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B2B マーケティングを見直す
◆関西ペイント、携帯電話を利用して自動車補修塗料の調色配合データを提供
<2007年02月08日号掲載記事>
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【関西ペイントという会社】
関西ペイントはここ数年にわたって増収増益を重ね、2006年 3月期に日本ペイントを抜いて売上高で日本最大となった総合塗料メーカーである。その成長の原動力となっているのが売上の 4 割を占める自動車(新車)用塗料である。
新車用塗料需要は新車の生産台数に連動するから、輸出分が伸びているとはいえ年間生産 10 百万台強の水準で推移している国内市場で売上を伸ばすことは容易ではない。また、日本車の海外生産が急増していることは追い風ではあるものの、海外にはデュポン、ダウケミカル、BASF など世界のトッププレイヤーが供給体制を構えてひしめいており、自動的に日本車の海外生産増=国内塗料メーカーの売上増という公式が成り立つわけではない。
国内外ともに同社の過去数年の取り組みの成果が現れたものと言えるだろう。
関西ペイントは、国内では自動車メーカーに塗装工程での環境負荷低減、つまり VOC (揮発性有機化合物)および CO2 削減のニーズとコスト削減の要求が強いことを踏まえて、2002年に日本初の「水性 3WET」塗装技術を開発した。
VOC 削減に効果の大きい水性塗料(有機溶剤を使わない塗料)、C02 とコストの削減に効果の大きい 3WET 塗装(中塗り後の乾燥工程を省略可能な塗料)は従来から存在したが、それらを両立させたものはなかった。両立させようとすると外観・平滑品質や耐チッピング性能の低下を招きやすいためである。関西ペイントは、中塗り・上塗り塗料の技術革新により問題を解決して、品質・性能を犠牲にすることなく VOC ・ CO2 ・コストの削減に成功した。
国内では品質向上のための生産技術の革新にも取り組んできた。従来、塗料工場は「固定式タンクに原料を送り込む無数の長い配管」というレイアウトであったものを、「最小限の短い配管の間を行き来する移動式タンク」と置き換えることにより、配管内で発生することが多い異物混入率を一桁 PPB レベルにまで下げた。2005年稼動の名古屋事業所第 4 工場棟に採用している。
一方、海外では日本車メーカーの海外生産展開のスピードに合わせた迅速な設備投資でこれに応えて来た。とりわけ関西ペイントの場合は、品質・性能とコストの鍵を握る原料の合成樹脂の一貫内製に拘るから設備投資も巨大になりやすい。展開地域は、2003年末まで同社はデュポンと提携して世界市場の棲み分け(欧米はデュポン、アジアは関西ペイント)を行なっていたこともあり、主にアジアである。インドでは 65 %の市場シェアを握るが、今年更に工場の新増設を行なう。中国でも今期中に天津工場の増設、広州・蘇州に工場が新設される。インドネシア、タイ、台湾でも昨年から来年にかけて次々に工場が新設される。
こうして塗料事業で世界トップ 5 入りを目指すとともに、そこで獲得・蓄積してきた資金・利益・技術を新事業分野に応用展開して総合化学メーカー化を狙う戦略である。昨年は、他社と共同で医療・バイオ・食品関連の検査分析用マイクロチップを開発したり、シャープの液晶テレビ向けに植物(トウモロコシ)由来の樹脂塗料を開発したりしている。
【自動車補修用塗料市場と関西ペイントのアプローチ】
このようにグローバル規模で多方面にわたって大きな仕掛けを迅速に打ってきた関西ペイントが今度は国内の自動車用補修塗料の分野できめ細かいアプローチを取ったというのが今回の記事である。
ここで自動車(補修)用塗料の市場構造や商品特性に少し触れておいた方がいいと思う。前述した新車用塗料市場とはかなり異なる風景があるからである。
