低価格車時代に求められるサプライヤの戦略

◆スズキ、現行「スイフト」をタイ政府の条件を満たすエコカーに。現地生産

2010年をめどに稼働するタイ新工場の生産車種第1弾として「スイフト」を 投入する方針を固めた。周辺地域などへの輸出用としてKD部品も生産。 生産車種を順次、拡大し、早期に年10万台以上の生産を目指す。

<2008年04月20日号掲載記事>
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

【グローバル展開を加速させるスズキ】

新興市場の拡大、小型車・低価格車ニーズの高まりといった近年の自動車業界のトレンドを追い風に、着実に事業規模を拡大してきた自動車メーカーの一つがスズキである。2004年には 200 万台弱であった生産台数も、毎年 20 万台前後拡大させており、2010年には 300 万台に到達する勢いである。

先週、スズキは 2007年度の連結決算を発表した。2007年度通期では増収・増益となっているが、第 4 四半期は減収・減益となっており、2008年度通期についても、ほぼ横ばいを見込んでいる。鈴木会長は、2008年度が横ばいとなることについて、北米の景気後退、原材料費の高騰、円高といった外部要因と、北米市場での営業不調という内部要因を挙げている。同時に発表した中期 3 ヵ年計画では、2009年度以降は再び成長する計画を打ち出しており、他のメーカーよりも北米依存度が低い同社は、立ち直りも早い、という予想もある。

これまでスズキは、日本、インド、ハンガリー、中国の 4 つの生産拠点を中心に展開してきた。その他の地域でも数万台規模の生産は手がけてきたが、基本的にこの 4 拠点を中心に展開していくという軸は今後も継続する見込みである。日本では今年年産 26 万台の新工場が稼動予定、インドでは 2006年に新工場を稼動させ、2010年には年産 100 万台体制を準備中、ハンガリーでは年産 16 万台から 30 万台に、中国では年産 10 万台から 20 万台に生産能力を拡大中である。

この 4 つに次ぐ生産拠点として計画されているのが、タイ、インドネシアといった ASEAN 地域である。インドネシアでは、年産 6 万台規模から徐々に生産台数を拡大させており、2010年には 10 万台規模に拡大する見込みである。これに加え、これまで本格参入していなかったタイで 2010年に新工場を立ち上げ、早期に 10 万台体制を目指すという。したがって、タイとインドネシアで中国に並ぶ規模の生産拠点となる見込みである。

【タイのエコカープロジェクト】

ところで、タイであるが、現在政府が進める「エコカープロジェクト」の実施をにらみ、各自動車メーカーは低燃費の小型乗用車の開発・導入に向けて体制を整備しつつある。

「エコカープロジェクト」は、政府が定める条件を満たして認証を取得した小型乗用車の生産計画に対し、自動車物品税率を通常の 30 %から 17 %に優遇する(販売価格150万円であれば約20 万円のメリットがある)というもので、2009年 10月から実施する計画になっている。自動車メーカーは、5年目までに年間10万台生産すること、エンジン他主要部品の生産と最終組立工程が義務付けられる。

2004年に計画が立案されたが、タイ市場で主力となっているピックアップ車とのカニバリも懸念されたため一時凍結となっていたものの、2006年に復活した。当初は、ボディサイズや販売価格の上限値の設定も検討されていたが、現在では、主に排気量(ガソリンエンジン:1,300CC 以下、ディーゼルエンジン:1,400CC 以下)と燃費(20km/L 以上)等の条件を満たした車両を「エコカー」と認定することになっている。

ホンダは 昨年 10月に生産計画の承認を得ており、現在着工中の年産 12 万台の第 2 工場が今年 10月に稼動する予定という。またタイにある自動車研究所の設備も増強し、テストコースも併設するという。次いで、昨年末に承認を得たのが、スズキである。前述の通り、年産 10 万台規模の新工場を準備中である。

