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オバマ次期大統領著書 2冊、合計 958 ページから読み取れるもの
◆ホンダの福井社長、「オバマ次期大統領が保護主義になるとは思えない」
「今の段階でオバマ氏が保護主義になるとは思えないし、そうならないよう期待したい。経済政策も迅速な対応をするだろうから、大統領が新しくなるのが転機になって経済が上向きのトレンドに変わる可能性がある」
◆トヨタの木下副社長、「オバマ大統領下でも、日本車排斥は起こらない」
「(オバマ氏の政策に)保護主義的な要素が仮にあったとしても、一時期のように日本車を排斥したりするような動きは起こらないのではないか」
<2008年11月06-07日号掲載記事>
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2008年 11月 4日、米国という国の凄さを改めて痛感した。
バラク・オバマ氏が共和党のマケイン氏を大差で下して次期大統領に選出されたことは、時代の移り変わりに国民が自ら行動を起こして変革を選択するあの国のダイナミズムがまだ健在であることを示しており、「国民としての主体性の違い」が政治のみならずあらゆる局面での変化に乏しい我が国を創り出していることを猛省せざるを得ない。
こうした背景から、このオバマ氏なる人物がどういう人物なのかを知りたくなり、筆者は選挙後初の週末を迎える先週金曜日の夜に、外出先の東京駅丸の内口にある OAZO 1 階の丸善で、彼の著書である以下 2冊を購入、土日を通じて貪るように読んだ。
1.マイ・ドリーム バラクオバマ自伝
Dreams from My Father
発売元:ダイヤモンド社
2.合衆国再生
The Audacity of Hope
発売元:ダイヤモンド社
それぞれハードカバーで 543 ページ・ 415 ページと米政治家が出す本らしくそれなりのボリュームだが、読み始めた当初はこれからの米国がどこに向かうのか、それに際して我々は何を覚悟するべきかという分析的興味が強かったものの、途中からはオバマ氏が通常の米国人が有するバックグラウンドと全く異なる経験をしていることへの純粋な興味と、米国民という集団が一般的に有する共有体験 * とは異なる幼少年~青年時代を過ごした、ある意味「一般的米国人」とは異なる人材であるにも関わらず、こうした人間の訴える主義主張と行動をベースに一票を投じた米国人の、異なる文化と多様性に対する寛容性に純粋に感動した次第である。
* 例えば勝手なステレオタイプ化でしかないのだが、米国の小学生であれば学校にスクールバスで通い、ハンバーガーを食しながら友達との誕生日を自宅でピザをとって祝うだろうが、オバマ氏はインドネシアの現地校で喧嘩凧で遊んでいたといった具合である。
正直、筆者はこれまで米大統領選挙戦を通じて読むニュースや TV の討論会でオバマ氏が話をするのを聞いたことと、上記 2冊を読んだことによる知識しか持ち合わせておらず、また自分自身は政治評論家でもない。それでも、上記の限定的な知識や能力の範囲内で敢えて言えば、「これまでの米国大統領とは(黒人であるという人種の差は勿論)全く異なる」と断言できる。
オバマ氏の父親はケニアのルオ族出身のアフリカ人で、ビクトリア湖畔の村出身。ハワイ大学への初のアフリカ人留学生で、同じくハワイ大学の学生であった白人の母と結婚したが、その後父はハーバード大学へ行った後、ケニアに帰国。父親とオバマ氏は小学校のときに 1 ヶ月だけ一緒に時間を過ごした。母親は離婚後、同じハワイ大学で知り合ったインドネシア人と再婚。オバマ氏 6歳の時にインドネシアへ移住し、インドネシアの家に住みながら現地の学校に10 歳まで通う。その後、ハワイに戻り祖父母と住みながら有名小中高一貫校に入学。同校を卒業後、カリフォルニアの LA で大学入学。更にニューヨークのコロンビア大学に編入の後、3年間はシカゴの貧困層を手助けするコミュニティーオーガナイザーとして活躍。その後、ハーバードロースクールに入学し、黒人初の学校新聞編集長を務めたという経歴の持ち主である(その後の活躍は割愛)。
