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M&Aの要諦をハイブリッドなプリウスから学ぶ
◆米フォーブス誌、「プリウスはメッセージがある」「1人勝ちの理由は外観?」
◆ガソリン価格の高騰、トヨタ・プリウスの6月販売は前年同月の2.5倍超に
三菱自動車では、電気自動車「i MiEV」への問い合わせが増えているという。
<2008年8月14日号掲載記事>
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筆者は最近複数の M&A ディールに携わっている。
投資ファンドによる案件、事業会社による案件、買収案件、売却案件などなど。複数案件を同時に担当しながら、買い手、売り手、これらの主役をサポートするフィナンシャルアドバイザーや弁護士、会計士、コンサルタントなどの複数のチームと密接な関係を構築しながら、日々が飛ぶように過ぎていく。
こうしたコラムを執筆するために立ち止まり、(極端な話だが)社会であり世の中を良くするために必要なものと、M&A のディールにおいて重要であるものを再考してみると、個別ディールにおける個人及びチームのパワーを最大化する為のインフラとして IT イノベーションの寄与度合いが絶大であることに加えて、ディールを通じて実現する「イノベーション」が何にも増して重要であると痛感する。
具体的には、以下の異なる 2 つの切り口からイノベーションが大切であることを考えるに至っている。
1)仕事の枠組みを規定するインフラにおけるITイノベーション
2)M&A の実務を通じて考えるに至った、「価値創造」の重要性
【仕事の枠組みを規定するインフラにおけるITイノベーション】
冒頭述べたように複数チームとの関係性を有しながら、チームを引っ張るリーダーとして参画するケースや、チーム内における一定の役割を発揮するケースなどなど、案件毎に自分自身がプレイするロールが異なる。
こうした同時多発の案件への意味のある参画を可能としている要因の一つに、間違いなくテクノロジーの発達がある。具体的には共通のプロトコルである IPを基盤とする、モバイル PC とモバイル通信手段(携帯電話、ワイアレス LAN)、スケジューラーなどである。
例えばソフト・ハードという観点で言えば、筆者は Panasonic の Let’s Noteに FOMA N2502 という NEC 製のモバイルカード(現時点での FOMA の中では最速であるはず)と内蔵 Wireless LAN をベースに Hot Spot と契約、複数のメールアドレスを Microsoft の Outlook 上で使い分けながら、複数企業のサイボウズやその他スケジューラーのログイン ID を駆使してスケジュールを確認している。
日々の複数の案件が同じタイミングにオーバーラップしながらも、自分が全てのチームに参画することを可能としている行動様式としては、例えば投資先の取締役会に参画しながら必要な伝達事項や指示などは携帯電話やメールなどを通じて入出電しつつ、休憩時間を用いてこれらを処理しながら、その後の移動中の電車やタクシーの中で必要な作業を行いつつ、次のミーティングに必要な資料(これも、書類で持ち歩くと膨大なページ数となる為、当然ながら PDFとして Let’s Note の HDD に収められている。その意味で、書類を軽くて見やすいデータ量まで最適に圧縮する複合機の存在も欠かせない)に目を通すといった具合である。
筆者のみならず、複数チームで異なる役割を発揮するメンバーは多かれ少なかれ同じような行動様式を取っているが、異なる場所に存在するチームメンバーが常にお互いにコミュニケーションを取りながら、最適解を目指しながらそれぞれの役割を果たし、全体構築を行なう「仕事のやり方」は、まだ仕事のやり方の歴史でいえば、10年は経っていないだろう(10年前といえば、1998年。まだドットコムバブルがスタートした頃であり、ブロードバンド以前であった)。
もし 10年前に「同じ仕事のやり方をしろ」と言われていたら、間違い無く秘書が何人も待機しながら、次の資料や必要な作業リストを抽出のうえ管理してもらう必要があったであろう。
その意味では、IT イノベーションは一人当たりの生産性を上げ、チームそのものを有機物として機能させることで集団の付加価値を上昇させ、更には付加価値を生み出すべく活動をするメンバーを支える管理要員の最小化を通じて、効率化・コスト削減へも大きく寄与している。
【M&Aの現場での実情】
