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脇道ナビ (12) 『木挽きの鋸』
自動車業界を始め、複数の業界にわたり経験豊富なコンセプトデザイナーの岸田能和氏が、日常生活のトピックから商品企画のヒントを綴るコーナーです。
【筆者紹介】
コンセプト・デザイナー。1953年生まれ。多摩美大卒。カメラ、住宅メーカーを経て、1982年に自動車メーカーに入社。デザイン実務、部門戦略、商品企画などを担当。2001年に同社を希望退職。現在は複数の業界や職種の経験で得た発想や視点を生かし、メーカー各社のものづくりに黒子として関わっている。著書に「ものづくりのヒント」(かんき出版)がある
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第12回 『木挽きの鋸』
大学を出て最初の会社はカメラメーカーだった。この会社では新入社員は諏訪にある工場で半年間の工場実習をする。この間にプレス、機械加工、塗装、組み立て、検査などの工程を一通り、体験する。この実習は、各工程を体で理解するとともに、各工程を支えている職人さん、キーマンとの顔つなぎが目的だったと理解している。それは、工程にいる人たちもよく理解していたようで、仕事の話題以外でも積極的に話しかけてくれた。
ある日、その職場では骨董の収集がブームになっていることを教えてもらった。もちろん、サラリーマンが小遣いで集める雑器、古民具、古銭、戦争中の勲章などであり、古道具と言ったほうが正解かも知れない。ただ、そのブームは年配のひとだけでなく、若い人も”はまって”いるとのことだった。どうやら、そうしたモノが身近な生活の中にある諏訪という土地柄もあって、骨董や古道具に興味を持つ人が多いようだった。
私自身も、大工道具に代表される「道具」には興味があったので、工場実習の合間にいろいろなウンチクを教えてもらったり、オークションの月刊誌などを貸してもらったりした。そして、先輩から教えてもらった古道具屋さんにも行くようになった。当然、社会人になったばかりでお金などはなく、冷やかし専門だった。ただ、木挽き(こびき:木を製材する人)用の大きな鋸を見つけたときは、その力強いカタチや鈍く光る鉄の肌にひかれ、欲しくなってしまった。月給の半分くらいの額だったが、買って買えないこともないと思ったからだ。そこで、職場にいる骨董の先輩に「こうしたモノの相場から見ると、高い?」と尋ねた。すると、彼は「相場は関係ない。キミがその額を払ってまで欲しいモノかどうか、が大切だ。」と答えてくれた。だが、その時の私は、この先輩の答えが気に入らなかった。「古道具のことを知らないド素人」だとバカにされたように思ったからだ。
しかし、先輩が本当に言いたかったのは、手に入れるモノの価値は自分自身で判断し、いくらまでなら支払うかを真剣に考えるべきで、相場などを気にしていると、市場の価値観に振舞わされ、損得勘定で頭が一杯になってしまう怖さがあると教えてくれたのだ。それは、骨董に限らず、私たちの身の回りにあるすべてのモノでも同じだ。特に、モノを送り出す側にいる私たちが真剣に考えるべきことだと教えてくれたのだ。しかし、そんな先輩のメッセージが持つ本当の意味が分かったのは商品デザインに携わるようになってずいぶん年数がたってからだった。
<岸田 能和>