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「生産力」を軸にした新事業開発
◆三菱化学、ハイブリッド車向けにリチウムイオン2次電池用正極材を量産へ
水島事業所(岡山県倉敷市)で量産すると発表。既に撤退したハードディスクの工場建屋やクリーンルームを再利用し、投資額を約20億円程度に抑える。来年秋の稼働予定で、生産規模は年産600t。今後1~2年でセパレーターも事業化し、電池関連部材で1000億円以上の売り上げを目指す。
<2008年03月27日号掲載記事>
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【実用化が期待されるHEV用リチウムイオン二次電池】
今や、PC や携帯では当たり前の存在となっているリチウムイオン二次電池であるが、自動車業界、特に今後大きな需要が期待されるハイブリッド電気自動車(HEV)での実用化においては、各社慎重な開発を続けている。
現在、リチウムイオン二次電池は、HEV 用として主力となっているニッケル水素二次電池を大きく上回るエネルギー密度を誇る。公称電圧で見ても、ニッケル水素二次電池の 1.2V 程度に対し、リチウムイオン二次電池は 3.6V 程度、つまり、1/3 で済むため、小型・軽量化が求められる自動車、特に HEV においては、そのメリットは大きな魅力となる。
一方で、まだコストが高いこと、安全性の確立がまだ十分とは言えないことなどがネックとなり、これまでニッケル水素二次電池の先行を許してきた。
近年、自動車メーカーも含め、電池メーカー各社は HEV 用のリチウムイオン二次電池の開発を本格化させており、近い将来、HEV や EV (電気自動車)が大きく普及する段階では、二次電池の本命はリチウムイオンという説が一般的である。
【HEV用二次電池は高級品】
HEV 用の二次電池は、クルマの部品としては、かなりの高級品である。
現行プリウスの場合、202V (3.6V 換算で、セル 56個)のニッケル水素二次電池が搭載されている。重量は 45kg、補修部品としての価格が約 12 万円と言われており、これをベースに計算すると、1 セルあたりの単価は 2 千円強、1kgあたりの単価は、3 千円弱となる。
一般的な乗用車の価格を 150 万円、重量を 1.5t と仮定すると、1kg あたりの単価は、約 1 千円となる。単純に重量だけで比較すると、二次電池は、他の部品の約 3 倍の高級品となる。しかもこの価格は、「ニッケル水素」であり、仮に「リチウムイオン」で対応するとなると、更にコストアップすることが予想される。
HEV を更に普及させていく上で、二次電池のコストダウンを図ることは避けては通れない道である。しかも、近年の資源高騰に伴い、ニッケル、コバルト等の原材料調達価格は上昇傾向にあり、ここでのコストダウンは期待できない。加え、各社が開発を進める中、その製品構造や製造方法等で多数の特許が氾濫しており、これに抵触すると、他社にライセンス料を払う必要も出てくる。結果、各社は独自の製品構造・製造方法を開発しなければならない状況にあり、開発コストも削減も簡単ではないと考えられる。
この状況の中、二次電池のコストダウンを進めるために最も期待されるのが、生産面でのコスト削減であろう。とはいえ、二次電池の生産ラインは、大きな投資を伴う。年間数万台相当の HEV 用二次電池を生産する新工場を立ち上げるともなれば、数百億円規模での投資が必要となる。生産量が増えれば、規模のメリットは実現できるかもしれないが、それでも、大きな負担となるのは間違いない。
作ればいくらでも売れるという状況であれば別だが、コストダウン圧力も強いと考えられ、将来市場が見込めるとはいえ、市場が拡大すれば、当然価格競争も厳しくなるはずである。そして、そもそも現時点ではまだ数年先の話であり、開発競争も厳しく、自社製品の競争力に絶対の自信を持つのも難しい中、各社が HEV 用のリチウムイオン二次電池の生産工場を立ち上げるタイミングを見計らっているのが、現状であろう。
【三菱化学の新事業】
こう聞くと、HEV 用二次電池市場は、新規参入するには、あまり魅力的な市場に聞こえないかもしれない。しかし、今回、三菱化学が、リチウムイオン二次電池用の正極材の量産設備を新設するというニュースは、一つの切り口になるのかもしれないと考える。
