自動車業界ライブラリ > コラム > 今更聞けない財務用語シリーズ(18)『ストックオプション』
今更聞けない財務用語シリーズ(18)『ストックオプション』
日頃、新聞、雑誌、TV等で見かける財務用語の中でも、自動車業界にも関係が深いものを取り上げ、わかりやすく説明を行っていくコラムです。
第18回の今回は、ストックオプションについてです。
——————————————————————————–
ストックオプションとは新株予約権のことであり、予め定められた価額(権利行使価額)で会社の株式を取得することのできる権利を付与することである。本来の意味とは別にストックオプションと言えば、従業員や役員に当該権利を付与することを言い、従業員や役員はその権利を行使し、株式を取得、売却することでキャピタルゲインを得る事ができる為の報酬制度を指すことが多い。
ストックオプション制度は、株価の向上を目指す大企業や上場を目指すベンチャー企業で多く採用されており、株価向上や上場を目指す株主の方向性と従業員や役員のインセンティブを同じベクトルにすることでその効果を最大限発揮させようという報酬制度である。
制度の仕組みは以下の通りである。
1.会社の取締役や従業員に対して新株予約権を無償で発行。
(株主総会の特別決議が必要)
2.株価が上昇(もしくは上場)し、権利行使価格を上回った時点で取締役、従業員は、会社に対して権利を行使する。
3.会社は、権利行使を受け、新株あるいは、会社の有する自己株式(金庫株)を権利行使した取締役、従業員に交付。
4.取締役、従業員は権利行使で取得した株式を市場で売却することでキャピタルゲインを取得する。
では、ストックオプションにはどのようなメリット、デメリットがあるのだろうか。
・メリット
1.インセンティブとしての効果
ストックオプションを保有する従業員、取締役の利益が株主が目指す上場や株価向上と直接連動している為、株価や上場の為に業績の向上に注力することでインセンティブとしての効果が期待できる。
2.人材確保や流出の防止効果
会社の業績向上に伴い株価が上昇(もしくは上場する)ことにより報酬額が変動する制度であり、特にベンチャー企業が上場する場合には巨額の報酬を得られる可能性もある為、優秀な人材の確保や流出を防ぐ効果が期待できる。
・デメリット
1.従業員の士気と経営陣のモラルの低下
付与基準が明確でなかった場合や、付与後に株価が従業員の努力にも係わらず、株価が上昇しない(上場できない)場合に従業員の士気が下がってしまう可能性がある。
また、経営陣が報酬の増大化を考えるあまり、不当な決算処理や株価対策などを行うなど、モラルが低下してしまう可能性がある。
2.コア人材の流出
上記メリットに優秀な人材の確保とあるが、一方でベンチャー企業が上場し、一旦巨額の報酬を得た後にその優秀な人材が辞めてしまう可能性がある。
では、自動車業界ではどのようにストックオプション制度が運用されているのだろうか。自動車メーカーではトヨタ、日産、マツダの例を見てみる。
1.トヨタ
(1)行使価額と行使期間
行使価額は直近3年間ではそれぞれ、2,958 円、3,116円、4,541 円となっている。なお、行使期間は 4年である。
(2)行使条件
1.権利行使時まで、割当を受けた時点に在籍していた会社における従業員、取締役、またはその他これらに準ずる地位にあること。但し、退任、定年退職、転籍の場合はこの限りでない。
2.新株予約権の相続は認めない。
3.その他条件は会社と新株予約権者との間で締結する契約に定める。
2.日産
(1)行使価額と行使期間
直近3年間では、それぞれ 880 円、932 円、1,202円となっている。行使期間は 7年である。
(2)行使条件
a 権利行使時まで、日産もしくはその子会社に継続して雇用されており、又は委任関係を保持していること。
b 日産の業績が一定の水準を満たすこと。
新株予約権者が個々に設定されている業績目標等を達成すること。
c その他条件は会社と新株予約権者との間で締結する契約に定める。
3.マツダ
(1)行使価額と行使期間
直近3年間では、それぞれ 263 円、317円、338円となっている。行使期間は 3年である。
(2)行使条件
a 従業員が自己都合で退職した場合を除き、地位を喪失しても権利を行使できる。
b 新株予約権行使申込日の前取引日の終値が 500 円以上であること。
c その他条件は会社と新株予約権者との間で締結する契約に定める。
行使価額は、発行日あたりの株価を基に算出されるものである為、各社各様になるものだが、上記の通り各社の行使条件も様々である。
日産自動車のように、経営者、従業員のコミットメントを行使条件に織り込み、インセンティブとしての効果をより高める手法を用いているようなものもあれば、マツダのように 2000年当時の株価500円を達成するまで現役・OBを問わず全社一丸となって時価総額を高めることにインセンティブを求めている場合もある。また、ホンダのようにストックオプションを導入していない企業もある。
ストックオプション、報酬制度はそれ自体が単体で議論されるべきものではなく、企業の価値観や全体戦略を実現するための手段、プロセスの一つとして設計、運用されていくべきものだが、自動車メーカー各社の設計、運用は正にそのとおりになっている。また、行使価格が実際に右肩上がりになっているということは実際の株価が右肩上がりに上昇してきていることを示しており、運用上もうまく機能していることを示している。
より難しいのは、ベンチャー企業におけるストックオプションの設計と運用であろう。ベンチャー企業の場合は、企業戦略がよくいえば柔軟、悪くいえば触れが大きい。また、人材の確保が最重要課題になりがちであることから、企業戦略とストックオプションを含めた人事制度、報酬制度の間にねじれや矛盾が生じる可能性がある。その場合は、上記のデメリットが表面化することになり、結果として企業戦略全体を損なう恐れすらある。
正解はないが、ベンチャー企業においてストックオプション設計を行なう際には途中で制度の抜本的見直しや廃止を行なわざるを得ない局面も想定した柔軟性のある制度設計が必要になるだろう。
<篠崎 暁>