企画品質の時代

(J.D.パワー・アンド・アソシエーツの 2005年米国自動車
初期品質調査 SM、トヨタが18部門中10車種でトップ)

<2005年05月19日号掲載記事>

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【IQSに関する報道記事】

5月 19日、米調査機関 J.D.パワー・アンド・アソシエーツ(以下 JDPA)が恒例の米国自動車初期品質調査(IQS)を発表した。今回は 2005年モデルが対象で、例年通り購入後 90日間の初期不具合の件数を 100台あたりの指数で表示しており、数字が小さいほど初期品質が優秀なことを示している。
JDPA では、セグメント別、工場別にも IQS を集計しているが、ここではブランド別のランキングについてのみ記述する。

初めに今回の見所がどこにあったかについて触れておこう。主に次の 3 点である。

(1)過去2年連続トップのレクサスが今年も首位をキープできるかどうか。
(2)昨年韓国現代に敗れたトヨタが今年は再逆転するかどうか。
(3)昨年起亜をも下回る 32 位に低迷した日産が今年はどこまで回復するか。

結果は以下の通りである。
1 位レクサス、2 位ジャガー、3 位 BMW、4 位ビュイック、同率 5 位キャデラック、同メルセデス・ベンツ、7 位トヨタ、8 位アウディ、9 位インフィニティ、同率 10 位ハマー、同現代、12 位ホンダ、・・・同率 16 位ジープ、同マーキュリー、同日産、・・・。

即ち、上記の見所に対する答は以下の通りである。
(1)レクサスは今年も首位をがっちりキープ。
(2)トヨタは現代を再逆転。
(3)日産は業界平均並みまで急回復。

昨年の日産には異常事態が起きていた。中期計画「日産 180」に対応して米ミシシッピ州のキャントン工場で、2003年~ 2004年にかけて 4 車種の新型車を立て続けに立ち上げたために品質トラブルが相次ぎ、日本から 200 名以上のエンジニアを派遣して問題を乗り切った。今年の改善はその成果であろう。

とここまで書いてくると、品質は日本車のコア・コンピタンスであり、今後も品質に一層の磨きをかけて不滅神話とするべきである、といった論調が出てきても不思議ではない。実際、JDPA は今回の結果発表にあたり、「メーカーはこれに満足するべきではない。」「油断すれば他社に後れを取ることになりかねない。」というコメントをつけている。

【品質に関する構造的解釈】

だが、筆者の見解はやや異なる。

第一に、初期品質における日本車のリードは絶対ではない。
確かにレクサスは今年も首位をキープしたが、今年の二位であるジャガーとのスコア差は 100台中 7 ポイントに過ぎない(昨年も二位のキャデラックとの差は 6 ポイントであった)。また、今年確かにトヨタは現代を再逆転したが、これは現代が昨年より 8 ポイントスコアを下げたことが理由でトヨタ自体も昨年より 1 ポイントスコアを下げているし、昨年現代より上位にあったホンダはオデッセイのモデルチェンジもあって今年は現代を下回っている。トヨタ、ホンダを除けば日本車で業界平均以上にあるのは毎年順位を下げている日産のインフィニティ・ディビジョンだけである。

第二に、初期品質のスコアは業界全体で毎年縮まっている。
毎年の IQS の標準偏差の推移を見ると、2003年 26 → 2004年 23 → 2005年18 と年々縮小している。トップと最下位のスコア差も、2003年 149 → 2004年86 → 2005年 70 とこれも縮小してきているのである。

要するに日本車にとっても米国自動車業界全体にとっても差別化要因としての初期品質の重要性は薄れてきているということである。
そして、それにも拘らず、日本車は売れて米国車は売れないなど、販売台数と業績の格差は寧ろ拡大しているという事実を踏まえると、品質に関する認識を一度構造的に整理しなおしてみる必要があるのではないだろうか。

自動車の品質には 6 つの品質があると筆者は考えている。
企画品質、開発品質、製造品質、使用品質、セールス品質、サービス品質の6 つである。このうち製品の品質に関わるものが開発品質、製造品質、使用品質であり、マーケティングの品質に関わるものが企画品質、セールス品質、サービス品質で、宣伝・広報やチャネル政策・ディーラーの店構えや販売活動はセールス品質に、ポストセールス(販売後)のメーカー・ディーラーの活動の品質はサービス品質に分解されると考える。