トヨタ、三菱自工も今年 4月に承認を得ており、ともに生産能力 10 万台規模の新工場を計画しているという。その他、インドのタタ自動車も承認を得ているという。

これら 5 社の「エコカー」生産台数は 5年後には 50 万台以上拡大することになり、各メーカーはタイ国内で販売するだけでなく、輸出することを視野に入れて事業化を進めている。これらの拠点で生産した「エコカー」のうち、ホンダ、トヨタは約半数、三菱自工は約 9 割を輸出する計画であり、タイが新興市場向けの小型コンパクトカーの開発・生産・輸出拠点となることが予想される。

【多様化するエントリーカー】

グローバルに自動車市場を見渡しても、今後市場拡大が見込める新興市場での小型車・低価格車といったいわゆるエントリーカーのニーズは日々高まりつつある。

中国では、これまで低価格レンジの乗用車市場をリードしてきた民族系自動車メーカーに加え、大手自動車メーカーによる自主ブランド車の開発も本格化している。今月、ホンダは、広州ホンダとして自主ブランド車を投入することを発表しており、今後外資系自動車メーカーも低価格車をラインナップに加えてくることが予想される。

また、インドでは、30 万円を切る価格を実現するというタタ自動車の Nanoやバジャジ・オートの Lite などの超低価格車が昨年来大きな話題となっている。タタ自動車と提携している Fiat や、バジャジ・オートと提携しているルノー・日産、現代自動車などが低価格車の開発を進める方針を明らかにしており、その他のメーカーも既存よりも価格レンジを下げた小型車を開発中と言われている。

エントリーカー市場が拡大するといっても、中国市場、インド市場、そして今回のタイ市場など、そのニーズは必ずしも万国共通のものというわけではないだろう。中国市場では、都市部の若年層をターゲットにした、価格は手頃であってもそれなりに見栄えが良い大きさのボディが求められるであろうし、インド市場では、50、60 万円という他国よりも安い既存のエントリーカーの価格レンジを超える低価格が求められるであろうし、タイ市場では、低燃費、低排出ガス、衝突安全性などといった項目も「エコカー」に求められている。それだけではない。欧州等の先進国都市部でも低燃費のエントリーカー需要は高まりつつあるが、安全性や快適装備などは従来のコンパクトカーと同等以上のものが求められるはずである。

従って、エントリーカーの開発・生産拠点の整備を進めるにあたっても、それぞれに市場ニーズを見極めることが重要であることは勿論、中国、インド、タイといった生産拠点以外の市場への展開を考慮して開発・生産計画を立てることが求められるはずである。どこを輸出拠点にして、どういう小型車をグローバルモデルとして展開していくべきか、各社戦略が分かれるところであろう。

【低価格車時代のサプライヤの戦略】

今後生産拡大していくことは確実であろうエントリーカー市場であるが、タイ、中国、インド、いずれの展開であっても、価格競争力を高める必要があるため、ほとんどの自動車メーカーは現地調達を拡大させていく方針を明確に打ち出している。とはいえ、グローバルに展開する国内自動車メーカーは、現地の新興自動車メーカーに対抗して、何でもかんでも安く調達するというのでは、品質・ブランドを維持することが難しくなるはずである。したがって、サプライヤに求められる機能という観点では、信頼できる品質・供給体制を維持しながら、従来以上の原価低減に貢献してくれることに期待をするはずである。

タイに進出日系サプライヤは少なくない。現地調達を拡大させていく自動車メーカーに対し、一早く現地のサプライヤを開拓・活用しながら、日本の生産技術を持ち込むことで価格競争力を高められれば、価格競争力と安定した品質・供給体制の両立により、系列を超えた顧客開拓のチャンスも広がるのではないだろうか。現地の FTA 対象国も拡大する昨今、拡大する現地のエコカー生産への供給を狙うだけでなく、ASEAN ・インド・中国等への部品輸出拠点としても大きな可能性を秘めているはずである。

これまで、自動車メーカーの立場からすれば、開発リソースが不足、海外展開が急務といった中、リソース不足を補う先端技術開発力やグローバル供給力が重視されがちであった。それに加え、これからは原価低減を実現する改善技術開発力・生産技術力の重要性が増してくるはずであり、自社の海外展開を上手く進めることが勝ち残りに求められるであろう。

<本條 聡>