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脇道ナビ (6) 『作品の保護、観客の保護』
自動車業界を始め、複数の業界にわたり経験豊富なコンセプトデザイナーの岸田能和氏が、日常生活のトピックから商品企画のヒントを綴るコーナーです。
【筆者紹介】
コンセプト・デザイナー。1953年生まれ。多摩美大卒。カメラ、住宅メーカーを経て、1982年に自動車メーカーに入社。デザイン実務、部門戦略、商品企画などを担当。2001年に同社を希望退職。現在は複数の業界や職種の経験で得た発想や視点を生かし、メーカー各社のものづくりに黒子として関わっている。著書に「ものづくりのヒント」(かんき出版)がある。
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第6回 『作品の保護、観客の保護』
剃り残しの無精ひげ。禿げかかった髪の毛はボサボサ。おまけに毎日、同じファッションでも気にならない。そのため、元はデザイナーだったと言うと、「えー、岸田さんって美大出身だったの・・」と言われることは多い。そう、落ちこぼれとはいえ、美大は出ているので、未だにアートやデザインには興味を持っている。先日も妻と近所にある美術館に「明治の版画」という展覧会を見に行った。
明治の版画と言っても、伝統的な木版だけではなく、エッチング、石版、写真、写真製版など、さまざまな技術で表現された新聞、雑誌、本、ポスターなどが紹介されている。そんな「複製」を大量に作ることができるようになった新しい情報メディアの出現が明治という時代を作り上げたと言っても良さそうだ。そんな貴重な版画、印刷物に興味があって出かけたのだ。
入ってみて驚いたのは、その会場の暗さだ。壁の説明には「作品の保護のために照明を暗くしています」とあった。もちろん、古い絵画や彫刻などの展覧会場を暗くすることは珍しくない。しかし、そうした芸術品ならば多少暗くても全体が持つ雰囲気やメッセージは分かるので、それほど気にならない。それは、現代と違って、もともと建物の中が暗かった時代の作品であることからすれば、当然なことなのかも知れない。
しかし、今回のように文字の入った印刷物だと、話は違うはずだ。私や妻のように老眼が始まっている者たちにとって、薄暗いところで小さな文字を読むことはたいへんであるからだ。版画や印刷物に書かれている文字を読まないと、展示作品の意味や価値は分からないにもかかわらず、読めない。おかげで見終わるころには目がショボショボになり、ついつい前かがみになって見ていたために腰まで痛くなってしまった。作品の保護も大事だが、観客の保護もして欲しいと、突っ込みを入れたくなってしまった。
今どきの技術なら、作品を傷めないで、明るくする照明の技術くらいあるのではないだろうか?あるいは、展示品は保護のために暗くするにしても、どんなことが書かれているかを解説したパネルを脇に置き、それには明るく照明をあてるといった手もあるはずだ。
おそらく、作品を保護するというのは、専門的な知識や技術が求められるたいへんな世界なのだろう。しかし、そんな専門の世界にどっぷりと浸かっていると、他の世界が見えなくなってしまうことは多い。そうしたことは、私自身も身に覚えがある。たまには、冷静に自分の専門以外の世界を覗いてみるべきだろう。
<岸田 能和>