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think drive (8) 『BMW Hydrogen7 試乗インプレッション』
新進気鋭のモータージャーナリストで第一線の研究者として自動車業界に携わる長沼要氏が、クルマ社会の技術革新について感じること、考えることを熱い思いで書くコーナーです。
【筆者紹介】
環境負荷低減と走りの両立するクルマを理想とする根っからのクルマ好き。国内カーメーカーで排ガス低減技術の研究開発に従事した後、低公害自動車開発を行う会社の立ち上げに参画した後、独立。現在は水素自動車開発プロジェクトやバイオマス発電プロジェクトに技術コンサルタントとして関与する、モータージャーナリスト兼研究者。
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第8回 『BMW Hydrogen7 試乗インプレッション』
先月、BMWが水素エンジン車のHydrogen 7で日本全国を展示キャラバンすると発表したが、先日試乗する機会を得たので、今回のthink driveはHydrogen7の試乗インプレッションをお届けする。
まず諸元から。
ベース車両はBMW760i、6LV12エンジンを搭載したプレミアムサルーンだ。このBMW760iに対して水素を燃料としても走行できるように改造したのが BMW Hydrogen 7。水素を燃料として“も”と書いたのは、ガソリンで走行できる機能はそのままとしてガソリンで500kmの航続距離を持つバイフューエル車だ。このようにバイフューエル車にできることからも、水素エンジン車は基本的にはガソリン車と同様な形式であることがわかる。同じ水素を燃料とする燃料電池車に比べ実用化が早いと期待されているのはこのためだ。さて肝心の水素は液体状態で貯蔵される。-253℃、つまり絶対20度という極低温で液体状態を保持できる特殊容器に満タンで約8kgの水素が搭載される。約8kgといってもピンとこないと思うので(自分自身ピンときていない)ざっとガソリンに換算(熱量)すると、30L分くらいになる。この8kgの水素での航続距離は約200kmだという。
現在燃料電池車の水素搭載方法として圧縮水素が主流のなか、BMW Hydrogen 7の大きな特徴の一つといってもいいのがこの液体水素搭載方法だ。その特徴(断熱効果)を示すいくつかの“数字”を紹介してみたい。
・17m:この容器の断熱効果は厚さ17mの発砲スチロールと同一。
・13年:この容器に氷が入っていたら、完全に溶けるまで13年かかる。
・80日:この容器に熱湯で入れたてのコーヒーが入っていたら、飲みごろの温度になるまで80日かかる。
さて、エンジンは基本的にガソリンエンジンと書いたが、もちろんBMWお得意のダブルVANOS機構によって、ガソリン、水素の両燃料に対する最適化が行われている。また、耐熱性、耐磨耗性など、水素燃料に対する特別な対策もなされている。
そして出力は260psと十分な値を誇る。そして水素エンジンの最大の特徴は排ガスにある。化石燃料を燃料とするエンジン車は間違いなくCO2を排出するが、水素エンジン車はCO2排出量がゼロだ。今ではガソリンなどの化石燃料車でも炭化水素、一酸化炭素、窒素酸化物といった有害物質は限りなくゼロに近づけることが可能だが、二酸化炭素はそうはいかない。燃料中の炭素が空気中の酸素と反応して二酸化炭素を排出する。
いよいよ試乗してみる。運転席に乗り込みごく簡単なコクピットドリルを受ける。ほんとに簡単なドリルで、ハンドルについているH2ボタンが水素とガソリンの切り替えボタンで、水素で走行している際はインパネ中央下部にH2と表示される事、走行中にも切り替えが可能な事、水素の燃料計がガソリンの燃料計と並んである、という3点だけだった。
水素状態でセルを回すと、若干長めのセルの回転後、なにも問題なく始動し、安定したアイドリング状態を保つ。セルが長めなのは着火性が悪いのではなく、エンジン停止時に配管内の水素を空にしてから止めるので、その配管に水素が来るまでの時間だという。駐車場を出て、お台場周辺を走るがいたって自然、何の違和感もない。760iのフラットで重厚感のある乗り心地、滑らかさは微塵も変わっていない。後ろに重量のある液体水素容器を搭載しているのにもかかわらず、違和感を持たせないのは、サスペンションチューニングも専用にかなり行われた証拠だろう。
暫く流れに乗っていても7シリーズの素晴らしさが伝わってくるだけで水素特有の違いは感じない。あえて違いを探すなら、感じるのはエンジン音。水素はガソリンに比べ燃焼速度が速い。そのため負荷がかかっている状況では、ガソリンエンジンより高周波分が多い燃焼音となる。そして、トルクカーブに若干の違いを感じるくらいで、それ以上は見出せなかった。これらの違いも違和感や不満を覚えるといった要素は一切なく、1kmも走れば感じなくなっていた。
ボディに目立つように Hydrogen7とステッカーが貼られているためまわりの目をひくが、なによりも二酸化炭素を排出していないというところが心地よい。まあ、ステッカーが無ければだれもわかってくれないだろうが、排ガス中からは水しか出ていないというのが、繰り返しだが心地よい。まわりのガソリン、ディーゼル車が、二酸化炭素と水を排出しているところ、自分の乗っているクルマからは水だけだという優越感がたまらない。二酸化炭素も水も無色なので全くわからないのが残念なところだ。もっとも冬の始動時などは、水が露点に達して霧状に見えてしまうので、ガソリン車より排ガスが多いと勘違いされるかもしれないという余計な考えさえ浮かぶ。
このように乗っている際は二酸化炭素の排出を気にしなくて良いが、水素の一次エネルギーが何かを考えると、まだ手放し状態で喜べない。関東域にある水素ステーションはその可能性検討の意味もあり、色々な一次エネルギーから水素が作られている。多くは化石燃料だが、中には副生水素や水の電気分解がある。数多くある水素生成プロセスからあえて副生水素と水の電気分解を紹介したのは、これらのプロセスに期待しているためである。副生水素は現時点で現実的に供給可能なプロセスだからで、水の電気分解によるプロセスは電気の一次エネルギー次第ではリターナブルでカーボンフリーな水素ができるから、というのが理由。水素社会へむけては多くの課題があるが、リターナブル性とカーボンフリーな特徴にはどうしても期待に胸を膨らませてしまう。
なお、水素エンジンの将来性にはこのような環境負荷低減性能以外にも意外に高出力化の可能性があるという。BMWとしては吸気管気体噴射(現在)→吸気管液体噴射→筒内液体噴射というシナリオを持っている。途中を割愛して筒内液体噴射方式が実現できれば、水素が持つ強大な気化潜熱を吸気の冷却に使え、高過給が可能となり、なんと200ps/Lのエンジンも可能となるという。つまり排気量が2Lのエンジンもあれば、ガソリンの7シリーズ以上のポテンシャルを出せるというから驚きだ。
前回リポートした燃料電池車も十分完成度が高いが、そのコストを考えると、水素自動車が一歩リードしていると言える。十分実用性をもつHydrogen7だが、日本ではまだリース販売は考えていないという。欧州や米国では計100台規模の走行が予定されているというのに残念だ。しかしながら水素社会へむけた一歩としてのこの Hydrogen 7のイベントは大いに共感できる。
このイベントでは水素社会の実現へ向けて同調して頂ける人たちには署名活動を求めている。詳しくは下記URLにアクセスして、内容をご覧になり共感できれば署名してみてはいかがだろうか?
<長沼 要>