自動車業界が支える雇用の現状と対策

◆トヨタが海外で正社員を削減。1,000 人を超える規模になる可能性があるとのこと。

<2009年 1月 23日日本経済新聞他掲載記事>
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トヨタが海外で正社員を削減するとのことだ。1月 23日付日経新聞記事などによると、1,000 人を超える規模になる可能性があるとのことで、戦後混乱期を除いて初めてとなる。

世界レベルで需要が 3 割縮小する中、生産台数を 4 割単位で削減しながら供給能力を絞り、在庫を減らしコストを削減するといった対応の一環であるが、既に実施済みの非正規雇用(アルバイト、派遣、請負など)での削減レベルは、当社の試算では単体ベースで 6 割、連結ベースでも 14% 弱にまで至っている。

*試算前提

メーカー      連結従業員数      内、臨時従業員数(連結)
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・トヨタ     403,718人           87,597人
・ホンダ     202,754人           23,794人
・日産      180,535人           21,308人
・スズキ      63,238人           12,997人
・マツダ      39,364人           正社員の10%未満
・富士重工業   30,029人           3,625人
・ダイハツ工業  46,217人           9,052人
・三菱自動車   39,578人           6,376人
・三菱ふそう   16,800人              -
・いすゞ自動車  28,608人           4,896人
・日野自動車   35,442人           10,873人
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合計      1,086,283人           180,518人

1.雇用調整対象 約24,650人
2.臨時従業員比 13.7%(24,650人/180,518人)
3.単体臨時従業員数 40,854人(11社合計の単体での臨時従業員数合計)
4.単体臨時従業員比 60.3%(24,650人/40,854人)

出典:従業員数は各社 2008年 3月期有価証券報告書他の単体従業員数を記載。リストラ対象は各紙報道による。但し、両者における従業員の定義は必ずしも一致するものではない。

現在の欧米における需要低迷が継続する限り、自動車各社は広告費用の削減や接待交通費使用の実質禁止などに加えて、今後は賃金カットを実施のうえ、国内での正社員削減をも視野に入れた調整を進めるであろう。

【需要をどこに求めるか】

一方、今後日本自動車産業がどこに需要を求めるかという観点で言うと、大きく 3 つに分かれる。

一つは欧米市場である。オバマ大統領が矢継ぎ早に繰り出す需給ギャップ対策への期待の大きさは財政出動による有効需要創出への一点に尽きる。金融危機以前から「雇用」を重視してきたオバマ大統領が将来投資の先行という形で需要・所得を支えるためにあらゆる努力を払うであろうことは以下リンク先の過去筆者コラムにあるとおりである。

『オバマ次期大統領著書 2冊、合計 958 ページから読み取れるもの』

だが、米政府の支出を担保する裏づけとなる収入に欠け、ファイナンス手段としての米国債の購入者が存在しないという根本的な課題が残る中、通貨の増刷に伴うドルそのものへの信認劣化という問題を抱えながら、結果としての恐慌との間の薄氷を踏みながら歩いていく危うさを指摘するメディアは少ない。

二つ目は BRICS を中心とした新興国である。ブラジル、ロシア、中国、インドは 08年の 9月のリーマンショック以降、月次ベースでの販売台数は米国同様に減少傾向にあるが人口に対する自動車の普及率と、人口そのものの増加傾向という観点では長期的には需要は必ず戻すと思われる。ただし、資源価格や米国という市場そのものへの供給基地としての位置づけという観点でいうと、短期的な回復は困難であると思われる。

三つ目は、内需拡大である。

【国内需要喚起のためには】

一つ目、二つ目の海外展開における需要を求めるエリアについては、他国での制度の問題なども絡むことから一旦置いておくとして、内需拡大策という観点では何をするべきだろうか。

当社では 09年 1月 20日の本誌にて、「販売会社の直接業務の集約化による固定費の削減」という異なる視点でアンケートを実施したところ、「車両販売業務は郊外のショッピング・モールなど、集客力がある施設(乃至はその周辺)に集約し、営業人員の最適化を行う(いわゆる街中のディーラーでは車両販売は行わない)」という回答が多く、全体の 4 割強を占めた。

回答数    %
—–    —-
・車両販売業務を集約             52      41%
・サービス業                    31      24%
・直接業務を集約                14       11%
・間接業務の集約のみ              24       19%
・集約化は進めるべきではない         5       4%
・その他                       2       2%
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・合計                       128      100%

このうちコメントを 2 つほど紹介する。

【ご意見 1.】
「少なくとも車両の展示・販売などは、郊外のショッピングモールにでも集約すべきです。出来れば各メーカが全て出そろうスタイルが望ましいと思います。(モデルハウスの展示場なんかにはありますね。)現在の狭い街中で道交法違反の車両の積み卸しもなくなって欲しいですし。今までのディーラー跡地は、(ユーザの利便も考え)車検や整備などのサービス工場に特化したらどうでしょうか。」

【ご意見 2.】
「ユーザーから見て車両販売は通常は 3年以上に一回しかないので大規模ショールームなどに集約してもあまり問題はないが、サービスは日常点検整備についてはサテライト店などに分散すべき。車検、重整備については大規模ショップに集約可能。間接業務はもちろん集約すべきだと思う。」