日本塗料工業会の資料によれば、国内塗料市場は年間 167 万トンの規模(平成 18年度需要予測。シンナーの一部を塗料用途として組み入れたもの)で、このうち新車用塗料は 27 万トンと全体の 16%、建物需要の 44 万トンに次ぐ市場規模であり、引き続き成長が見込まれるセグメントでもある。これに対して、補修用塗料は 6 万トンと国内新車用の 4分の 1 以下の市場規模しかなく、ここ数年横這いないし微減のセグメントである。
当然のことながら、新車用塗料の顧客は世界的なリーディング・カンパニー揃いの自動車メーカーであり、需要はその年に売られる新車の販売台数の関数であるのに対して、補修用の顧客は主として中小・零細規模の街の点検整備工場、板金塗装工場もしくはカー用品チェーンのフランチャイズ店であり、需要は過去数年から十数年の間に販売された新車の蓄積である保有台数の関数となる。
新車用塗料は塗装ごとにオーブンで高温乾燥して塗料を固着させるプロセスを取ることができるが、補修用塗料の多くは損傷修理箇所に塗ることになるので高温乾燥させると損傷修理箇所が破損したり表面に浮き出たりする恐れがあり、常温乾燥が基本である。必然的にプロセスは長いものになる。また、補修用は経年劣化後の部分的な塗装になるから、新車時点で全体を同時に塗装する新車用と比べると周囲との色合わせに慎重にならざるを得ない。しかも、対象車種のバリエーションが無限である上に、いつどんな車種が入庫してくるか予測ができないから適切な塗料とその配合を見つけ出す苦労は新車の比ではないという問題を抱えている。
おそらくこうした事情から新車用と補修用とではメインプレーヤーの顔ぶれもかなり異なる。新車用は国内では関西ペイント、日本ペイントという連結総売上高 2 千億円級の総合塗料 2 強の実質的な独占市場である。これに対して補修用市場では連結総売上高 250 億円のロックペイントが関西ペイント(補修用売上 121 億円)とトップを争い、日本ペイント(同 85 億円)がこれに続くが、そのすぐ後には連結総売上高 100 億円未満のイサム塗料が入ってくる混戦市場である。
関西ペイントが開発した「Hi! Go クイック」システムは、月額 1000 円程度の会費制で会員を集め、携帯電話を使って車種に適した補修用塗料の配合(調色)情報を自社のデータベースから会員に提供するとともに、携帯電話のいわゆる「おサイフケータイ」機能を使ってその情報を会員が持つ塗料計量用電子ハカリに読み込ませることが出来るというものである。
会員とは即ち街の板金塗装工場のことである。それら零細企業に大きな設備投資負担や費用負担を求めることなく個人で誰でも持っているデバイスを使って、一番面倒だが最も重要なプロセスを単純化・短縮化してあげる、(それによって低迷気味の補修用塗料市場でのシェア向上を狙う)という仕組みである。(ついでに言うと関西ペイントは PPG インダストリーズとの提携により輸入車用の補修塗料の品揃えも強化した。)
【B2B2C マーケティングを再考する】
「Hi!Go クイック」が本当に関西ペイントの補修用売上を 5 割も増大させる武器になりうるかどうか、何しろ 2007年 4月サービスインのシステムだからまだ分からない。だが、今回の記事は少なくとも 3 つの点で重要な気付きの機会を提供していると思われる。
第一に、B2B2C 型ビジネスを前半と後半に分解して考えることの価値である。
第二に、B2B にも B2C と同様のマーケティング・アプローチがありうるのではないかという可能性である。
第三に、B2B でも IT 活用による生産性向上の余地が残されているのではないかという仮説である。
<B2B2C 型ビジネスを前半と後半に分解して考える>
一般にマーケティングのセオリーは、最終ユーザの喜びや不満を想像しろ、と教える。直接の取引先は中間の法人であり、直接話を聞く相手は中間の法人であったとしても聞くべき内容はその先にいる消費者の声なき声であると。違う言い方をすると、B2B2C 型ビジネスにおいてでもマーケティングの分析対象は C であって、実質的には間の B をすっ飛ばした B2C 型ビジネスと同じアプローチを取ることを求めていることになる。