一般に品質とは、その工程に求められる役割をどれだけ高い水準でどれだけむらなくこなせるかということだから、「企画品質」とは市場・顧客の(潜在的)要求をどれだけ高水準にむらなく忠実に製品の仕様書に落とし込めるかということである。
同様に、「開発品質」とは仕様書をどれだけ忠実に設計図に落とし込めるかであり、「製造品質」とは設計図に対してどれだけ忠実な製品をラインオフできるか、そのために部材、工程、工数、設備をどのように設計し、工場でどのように運用するかが鍵になる。
「使用品質」とは、新車時ではなく、経年劣化後の品質のことで、「企画品質」に内在すべきものだが、「サービス品質」にも依存する。
「セールス品質」とは、商品企画(仕様書)に対してどれだけ忠実なメッセージを市場・顧客に対して発信できるかという品質であり、「サービス品質」も商品企画(仕様書)に基づきどれだけ忠実なカスタマー・リレーションが構築・維持できるかという品質のことである。

今一度、6 つの品質相互の関係を見ていただきたい。次のような構造になっており、最も右側の矢印の先にあるのが顧客接点における品質、即ち顧客が直接感じることの出来る品質になっている。

(1)企画品質→開発品質→製造品質
(2)企画品質→セールス品質
(3)企画品質→サービス品質*
(4)企画品質+サービス品質→使用品質 *(3)より企画品質→使用品質

【企画品質の時代】

自動車メーカーの中でもモノづくりに関わっている人々は IQS に一喜一憂しがちであるが、IQS はあくまで品質の一部に過ぎない。大まかに言えば、JDPAが計測している IQS とは、上記の(1)にあたる顧客接点における品質、つまり「開発品質」と「製造品質」のみである。

「開発品質」と「製造品質」から成る IQS のスコアでクルマが売れるわけではないことは、今年に入って 4月までの 4 ヶ月の新車販売実績でも明らかである。

4 ヶ月の累計販売台数の昨年同期比増加率でブランド別にトップ 10 を取った場合(年間販売台数 1 万台以下のニッチブランドを除く)、1 位はサイオン(若者向けのトヨタ第三ブランド)、2 位はミニ、3 位はクライスラーで、以下日産、マーキュリー、現代、スズキ、トヨタ、起亜、アキュラと続くが、この 10 ブランドのうち IQS が業界平均以上だったのは現代、トヨタ、アキュラの 3 つだけである。スズキに到っては今回 IQS の最下位であった。

逆に IQS のトップ 5 の販売台数前年同期比増加率ランキング(全 36 ブランド)を見ると、最高位がキャデラックの 14 位であり、その他の 4 つはレクサスを含めて全米平均以下、うち 3 つは前年同期比マイナスになっている。 このことは、「開発品質」「製造品質」の高い車を作れば売れるというわけではなく、逆に「開発品質」「製造品質」が低くても売れる車が存在することを示している。その背景に全ての品質の原点である「企画品質」があるのではないかという仮説が成り立つ。次の実例で考えると分かりやすいかもしれない。

数年前にある自動車メーカーが独身の若い男性向けの製品を発表した。「製造品質」(従って間接的には開発品質も)の評価は悪くなかった。だが、結果としてこの製品を買ったのは既婚の中年女性であったし、台数も計画を下回った。

「製造品質」を評価するのは実際に購入した顧客である。その人たちは仕様書を評価し、製品も気に入ってくれたが、本来のターゲット・カスタマーは買ってくれていないから評価の母体にすら入っていない。

もしかすると、「セールス品質」に問題があって、ターゲット・カスタマーにリーチできなかったのもかもしれないが、仕様書に別の顧客層が反応した結果を見ると、そもそもターゲットの設定自体や、ターゲットの(潜在的)要求の吸い上げや、吸い上げた要求の仕様書への落とし込みに問題があった可能性も大きい。それが「企画品質」の問題である。

日本企業では往々にして商品が売れないとなると、モノづくりの側にいる人々は「売り方が悪いから売れない」と言い、マーケティング・サイドの人々は「いいクルマがないから売れない」と不平を言いがちである。そして、どちらの側の人たちも多くの場合、高品質の仕事をしている。
このような場合は、原点に立ち返って「企画品質」をレビューしてみる価値があるのではないだろうか。商品企画部門の構造に組織的な問題があったり、リソースの配分や意思決定のメカニズムに問題があったりはしないだろうか。

初期品質での優位が差別化要因にならなくなった今こそ、原点に立ち返った「企画品質」のレビューの好機である。

<加藤 真一>