーの高級車ブランドの技術が活かされているかどうかは疑問である。しかし、グローバル規模で自動車市場のマーケティングを考えていく上で、タタグループとしてのブランド力を高めていくことにはつながっていると考えられる。
先月には、吉利汽車によるボルボ買収が発表された。買収額は 18 億ドルで、中国企業による海外自動車メーカーの買収では過去最大規模のものになると報道されている。ボルボが持つ欧州の生産ラインについて今後も維持する計画とされている以外は、まだ今後の計画については発表されていない。しかし、これだけ多額の資金を提供するからには、何かしらの戦略的な提携が明らかになってくると想像する。
【買収戦略の費用対効果】
こうした資本提携の話からすると、今回の BYD によるオギハラの事業買収はかなり小規模なものに思えるかもしれない。しかしながら、自前の技術開発力・生産技術力を高めるという観点に立てば、非常に費用対効果が高い投資ではないかと考えている。
新興国の自動車メーカーの立場に立てば、技術開発力・生産技術力が高い先進国の自動車メーカーを買収することで、あらゆる側面の技術ノウハウを一気に手中に収めることができるかもしれない。しかし、前述の通り、資産規模も巨大な自動車メーカーを取り込むには巨額の資金を必要とするし、その自動車メーカーを丸々取り込むことで、本来欲しいと考えていない部分も引き受けることになる。そもそも苦戦していた自動車メーカーも少なくなく、その自動車メーカーの事業を支えていくことができなければ、更に負担が大きくなる可能性すらある。
これに対し、必要な技術ノウハウを持つ部品・設備メーカーやエンジニアリング会社を買収するということができれば、資金も抑えられる上に、不要な事業体が増えることもなく、費用対効果が高い資本提携となるのではないかと考える。
今回のオギハラのケースは、まさにこうした狙いではないかと考える。
オギハラは、国内トップクラスの金型メーカーであり、国内外の自動車メーカーから技術力は高い評価を得ているが、業界全体の設備投資抑制に伴う市場縮小の中で、過剰な生産能力の縮小を進めている。こうした状況の中、オギハラ全社を買収するのではなく、工場と従業員を部分的に引き継ぐというのが今回の内容である。
海外自動車メーカーから、コピー車メーカーと指摘を受けている BYD にとって、今後グローバル市場も視野に入れて事業展開していくためには、独自性のある外観デザインを持ったモデルを投入していく必要がある。そのためには、デザインそのものの技術開発と同時に、それを高い品質で実現可能にする優れた金型技術が必要不可欠である。今回、BYD は、この金型技術を手に入れ、グローバル市場に通用するモデル開発を狙っていると考えられる。
買収金額そのものは明らかにされていないものの、自動車メーカーそのものを買収した前述のケースと比較すれば、今回の資本提携の費用はかなり安い買い物であったのではないだろうか。
【新興国メーカーの脅威】
新興国の自動車メーカーが、高い技術力を持つ日本の部品・設備メーカーへの資本提携に動くケースは、今後増加していく傾向にあると考える。昨年末に中国の部品メーカーが日系部品メーカーに出資するケースもあったが、両社にとってメリットがある形が実現できれば、こうした形も増えていくであろう。
以前のメールマガジンで、自動車業界の提携関係の動向が、資本提携を前提とした全面的な形だけではなく、必要な技術について相互補完する関係を模索する緩やかな提携関係が増加するのではないかと書かせて頂いた。実際、先月は、トヨタとマツダがハイブリッド技術に関する提携を発表している。
こうした流れは、新興国メーカーにとっても同様にあると考える。今回の BYDのケースも、自動車メーカー同士の全面提携という形ではなく、必要な技術だけを取り込む柔軟な形の提携と考えられる。
いずれにしても、新興国メーカーも、こうした資本提携も活用しながら、自社の技術開発力を着実に高め、グローバル市場で通用する商品開発を目指している。今後、こうした勢力が自国市場だけでなく、新たな市場でも日系メーカーの脅威となる可能性が高いのではないだろうか。
<本條 聡>