一方、せわしない日々は分刻みでの対応を求める為、えてして自分が支援するプレーヤーの利益を最大化する一番速い手法が何かを考え、ここのみに精力を傾けがちである。具体的には、買収ストラクチャーにおける諸コストの抑制手法(買収資金調達における負債の活用や、負債コスト自体の削減、その他各種買収関連費用の削減など)や、買収時株価を下げる(乃至は上げる)交渉、こうした交渉を裏付ける材料としての市場における各種マルチプル(PER、EV/EBITDA など)の精査、などが挙げられる。
勿論、こうしたテクニックは実際にディールを優位に成立させる為に不可欠であるが、なるべく安く買う乃至は高く売る為の儀式でしかなく、所謂公正な時価が導きだすための交渉術でしかない。
にも関わらず筆者が昨今関与している案件や支援しているディールの中では、特に大企業に限ってテクニック重視の(しかもそのレベルが相対的に世の中と比して劣っている) M&A を進めようとしているケースが散見される。
例えば最近良く聞くのが、「長谷川さん、PBR が 1.0 を切って、保証を入れることで調達コストが下がる効果で、逆暖簾と合わせて期間損益で X 億単位の利益が出る会社無いかなぁ?で、持ってきてもらったらお金は払うから、あとは全部やってもらえる?」といった話である。言い換えてみれば、「長谷川さん、美味しくて高たんぱく低カロリーの食べ物が加工済みの状態であれば、持ってきてくださいよ。お金は払うけど、その後は僕がお金をもらえるものがいいなぁ。口を開けて待ってるので、誰か僕に食べさせてくれないかなぁ?」と言っているのと同じである。
筆者は、アービトレーションを行なうプレーヤーについて否定はしない。否、こうした売り手と買い手の間の差が価格に反映されていない状態を、売買することで埋めていくプレーヤーがいることで、最適なプレーヤーが最適な事業を運営する為のシャッフルが行なわれるし、事業や人材の流動化も保たれる。その意味で市場から低く評価されている会社を引き受けて、損益の一部を取り込む、乃至はその後高く売却するという行為自体は健全であると考える。
【M&A の実務を通じて考えるに至った、「価値創造」の重要性】
しかし、世の中から多くの経営資源を預かる大企業の M&A における意思決定基準の大半が上記のようであってはならない。
そもそも二つの異なる組織でありプレーヤーが一緒になることが Merger であり、その手段である Acquisition であるならば、何らかの目的を実現する為の手段が M&A である。
では、目的とは何であろうか。
勿論、人から与えられるものではないことから、ここで筆者が正解を提示できるものではないものの、少なくともストーリーが存在し、このストーリーに則ったアクションが存在することにより、初めて目的となり得る。
例えば再生、再編を促す M&A を実施することでコスト構造の是正や人材の流動化を齎し、結果として社会全体の経営資源をデフラグ化させることを目的として、市場に存在する企業をプロットしながら当該企業の経営者との対話を通じて合従連衡を実現していくといったストーリーは説得力がある。小職が関与している投資ファンドでは、こうしたストーリーを明確に描きながら業界へのメッセージを発していることから、数多くの案件が持ち込まれている。
しかし、本当に世の中をより良くするには、アップサイド、即ち価値創造をすることで全体パイが拡大することを志向しなければ、単なる業界における透明性を高めたり、人員配置を是正するといった範囲の価値提供に終わってしまう(それだけでも、大きな価値提供であるのは間違い無いが)。
ただ残念ながら、価値の創造を行なうことができる人間は M&A を行なう専門家の中には存在しない。
一方、価値創造を行なおうとする人間は本来 M&A ディールのオーナーであるべきだが、先に述べたような志の低い議論に終始するケースが散見されるのみならず、仮に志は高くても、一定の専門性を有す人材も少ない。
よって、これら両方を有すハイブリッドな人材が育つ必要があると筆者は考えている(チームで役割分担は勿論可能だが、両方を一人で有している必要もある)。
価値創造を行なうビジネス面でのアプローチと、財務会計法務人事システムといった専門性を駆使したアプローチを兼ね備えながら、明確なストーリーを元にチームやステークホルダー全体にメッセージを発信することで、イノベーションを実現することが出来る人材が M&A 業界では待望されるが、これを一足速く自動車という媒体を通じて実現したのがプリウスであろう。
即ち、内燃エンジンとモーターという二つの異なるパワーソースをハイブリッドとして掛け合わせながら、「燃費、環境」といった明確なメッセージを発するイノベーションを実現することで、米国ではモデル末期にも関わらず、中古車が新車以上の価格で売られるといった現象まで見られるという。
プリウスの誕生秘話はものの本に譲るとしても、企業が行なう M&A を通じたイノベーションでもプリウスから学ぶべき含蓄は多い。
<長谷川 博史>