今後のオバマ氏の政策を分析するうえで、選挙公約の最大のキャッチフレーズであり国民から大きな期待が寄せられている「CHANGE」を実施せざるを得ない状況に追い込まるであろうことや、これまでのブッシュ政権による政策からの一貫性を維持したり、既に諸策を講じている金融危機への更なる効果的な具体策の打ち出しの困難や、現状を急激に変革することの副作用の考慮に伴う CHANGE のスピード調整といった政治的な調整側面を見ることは大切である。
一方、これら大統領に就任した後の各種行動予測は飽くまでも彼のこれまでの経験と信じているビジョンを基盤としている。否、これまでのどの大統領とも異なる景色がオバマ氏の主観では見えているはずである。それは悪く言えばセンチメンタリズムやピュアであるかもしれないし、よく言えば理想やビジョンに基づく、世の中を変えたいという使命感であると思われる。
その意味では、中長期的な米国の方向性と日本の自動車産業との関連性がどの様になり得るかを考えるうえで前述の 2冊の書籍に書かれている内容から読み取る事柄は大切であると考える。
繰り返しになるが、以下ご紹介する内容は、飽くまでも米国における政治面での知識レベルの限界を有する一読者(筆者)が、これら 2冊の書籍を読んだ結果をまとめているものであり、必ずしもオバマ氏がその後主張した内容とは異なる可能性があることに留意戴きながらも、是非目を通して戴けると幸いである。
【政治的少数、弱者救済】
自伝「マイ・ドリーム」では自らが黒人であることに起因した経験や心の葛藤からはじまり、貧困層(主に黒人)保護を目的としたシカゴでのコミュニティーオーガナイザーとしてシカゴ市などを相手とした団体としての交渉の経緯が事細かに書かれている。
これはオバマ氏の政治信念の中心となっており、最低限の生活を保護する社会保障制度の重要性や、格差社会の是正の重要性は二冊目の著書でも繰り返し述べられている。
【支持団体は従来、労働組合などが中心】
こうした背景から、元々の(今回の大統領選挙では幅広い支持層による支えがあったが)母体は労働組合などが中心となっている。 勿論、その後 IT 業界やベンチャーキャピタルなどとのやり取りも書籍には出てくるが、金融機関との深いつながりは掲載されていない(二冊目の合衆国再生は日本語版の初版で 2007年 12月であることから、金融危機以前の内容であり、その後編集されたものではないことが分かる)。
【減税による競争力維持より、累進課税による高所得者からの税収確保】
レーガン以来成功してきたと(昨今の金融危機までは)言われていた小さな政府の少ない規制、低い税率に基づく経済活性化、その結果としての国家競争力確保に対して、オバマ氏は一定の効果を認めながらも、現在のブッシュ政権(来年1月頭まではまだブッシュが大統領)の行き過ぎた減税、しかも高額所得者に対する実効税率が低くなる傾向のあるやり方に対して疑問を抱いている。
これは、ウォーレン・バフェットとの会話が 3 ページにわたって紹介されている箇所で、バフェットの話として「これまでに発明されたなかで、自由市場は資源をもっとも効率よく最高の生産性で利用できる最高のメカニズムだ。政府は資源の使い方があまりうまくない。ところが、市場から生み出された富を公平かつ賢明に分配する話になると、市場はあまりそれがうまくない。富の一部は次の世代が公平なチャンスを得られるよう教育に再投資し、インフラを維持し、市場経済で敗れた人々をなんらかの保障制度で救うために使う必要がある。そして、市場から最大の恩恵を受けた人の税率が高いのは理にかなっている」という内容が紹介されていることからも理解できる。
【技術者・イノベーション重視】
オバマ氏曰く、「この国で弁護士の数が減り、技術者の数が増えることを願っている」、とある。また後述の通り現在の米国における公教育に憂いながら、諸問題を抱える教育現場から育て上げられる人材では付加価値の高いビジネスを創造していくことが難しく、これがグローバル競争における(特に米国貧困層の)ディスアドバンテージとなっていることを指摘している。 また、エネルギー政策や産業育成という観点での巨額の投資に伴う雇用創出という考え方も(後にも少し触れるが)紹介されている。
