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脇道ナビ (20) 『売れるんです』
自動車業界を始め、複数の業界にわたり経験豊富なコンセプトデザイナーの岸田能和氏が、日常生活のトピックから商品企画のヒントを綴るコーナーです。
【筆者紹介】
コンセプト・デザイナー。1953年生まれ。多摩美大卒。カメラ、住宅メーカーを経て、1982年に自動車メーカーに入社。デザイン実務、部門戦略、商品企画などを担当。2001年に同社を希望退職。現在は複数の業界や職種の経験で得た発想や視点を生かし、メーカー各社のものづくりに黒子として関わっている。著書に「ものづくりのヒント」(かんき出版)がある
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第20回 『売れるんです』
あるケーキ屋さんで張り紙を前にもめていた。おばちゃんが、「私は2時間近くもかけて、あのケーキを買うために、ここまできたのヨ。それなのに売り切れなんて!」と店員に詰め寄っていた。そのため、店員が「すみません。何しろ、一日に作る量が限られているものですから。」と平身低頭で謝っていた。その店で売られているあるケーキはテレビか雑誌で紹介されたこともあって、大人気なのだが、何しろ作る量が限られており、それを目当てに毎朝、長蛇の列ができるくらいだ。そんな調子だから、遠くからやってきたおばちゃんは買い損ねたのだ。
そのやり取りを見ていて、こんなお客様がいるのだから、もっと作る量を増やすとか、その店以外でも売るようにすべきだと考えた。あるいは、今どきのことだから、インターネットなどで予約を受付けて、クール便で配達するビジネスでもやれば、日本中で売れて、儲かるはずだなどと勝手にビジネスプランを考えていた。
しかし、そんな考え方はオカシイかも知れないと思い始めた。カンタンに言えば、「売れるものなら一つでも多く売る」というのが、本当に良いことなのだろうかと思ったからだ。確かに、メーカーや流通側にすれば、ニーズがあるのだから、それらにすべて応えるのが、自分達の責任だと言うだろうし、何しろ儲かる。だが、日用品や生活必需品のようなものは別にして、買う側の趣味や好みを表現するような商品を「売れるから」と言ってどんどんと作って、どんどんと売って良いのだろうか。先に挙げたケーキ屋さんが一日に限られた数しか作らないのは、材料の仕入れや職人さんが限られていることだと聞く。それを、売れるからと言って、数を増やそうとすれば、質を下げてしまいかねない。また、たくさんの量を作れば、より、多くの人が販売に関わることになる。
そうなれば、そのケーキのことをキッチリと説明したり、接客できたりする店員も増やさなければならなくなるがそれもカンタンなことではない。買う側にしても、いつでも手に入ると思えば、だんだんと手に入れる緊張感やオモシロサを失ってしまうはずだ。
作る側、売る側、そして、買う側のそれぞれが節度を持たないと、質や価格は「まあまあ」なのだが、特徴や面白みないものがあふれた社会になってしまうのではないだろうか?
<岸田 能和>