だが、世の中の殆どのビジネスのサプライ・チェーン、バリュー・チェーンは B2B2C 型である。商品の提供者であるメーカーとその受益者であるエンドユーザーとの間に代理店・販売店・取次店など第三の法人が介在することが普通である。資生堂のシャンプーはスーパーマーケットを通じて消費者に届けられるし、新聞は配達所を経由して各家庭に配送される。もちろん、自動車もディーラーを介してユーザに納入されるから同様である。逆に、B の関与がなくても成立するビジネスモデルとはネット通販とメーカー直営店だけで需要をカバーできる小規模事業くらいのものである。
そうだとすると、C だけ見ていていいはずがない。とりわけ自動車の場合は商品特性として販売・購入プロセスもネット販売向きとは言えないが、修理・整備となると尚のことである。ユーザ向けにどんなに綺麗な塗料や塗装方法を作っても板金工場にその知識・技術・設備・体力がなければ無意味である。
つまり、B2B2C 型ビジネスを、前半の B2B 部分と、後半の B2C 部分に分解して、各々に対して適切で、かつ全体として一貫性のあるマーケティング・アプローチを考えてみる必要があろう。とりわけ最終需要(後半の B2C 部分)が低迷しているときには、前半の B2B 部分での工夫の余地を再考してみるべきである。
典型的な成功例はオフィス文具通販のアスクルに見られる。詳しくは下記 参照。
『垂直統合戦略展開時のコンフリクトをどう解消するか』
また、以前弊社の宝来が本誌で述べた日本駐車場開発のバレーパーキングサービスの事例(下記 URL)も B2B2C 型ビジネスを前半の B2B 部分と後半の B2C部分に分解して商品開発に繋げたサンプルと見ることも出来るだろう。
『困りごとから考える商品・サービス開発』
<B2BにもB2Cと同様のマーケティング・アプローチがありうるのではないか>
「マーケットアウト・プロダクトイン」というマーケティング・アプローチがある。作った製品の売り込み先を考える「プロダクトアウト」とは対極にあり、顧客に商品に関する具体的なニーズやクレームを聞いてその通りに商品を開発するという「マーケットイン」ともやや異なる。
顧客をよく観察して、口には出さず我慢しているみたいだが、本当はこんなことに困っているようだ、こんな風になったらいいと思っているのではないかと想像力を働かせ、「じゃあ、突き詰めればこういうものがあったら嬉しいはずだ」と商品を企画するやり方で、今日の B2C マーケティングの主流である。
ところが、こと B2B マーケティングになると、「プロダクトアウト」か「マーケットイン」が普通である。代理店にはマニュアルとノルマとインセンティブだけを与えて、「後はあなたたち次第だ」という「プロダクトアウト」型か、納入先の注文・仕様に基づく仕事だけをこなす「マーケットイン」型かのどちらかで、自動車メーカーとディーラーの関係は前者に、貸与図サプライヤと自動車メーカーの関係は後者に近いといえるのではないだろうか。
B2B (法人対法人)とはいえ、お互いの企業の知識・技術・設備・体力が極端に異なる場合にはこういうことに陥りやすい。だが、逆に言えばそこまでの格差が存在するなら、B2B とはいえ寧ろ B2C と同じようなマーケティング・アプローチを取った方が適切だということもありうる。整備工場約 8 万社・板金工場約 3 万社だけでも「マス」の規模とも考えられるし、その多くが零細事業・個人事業だという事実を踏まえれば、その課題やニーズの引き出し方、解決策の方向性が個人に準じたものになることは自然であろう。
デンソーが 2006年 9月に発表した「デンソーダイアグステーション」はそのサンプルと考えられる。新車開発に関わっているからこその知識と想像力を駆使して、クルマの急速な電子化の進行とそれによる整備工場の故障診断能力喪失に対する漠然とした不安を読み取り、しかしながら個人と同様のその体力を踏まえて徒に高価な機材を買わせるのではなくオンデマンド型のサポート体制を用意するというアプローチを取ったものである。
<B2B でも IT 活用による生産性向上の余地が残されているのではないか>