【グローバリゼーションと貿易について】
書籍では、シリコンバレーのグーグルを訪問した時の印象として、
1.従業員に黒人やラテン系が少ないこと(東洋人や東欧系ばかり)
2.そもそもアメリカ生まれのエンジニアが不足しているが、9.11 以降外国人のビザ取得が困難になったことと、インドや中国に IT 企業が進出したことにより米国本体の従業員に知見が貯まらない構造になりつつあることが述べられている。
また、メキシコに工場移転が決定した企業の労働組合との会話では、海外に事業を移転する会社への税制優遇措置を取り消し、連邦政府の再訓練プログラムを刷新し、これまで以上の資金を労働者に提供するといった、工場の海外移転に対するディスインセンティブと労働者への教育投資の内容が紹介されている。
更に、自由貿易については、公正な貿易も必要。組合の結成権と児童の就労禁止を含め、アメリカ合衆国と貿易国はもっとしっかり労働者を保護する必要がある。その国々の労働環境基準が改善される必要がある。これらの措置だけで自国産業の保護が出来ると考えてはいないが、新しいアプローチを模索したいとしている(ただし、このアプローチ自体は明確になっていない)。
オバマ氏が 2005年の CAFTA (中米自由貿易協定)に反対票を投じた際にブッシュ大統領に主張した「貿易には メリット があると思うし、ホワイトハウスは協定への賛成票を力ずくでもぎとることができるかもしれない。しかし、CAFTA への抵抗はこの協定の詳細ではなくアメリカ人労働者の不安の高まりと関係があることなのです。その不安を鎮める戦略を見つけ、アメリカ人労働者に連邦政府はあなたたちの味方だという強いシグナルを送らない限り、保護貿易を求める感情は高まる一方でしょう」というメッセージと共に、「ホワイトハウスは自由貿易の敗者を軽視していると思っていたし、それに対する抵抗を記すには反対票を投じるしかないと考えた。自由貿易の環境に置かれたアメリカ人労働者の競争力について長期的には楽観している。ただし、それは、グローバル化のもたらす負担と利益がもっと公平に国民に分配された場合に限られる」という主張内容から、一貫して米国労働者の雇用を最優先として掲げていることが分かる。
【自動車産業との関係】
自動車産業との関係で言えば、オバマ氏は当選後初の記者会見で「自動車産業は米国製造業の中核であり、政権移行チームに追加支援策の検討に最優先で取り組むよう指示した」と述べているし、2008年 10月 24日には、7,000 億ドルの金融安定化法による救済措置の対象に自動車産業を加えることに支持を表明している。更に、自動車産業向けの緊急融資枠の 250 億ドルを倍増させる案にも賛成している。
これらからも、オバマ氏の頭の中に最優先課題としてあるのは「米国民の雇用の維持」であると見られる。
11月 6日付共同通信によると、米非営利組織の自動車研究センターは GM など米ビッグスリーの米事業の規模が、破綻(はたん)などにより現状の半分に縮小されると、関連産業などを含め、全米で1年間に計250万人近い労働者が職を失うとの推計を発表したとのことである。
推計では米大手が雇用する約24万人や、部品メーカーなど関連業界の約80万人に加え、景気悪化の波及で140万人超が失業。事業規模半減から3年の間に、個人所得約2,750億ドル(約27兆円)が減少し、税収減は1,000億ドル超に達すると試算している、とのことだ(同じく共同通信より)。
オバマ氏の当選後、記者発表前に合わせた形で発表されたこうした数値は、労働者の雇用を守ることに大きな意義を感じる同氏にとっては見過ごせなかったのではないだろうか。
更に書籍の内容に戻れば、オバマ氏は米国のエネルギー政策上石油に依存することの問題点を指摘しつつ、この消費の大きな部分を占める自動車産業での代替燃料開発の重要性と、この先行投資に伴う雇用の創出について以下のように述べている。