ユーザー側からすれば、現在のように複数のディーラーを渡り歩きながら商品を確認するプロセスを踏んでも、全ての色・オプションの車を気軽に試乗して、欲しいと思ったときには購入・即時使用できる状態ではないことから、上に掲載させて頂いたような大規模展示場やショッピングモールの活用といった意見は(一部メーカーでも既にトライアルは行いつつあるが)こうした課題を解決する手法の一つである。

また、本コラムで何度か述べさせて頂いているが、税金コストそのものの削減に加えて車両を資産として第三者機関(国)に対して登録する際の封印手続きの簡素化や抜本的な買い方改善などもあるだろう。

『欲しい車を特定したうえでディーラーを訪ね、契約書に押印したら納車まで平均何日待たされる?』

更に、車を使用する環境やライフスタイルそのものの変化への対応を、インフラ整備やレンタカーやカーシェアリングといった手段を以ってして行うことも大切である。

【国内自動車流通での人員・設備過剰状況】

こうした内需拡大を模索しつつも、実態としては足元の国内流通コストが依然大きい実態がある。

トヨタの業績急減速に際して、過去の海外における生産拠点の急拡大に伴う固定費の増大は「トヨタの GM 化であった」といった議論が一部無責任なマスコミで展開されているが、海外需要が増加しつつある中で今の需要 30% 減を予測して完璧に準備をしていた企業などは存在しないことを考えれば、これはアンフェアな話である。しかし金融危機以前から停滞しつつあった国内市場でのトヨタの販売・流通網における供給能力のみに限定すると、この指摘は正しい。

下の表は、2003年と 2008年の自動車メーカー 4 社の国内ディーラーの法人数・店舗数及び店舗当たり販売台数の増減を示したものである。

法人数   店舗数   台数/店    台数/店/月
トヨタ     -18      +205       -64          -5
日産     -40      -333       -21          -2
ホンダ    -178     -84       -28          -2
マツダ    -94      -149       0           0

出典:自動車年鑑、自販連・全軽自協データを基に、当社にて試算

これを見ると、トヨタのみが 5年の間に店舗数を寧ろ増加させているのが分かる。また、店舗当たりの販売台数の減少幅もトヨタが最大となっおり、シェアナンバーワン企業のパワープレイ定石戦略であったとしても、流石に拠点単位で年間 64台、仮に新車の変動粗利を 10 万円としても粗利での▲640 万円 /年の悪化は国内ディーラーの平均営業利益 /年が生存ギリギリラインの 1,000万円であることを考えると、これの実に 64% を毀損させる大きな数字であることから厳しいことがわかる。

トヨタもこの実態は十二分に認識しているが、特にオーナー系企業の比率が高い自社流通網の統制という観点では他社と比してやりにくいという側面はあるだろう。

1月 20日、正にオバマ大統領誕生の日、トヨタでは豊田章男副社長の新社長昇格発表が行われたが、翌日の 1月 21日の豊田章男副社長は、全国トヨタ販売店代表者会議に国内営業担当として参加しており、当該会議で「全ての販売会社を救うことができないかもしれない」という趣旨の発言を語ったとのことだ。

因みに、ディーラーの店舗当たりの従業員数は平均 17 人、このうち営業員が 6 名程度となっている。つまり、自動車メーカー 4 社傘下だけで 従業員総数 20 万人、うち 1/3 強の 7 万人弱が営業員である。

バックエンドは集約するにしても、前述の販売現場における手法の抜本的改革を行うことで営業員数を最適化しつつ、より高い付加価値を提供出来る仕組みを検討することは、自動車メーカーにとっての流通コスト全体を削減しながらディーラーとって拠点採算を改善するという観点からもマストである。

【日本全体の自動車関連総就労人口で見ると】

以下は、日本自動車工業会の「日本の自動車工業」の各年版から取った、日本の自動車就労人口と、全就業人口の比較推移である。

(単位:万人)

年     自動車   全就業人口   比率
2002     537     6,412     8.4%
2003      513     6,350      8.1%
2004      507     6,432       7.9%
2005     491     6,016     8.2%
2006      486    6,329      7.7%
2007      495     6,356     7.8%
2008      501     6,382     7.9%

直近 2006年 → 2008年 の自動車関連就労人口増加(+15 万人)の最大要因は自動車メーカーを中心とした製造部門での増加の 11 万人である。

因みに製造業への派遣が認められた(労働者派遣法が改正された) 2004年と2008年の比較における自動車製造部門での就労人口増加数は +17 万人であり、冒頭述べた 2008年 3月時点の自動車メーカーの臨時従業員数の 18 万人と近似値であることから、2004年並の稼動へと戻るとすれば当該 18 万人がそのまま合計で削減されてもおかしくない。

また 1990年時点での日本メーカーにおける日本 vs 海外生産台数の比率は 80.5%vs.19.5% であったものが、2007年時点ではこれが 49.4%vs.50.6% にまでなっている(しかも、日本生産の多くが輸出に回されているのが実態である)。

今回の金融危機以前の問題として、過去幾度も経験してきた円高局面には、生産拠点そのものが海外に移転してきたことに伴う雇用の流出、税収の低下といった所謂「国内空洞化」の危機が叫ばれてきたが、この流れは変わることはなかった。

仮に各国が内向きに自国の雇用を守る動きを更に見せれば同様の議論が今まで以上に展開される可能性がある。グローバリゼーションは相互依存を前提に平和を生み出すと筆者は信じているが、大恐慌時の「ブロック経済化」の影が忍び寄るとすれば、今後の世相に不安を感じるのは見当違いだろうか。

<長谷川 博史>