大企業はグローバルな活動状況がリアルタイムで詳細まで見える ERP を社内に導入済みだし、グループ企業との間も Extranet で結ばれて 3 次元 CAD の機密情報まで行き来するようになっているから今更 IT 活用による生産性向上は期待できないという見方もある。
だが、B2B2C 型(代理店等を介する)ビジネスであって、間に介在する代理店等の法人が実質的に個人と大差なく、個人と同様のマーケティング・アプローチが有効だと考えられるような場合、その B2B 部分に関しては IT 活用による生産性向上の余地がまだ残されているのではないだろうか。
典型的な成功例は中古車買取のガリバーであろう。同社のフランチャイズ(FC)店の多くは中小・零細企業である上に、中古車売買の知識・経験を殆ど持たないニューカマーであった。ガリバー本部は FC 店に対して「一通りのことは教えたから後は自助努力で頑張れ」といった「プロダクトアウト」的なアプローチを取ることなく、検査プロセスこそ FC 店に委託するものの最も面倒で重要なプロセスである査定プロセスはネットワークで結ばれたガリバー本部で一元処理して FC 店の負担をなくした。B2B2C 型(正しくは C2B2B 型?)の同社のビジネスモデルの B2B 部分の弱みを IT 活用によって強みに変え、同社の急成長を支えた。
【おしまいに: B2B2C 型以外の B2B マーケティングのあり方を考える】
B2B2C 型ビジネスにおける前半部分の B2B マーケティングには再考の余地があることを述べてきた。だが、世の中には B2B で完結するビジネスも多数ある。
弊社のような企業向け戦略コンサルティング会社はその典型だし、同じ乗り物でも建機や貨物用船舶などは B2B 完結型である。B2B 完結型ビジネスにおいてもマーケティング・アプローチを再考する余地があるだろう。
JR 東海の東海道新幹線を実際に利用しているのは勿論個人だが、その費用負担や利用目的から見ると本来の顧客は法人であるという意味で B2B と B2C の中間形態である。同社は、出張の多い法人向けにエクスプレス予約システムを開発し、法人割引や経費清算システムを用意して費用負担者である企業側のニーズに応えるとともに、出発間際まで携帯電話から予約・変更できるサービスや、乗車回数に応じてグリーン車にアップグレードできるサービスを用意して利用者である個人のニーズにも対応している。
自動車にも B2B と B2C の中間形態が存在する。大型車・商用車はもちろんそうだが、乗用車であっても社有車として営業活動や配達に利用されているもの、個人所有だが一部または全部が業務用途に使われているもの、リースやレンタカーの形で従業員や派遣社員に貸与されているものなど。いずれも費用負担は法人であり、法人用途での利用なのだが、実際に利用・運転しているのは個人だから B2B と B2C の中間的な形態とみなすことができる。
そうした中間形態においてドライバーたちがクルマに関してどんなことに漠然とした不満や要望を持っているのか、その管理者たち(総務部長、営業部長、物流部長など)はどのような不安や懸念を持っているのかは研究してみる価値があるだろう。何しろ一般の個人客に比べて圧倒的に長い時間を車内で過ごしているにも拘らず、仕様・装備は最もベーシックなものにとどまり、OEM ・市販を問わずカーナビやテレマティクスも B2B と B2C の中間形態にあることを意識して開発されたものはないから個人には不快な空間であろうし、逆に管理者から見ればこれほど管理の眼の行き届かない空間もないからである。(医薬品の MR のような個人と法人の中間形態にあたる読者がいらっしゃれば一度お
話を伺いたい。)
B2B マーケティングは、B2C マーケティングに比べて軽視されがちであり、方法論も確立されているとはいえない状況で、現実には情報不足もあって「プロダクトアウト」的な力任せの運用が目に付く。個人市場の限界が見え始めた今日注目と再考の余地がある分野だと言えるだろう。
<加藤 真一>