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「軌跡と構造」-クルマ社会の複合図-(2)「モータースポーツを支えた文化」
これまでさまざまな要素の影響を受けながら、クルマ社会は世界各地で発展を遂げてきました。
いすゞ自動車にて国内マーケティング戦略立案等を経験したのち、現在は住商アビーム自動車総研のアドバイザーとしても活躍する中小企業診断士、小林亮輔がユーザー、流通業者、製造業者という立場の異なる三者の視点に日米欧という地理的・文化的な視点と時間軸の視点を加えつつ、クルマ社会の構造の変遷とその将来を論じていくコーナーです。
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第2回「モータースポーツを支えた文化」
【モータースポーツの魔力】
10月5日~8日、鈴鹿サーキットでF1日本グランプリが開催され、今年、引退することを表明したミハエル・シューマッハのフェラーリが、終盤、エンジントラブルでリタイア、ルノーを操るアロンソが優勝したことは皆さんの記憶に新しいことと思います。サーキットに響くエグゾースト・ノートは心地よさとともに人々を興奮の頂点へと誘う魔力があります。
さて、自動車に限らず、「モノ」はその歴史的・文化的背景を反映しています。モータースポーツに関わる高度な技術やドライバーの華麗なテクニックについて語るのはプロの評論家の皆さんにお任せすることにして、ここではヨーロッパにおいて自動車産業を支えてきた歴史的・文化的背景、とりわけ20世紀初頭に自動車産業の発展をめぐって激しい競争を展開したフランス、イタリアなどを中心にその背景を論じていきます。
【力強い支援者・スポンサーたち】
1890年、カール・ベンツがパリ博にガソリンエンジンを搭載した自動車を出展し、脚光を浴びました。4年後の1894年にはパリの新聞社プティ・ジュルナル社の主催によりパリ~ルーアン間で史上初のレースともいえるモーター・ラリーが、さらに翌年1895年にはパリ~ボルドー往復レースが開催されています。パリ~ボルドー往復レース開催後、その準備委員会を発展させる形でフランス自動車クラブ(ACF、Automobile Club de France)が結成され、モータースポーツに関するいくつかのルールが設けられました。世界各国のナショナル・クラブがそれらのルールに従うことにより、モータースポーツはヨーロッパを中心に普及・発展していきます。
初期のモータースポーツ発展にはフランスが大きく寄与しました。そのフランスの自動車文化に貢献してきたのは、革命以降台頭してきたブルジョワジーたちであり、新聞社、鉄道会社のみならず新興勢力の資本が力強い支えとなりました。これに対し、イタリアでは、古くから領土を支配してきた貴族階級層の資金力が自動車文化の強力なスポンサーとなりました。
【「馬なし馬車」に引き継がれた伝統】
初期の自動車は「馬なし馬車」と呼ばれた。この背景には馬を操る文化の影響があり、馬車づくりから受ける影響を否定できません。
「カロッツェリア(Carrozzeria)」はイタリア語で「自動車のボディを組み立てる工房」を意味します。その基盤となったのは王侯・貴族たちが愛用するオーダーメードの馬車作りを行う工房であり、フランス革命以前にはそうした工房がヨーロッパ各地にあったものと思われます。多くの国々では革命により最大の顧客である封建領主を失い、工房は衰退していきました。一方、そうした革命がなかったイタリアでは19世紀以降も上流階級層が莫大な資産を承継し続け、それにより「華麗な馬車づくり」の伝統は後世へと伝えることができました。こうした伝統のもとに現在の「カロッツェリア」が生まれ、今でも彼らの有力なスポンサーには上流階級層が名を連ねています。
【ロンシャンしますか?】
パリ郊外、ブローニュの森にロンシャン競馬場があります。ディープインパクトが「凱旋門賞」に出走することで話題になりましたが、そのロンシャンには 18 世紀末頃まで修道院がありました。ミサに参加する貴族や大ブルジョワが豪華な馬車に乗り、これみよがしに富を見せびらかしながらシャンゼリゼ大通りをパレードする習慣があったといわれます。当時、社交好きな上流階級層の間では、そのパレードに参加すること意味する「ロンシャンする」という言葉が流行したと言われます。
馬車が「馬なし馬車」(自動車)に変わり、競馬場がサーキットに変わっても、社交の場を求める文化は変わりません。歴史的なモータースポーツともなると、各国から政財界の名士や映画界のトップスターたちを集めて晩餐会が開かれます。晩餐会は「ロンシャンする」流れを汲んでいますが、その一方で、若いカップルから高齢者を連れた家族連れまで幅広い世代が会場に集い、ランチを楽しむといったサーキットの風景は社交の場を求める庶民的な文化を感じさせます。
【存在意義と文化】
ヨーロッパにはヨーロッパにおける自動車の存在意義があり、文化が形成されています。アメリカでも違った形で文化が形成され、アジアやアフリカでもそれぞれの文化が形成されつつあります。「日本における自動車の存在意義、文化は何か」をよく見極める必要はないでしょうか。繁栄する産業の基盤は社会資本や技術力だけではありません。その文化的な基盤を軽視すると、産業の行く末を見誤る恐れがあると思います。
次回は「アメリカにおけるモビリティの拡大」について論じます。
(参考文献)
ロドニー・ウォーカリー著 正田義彰/佐藤猛郎共訳「モータースポーツの歴史」二玄社 高齋 正著「モータースポーツ・ミセラニー」朝日ソノラマ 鹿島茂著「馬車が買いたい」白水社 トヨタ自動車株式会社広報部統括・企画G「クルマ文化に夢のせて」日刊工業サービスセンター
<プロフィール>
中小企業診断士。住商アビーム自動車総合研究所アドバイザー。早稲田大学商学部卒。いすゞ自動車で営業企画、マーケティング戦略立案等に従事。GMTechnical Centerに留学、各種分析手法を導入。
<小林 亮輔>