同社は、既に撤退したハードディスクの工場建屋やクリーンルームを再利用することで、投資額を約 20 億円程度に抑えるという。既に負極材、電解液は事業化しており、セパレータの開発も着手しているという。自動車業界で本格的にリチウムイオン二次電池が普及する頃までには、部材をトータルで供給できる体制が整いそうである。
今回、三菱化学に注目した一番の理由は、撤退した事業資産を再利用する新事業を立ち上げたことである。今回の三菱化学自身のケースについては、これまで手がけてきた事業を量産ステージに移行させたこと、関連事業も幅広く手がけていること、そもそも全て自前で事業化させたことなどを考慮すれば、誰もが真似できるものではない。しかし、こうした事業資産の再活用という手法で、この HEV 用二次電池業界が抱える最大の課題であるコストダウンに貢献する可能性があるのではないだろうか。
【「開発力」を発揮する】
既存事業に変わる新事業を考える際に、多くのメーカーが、自社の経験・ノウハウで何を新製品として開発できるか、というように、自前のコア技術・開発力(特に製品自体の設計・開発力)を活かした新事業から検討するケースが多いと考える。つまり、「開発力」の発揮とも言える。
二次電池の業界で言えば、一部の自動車メーカーを除けば、これまで何らかの形で電池事業に携わってきた電池メーカーが、自前の「開発力」を発揮し、リチウムイオン電池の開発も進めているケースがほとんどである。
一方で、まだ参入していないメーカーからすれば、HEV 用のリチウムイオン電池事業がいくら将来性のある魅力的な市場だといっても、これだけ大手各社が長年製品技術の開発を進めている中、まだ誰も手をつけていない新たな製品構造や製造方法を開発し、新規参入するというのは、あまり現実的ではない。
【「生産力」を発揮する】
しかし、この HEV 用二次電池市場を大きく拡大していくために必要なものは、現状よりも踏み込んだコストダウンを実現することであり、こうした製品開発の分野だけではなく、量産技術・設備の分野も重要となってくるはずである。
そこで、自社の既存設備、生産技術を活用することで、量産時の製品価格のコストダウンに貢献することができれば、これから参入を検討しようというメーカーにとっても、大きな事業機会が広がっているように思える。つまり、「生産力」の発揮である。
現在、多くの電池メーカーが開発を進める HEV 用二次電池市場においても、まだ量産を立ち上げていないメーカーも多数あり、こうしたメーカーの立場からすれば、生産技術・設備・ノウハウを提供してくれるパートナーが現れ、自前で量産体制を構築するよりも安く、早くできるのであれば、願ってもない話ではないだろうか。
【「生産力」を軸にした新事業開発】
三菱化学のように、大手メーカーであれば、事業の入れ替え機会もあるであろうし、自社の「開発力」と「生産力」の双方を発揮できる機会もあるであろう。しかし、世の中の多くのメーカーは、自社で開発から量産まで全てをカバーして事業化することを考えていては、事業化できる領域が限定的になってしまうと考える。
新製品を事業化する上で、自社だけでは限界があるとしたら、当然、自社にない「開発力」や「生産力」を持ち、シナジーを最大化できるパートナーと組むべきである。しかし、考える前提として、自社の「開発力」に固執してしまう傾向にないだろうか。
新製品の事業化において、製品自体の開発にどうしてもスポットライトが当たりがちだと常々考えている。自社の「開発力」を軸に、研究開発を進め、事業機会を探るメーカーが多い。開発・設計に携わるエンジニアの立場から考えれば、当然の方向性かもしれない。
しかし、逆の発想で言えば、例えば、製品技術自体はパートナーから取り入れ、量産体制を構築することに注力するというように、パートナーの持つ「開発力」を軸に、自社の「生産力」を活かして事業化することを検討するのも一つの有効な施策ではないかと考える。
開発・設計面では革新的な技術を持つベンチャー企業も少なくないが、ほとんどのケースにおいて、ベンチャー企業等は、量産技術という観点でボトルネックを抱えている。こうしたベンチャー・異業種の「開発力」を取り込み、自社の「生産力」を活用して新事業を立ち上げる、というケースがもっと増えてきても良いと考える。
HEV 用二次電池市場のように、今後大きな成長が見込めるものの、自社だけで参入するにはあまりにも大きな「開発力」「生産力」が求められるような市場であっても、複数のメーカーが手を組むことで、新規参入する余地があるように思える。
当社は、こうした企業間のアライアンスを活性化し、新たな事業を創出する触媒のような役割を果たしていきたい。
<本條 聡>