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脇道ナビ (16) 『伝える商売』
自動車業界を始め、複数の業界にわたり経験豊富なコンセプトデザイナーの岸田能和氏が、日常生活のトピックから商品企画のヒントを綴るコーナーです。
【筆者紹介】
コンセプト・デザイナー。1953年生まれ。多摩美大卒。カメラ、住宅メーカーを経て、1982年に自動車メーカーに入社。デザイン実務、部門戦略、商品企画などを担当。2001年に同社を希望退職。現在は複数の業界や職種の経験で得た発想や視点を生かし、メーカー各社のものづくりに黒子として関わっている。著書に「ものづくりのヒント」(かんき出版)がある
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第16回 『伝える商売』
会社のそばに古い空き家がある。人が住んでいないことを良いことに、その空き家の前に、どこかの不心得者が自転車を捨てていった。それもタイヤもなく、さびだらけで、とても自転車と言える代物ではない粗大ゴミだ。さすがに、近所の人も頭に来たらしい。ある日通りがかりに見てみると、「ここにゴミを捨てるな!」という札がハンドルにぶら下がっていた。しかし、その札は冷凍食品を入れる発泡スチロールの箱のフタだった。そんなフタにとんでもなく汚い字で注意を書いているのだ。キモチは分かるが、そんな札を見て、不心得者がその残骸を持ち帰るとは思えない。それどころか、発泡スチロールの板が朽ちていけば、景観はますます悪化するだけだ。そんな手間をかけるくらいなら、区の清掃事務所にでも言って、回収をお願いした方が良い。
そんなことを考えながら、歩いていると、すぐそばで古新聞の回収が行われていた。集積所には紐で縛られた古新聞があったが、その山の中に目をひくものがあった。古新聞の束の一番上に「いつも回収、ご苦労さまです」と書かれた紙があり、一緒に縛られていたからだ。それが、また、きれいな字で書かれていたからグッときた。
発泡スチロールに書かれた注意書き。古新聞と一緒に束ねられたお礼の紙。両方とも、自分の気持ちをだれかに伝えるものであるという点では変わりはない。しかし、問題はその表現方法だ。発泡スチロールの板は自転車の残骸と同じゴミを増やしているだけで、自転車を捨てた人と同じことをやっていることになる。それに、誰しも他人の怒っている言葉や姿を見るのはそれほど愉快なことではない。一方、古新聞に束ねられたお礼の紙は廃紙なので、ゴミになることはない。もちろん、集める人がその紙に気が付くかどうか分からないし、読んだとしてもどうってことはないはずだ。しかし、感謝を表わす言葉は古新聞を出す他の人や、通りがかりの人の心をどこか和ませるものがあることだけは事実だ。
自分のキモチを誰かに伝えたくてどうしようない、それも、早く、たくさんの人に、大きな声で、と思うことは少なくない。しかし、そんなキモチばかりが先走って表現のタイミング、場所、手段を少しでも間違えると、逆効果にさえなることを常に心しておくべきだ。とくに、デザインや商品企画といったことを商売とする者は。
<岸田 能和>