「ここ何年か、アメリカの自動車メーカーと自動車労組は機械設備の改善に費用がかかるという理由で燃費基準を上げることに抵抗してきたし、デトロイトはすでに退職者の莫大な医療費と厳しい競争にもがき苦しんでいる。
だから、上院議員になった 1年目、わたしは「ハイブリッド車・医療費交換法案」と名づけた、アメリカの自動車メーカーと取引する法案を提出した。退職した自動車工の医療費に連邦助成金を出すのと引き換えに、ビッグスリーはそれで浮いた資本をもっと燃費効率のいい車の開発に投資するというものだ。
代替燃料源に積極的な投資をすれば、何千人何万人分の新しい仕事を創り出すことができる。今後 10年から 20年でゲイルズバーグにあるメイタッグ社の古い工場は、セルロース・エタノール精製所としてもういちど扉を開くことができるかもしれない。
通りのすぐ先では、科学者たちが新しい水素燃料電池に取り組み、研究室で多忙な時間を過ごしているかもしれない。道の向こう側では、新しい自動車会社がハイブリッド車の量産に忙殺されているかもしれない。
新しい技術の訓練と世界に通用する教育、小学校から大学まで、を受けたアメリカ人労働者が創出された新しい仕事の必要に応えているかもしれない」。
【デジタル思考での、YES/NOではない】
オバマ氏の基本的発想は、政治が Yes か No のデジタル化しすぎているというものである。
例えば、減税か増税。小さな政府か大きな政府。生産性と分配の構成、パイの拡大とパイの切り分け。野放し状態の開発やドリルによる掘削や露天掘りといった活動を支持するか、経済成長を阻害する窮屈な官僚式の過剰な環境保護を支持するか。抑圧的な国営経済か、無秩序で容赦のない資本主義か。
こうした事象をロジカルに漏れなくダブり無く切り分けて、論点を明確にしながら政治家をはじめとした主張者が、敢えて一つのスタンスを取りつつ議論を通じて主張の角(かど)を取っていく民主主義的な意思決定プロセスについて弁護士であるオバマ氏は当然認識していると思われるものの、敢えて言えば、物事の両面を配慮しながら、相手に対するエンパシー(共感)を維持しつつ政策論争を続けることが、結果的に行動につながる最適解を模索する上では大切であると考えているようだ。個人的には、これは極めてこれまでの米国的ではないやり方であると考えるが。
強いて懸念を挙げるとすれば、外交での弱腰や実際の決断力(結局 Yes か No かの決断はリーダーであれば迫られることになる)という観点で、この考え方が行動としてどのように反映されるか、ということであろう。
【日本としてどうすべきか】
一部報道では既に、(従来民主党はどちらかと言えば大きめの政府で保護貿易を志向する傾向にあるものの)オバマ政権に対する保護貿易の懸念を感じさせるコメントも幾つか見られる。
しかし、これまで見てきたようにオバマ氏の信念が、
1.労働者からの搾取や児童の労働などを手段として獲得した競争力には嫌悪を感じる反面
2.適切な努力や技術革新に基づき、広い範囲の人材に対して一定レベルの所得が分配される仕組みは尊重
という 2 点に立脚しているとすれば、日本として(日本の自動車産業としても)、例えば米国における教育投資や技術移転などに取り組む形で貢献しながら、現地での現地人の雇用を創出することが大切であろう。
また、中国や南米といった地域における不当な労働条件や人権侵害などが前提となった安価で不当な生産コストの改善や、付加価値を生む知的所有権の保護といった領域では、共闘可能であると思われる。
しかし、これまで以上に付加価値の分配を労働者に厚く強いる法制や政府として徴収した税の分配を低所得者に厚くする方向に傾くとすれば、直近での経営上の対応は難しく、もしかするとこれまで通りの利益水準を求めることは難しくなるかもしれない。
しかも、トヨタ自動車ですら営業利益で通年見通し 1 兆円下方修正といった大幅な業績下方修正を強いられている現状からすれば、もしオバマ政権がビッグ 3 のみを(今回の環境対策の緊急支援融資同様)優遇する措置をとり続ける場合は、日本政府としても競争環境をパリティに持っていく必要も含めて検討しておく必要があるだろう。
<長谷川 博史>