自動車業界ライブラリ > コラム > くるま産業”次代”への羅針盤 『開発費の透明化(3)』
くるま産業”次代”への羅針盤 『開発費の透明化(3)』
弊社親会社であるアビームコンサルティングが、自動車業界におけるモノづくりから販売、マーケティングに至るまで、“次代”への示唆をさまざまな角度から提案していく。
アビームコンサルティング ウェブサイト
http://www.abeam.com/jp/
第 1 弾は、アビームコンサルティング製造/流通事業部の川本剛司が開発費の透明化について 5 週に渡って紹介する。今回はその第 3 回にあたる。
——————————————————
第 1 弾『開発費の透明化 (3)』
前回まで、自動車業界における開発費の種類と管理の難しさについて述べた今回は、開発費を管理(見える化)する事による利点を、車両メーカ/部品サプライヤにおけるステークホルダー別に整理する。その上で次回は、その利点を実現するための開発費管理方法を、例を挙げて考察する。
【車両メーカにおける車両開発費管理の利点】
『車両メーカ経営層の視点』
(1)プロジェクト特性に応じた車両開発費の把握が可能
プロジェクト毎に開発費総額を見える化する事で、プロジェクト特性に応じて開発費を把握する事が出来る。更に、開発費をプロジェクト特性に落とし込んで管理する事で、戦略的・主体的に参入領域或いは事業機会の取捨選択を決定する際の大きな指針となりえる。また、製造原価や販管費等の費用に加え開発費も精度良く予測する事で、戦略的な車両価格設定も実現可能となる。
(2)自社開発領域の決定要素となる
限りあるリソースで最善の結果を出す為の、車両開発内外製化判断基準としてデータを使用する事が可能となる。
例) A 車は全開発工程内製、B 車は一部開発工程外注で開発サイクルを回して、共に不具合無く市場投入に成功した場合において、B 車の方がコストパフォーマンスに優れていれば、今後も当該開発工程は外注する方が良策といえる。
(但し、自社でノウハウを構築・蓄積すべき領域でない場合に限る。)
『車両開発責任者の視点(車両企画部門)』
(1)期間毎の車両開発費の把握が可能
プロジェクト内の期間(企画フェーズや試作フェーズ等)毎に開発費を見える化する事で、各フェーズでの所要開発費を把握する事が出来る。これにより、月/年単位での開発費の管理に加え、フェーズ単位で開発費の管理が可能になる。例えば、次月/翌年に計上される開発費が、どのフェーズの費用なのか、またフェーズ単位で見て、予測(予算)に比して多く(少なく)なるのかどうかを把握する事が出来る。
『車両開発担当者(各設計・製造・評価担当者等)の視点』
(1)開発費の管理項目に対する傾向値把握及び予測が可能
各管理項目に対し、複数車両の実績を比較する事で、開発費の傾向値を把握する事が出来る。それと共に、類似開発車両の実績から担当車両の開発費予測を実施する事も可能となる。
(2)過去実績の振返りによる複数車両開発費の分析が可能
過去実績を振り返って、特定車両の開発費が非常に大きければ、その要因を解析し、次プロジェクト等に反映させる事が可能となる。
例) A 車と 他車で開発費に大きな乖離が発生した場合、その要因がある部品の試作フェーズ中の仕様変更にあった、というように開発費増加の要因を特定することができる。それにより、車両開発担当者は、次プロジェクトにおける開発費増加を避けるため、当該部品の仕様を試作フェーズ前までに Fix させておくよう業務推進する等の対応が可能となる。
【部品サプライヤにおける部品開発費管理の利点】
『部品サプライヤ経営層の視点』
(1)部品毎の開発費総額の把握が可能
各納入先への部品(核となる自社基盤技術と納入先要件に基づく技術の融合)に対して開発費総額を見える化する事で、(切り口の設定方法にもよるが)自社基盤技術領域に対する開発費と納入先要件に影響を受ける技術領域に対する開発費を切り分けて把握する事が出来る。
その事は、事業や基盤技術について、今後どの領域に参入するべきなのか、取捨選択を決定する大きな指針の一つとなりえる。
『部品開発責任者の視点』
(1)部品開発受託費の消費状況把握が可能
部品の開発自体を受託する場合、長期間に渡る開発の中で、受託費総額に対する現時点(各フェーズ)における開発費の消費状況をタイムリーに把握し、残期間での消費計画を見直すことが可能となる。
『部品開発担当者(各設計・製造・評価担当者等)の視点』
(1)開発費の管理項目に対する傾向値把握及び予測が可能
車両開発担当者と同様に、過去実績比較を実施する事で、対象管理項目/フェーズでの開発費傾向値の把握が可能になると共に、類似開発部品での実績から担当部品の開発費予測を実施する事も可能となる。
(2)仕様差による開発費差異の把握が可能
複数納入先に類似部品を供給する場合等、納入先別の仕様差異による開発費相違がどの程度であるか?を詳細に把握する事が可能となる。(特に、基盤技術や基盤部品が同一である場合)
『車両メーカへの部品供給営業担当者の視点』
(1)販売価格決定の重要な基準となる
部品の販売価格は、車両メーカとの厳しい価格交渉を経て決定される。原材料価格変動の影響を大きく受けると共に、部品出荷数も車両の市場販売台数に大きく左右される為、開発時(特に初期段階)において、どのような価格を車両メーカへ提示するのか?が非常に重要である。
その際に、開発費を詳細に把握出来ている事や可能な限り詳細な予測値を持っている事は、車両メーカとの価格交渉の際の重要な基準となり得る。
(2)開発受託費決定の重要な基準となる
開発受託前に、開発期間トータルに及ぶ開発費の予測を過去の経験値に基づき、ある程度細かい粒度で実施する事が出来れば、部品開発受託費の価格交渉における重要な基準となると共に、更に受託費に応じた仕様を提案することが可能となる。
管理項目(切り口)を多種多様に持つ事により、上述以外のもっと違った観点での「嬉しさ」も勿論出てくる。重要なのは、車両メーカ/部品サプライヤにおける各ステークホルダーの立場から、各社の求める「嬉しさ」を詳細に把握出来る仕組みを構築することであろう。
その「嬉しさ」を具現化できれば、上述した例のように、今後の事業戦略策定から日々の業務推進まで、様々な恩恵を受けられる事が分かる。
第 1 話から第 3 話までを通じ、自動車業界における開発費管理の意味合いやその難しさ、”見える化”による利点を車両開発費と部品開発費という大きな2 つの視点で考察してきた。次回は開発費を管理する際の代表的な視点(切り口)について、具体的に述べていきたい。
<樋口 穣>