テレマティクス業界に価格破壊は訪れる?

◆パイオニア、ソフトバンクとカーナビを利用した新たな情報サービスで合意

カーナビ搭載車の走行情報をソフトバンクのインフラを利用する車載端末を通じて集約し、正確な渋滞情報などを提供する「テレマティクスサービス」分野で提携。今夏にも商用サービスを開始する。

すでに両社は昨夏、企画会社「Q プロ」を設立して準備を進めてきた。今月中に資本金を増強 (2.5 億→ 3.5 億円) する。出資比率はソフトバンクテレコム 50 %、パイオニア 40 %、インクリメント P 10 %。

<2008年 03月 05日号掲載記事>
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【国内テレマティクス市場の現状】

自動車業界でも、テレマティクスという言葉が広く使われるようになって久しいが、当初期待されたような市場の拡大にはなかなか至っておらず、ここ数年は低空飛行を続けているのが現状であろう。

現在、テレマティクス市場の中心を担っているのは、トヨタ・ホンダ・日産等の国内乗用車メーカーが展開する一般消費者向けサービスと、商用車メーカーや大手電機メーカーも展開するトラック・バス等を対象にした商用車管理システム系のサービスの二つである。
矢野経済の調査によると、2007年の市場規模は、

(1)国内乗用車向け純正テレマティクスサービス: 15.1 億円
(2)国内乗用車向けアフターテレマティクスサービス: 2.9 億円
(3)商用車向けテレマティクスサービス: 39.5 億円
(4) GPS 携帯電話向けサービス: 374.2 億円

となっている。(4)はクルマのネットワーク化というよりは、携帯電話を活用した歩行者向けのサービスであり、自動車業界におけるテレマティクスと捉えるには微妙なところである。つまり、実質的な自動車業界のテレマティクスの市場規模としては、50 億円程度というのが現実的なところであろう。

一方で、国内乗用車市場では広く普及しているカーナビや ETC 端末などの車載端末市場は、年間 5,000 億円規模と言われており、テレマティクス市場は、その 100分の 1 レベルというのが現状である。

【ランニングコストという壁】

テレマティクス市場が広く拡大していかない最大の壁は、ランニングコストとしてかかる通信費であるという意見が一般的である。誰もが欲しがるようなキラーコンテンツ的なサービスが出てこないことに壁があるという意見もあると思うが、今回は、このランニングコストについて考えていきたい。

クルマをネットワーク化していく上で、無線通信技術は避けては通れないところであるが、現在の無線通信手段の主流である携帯電話網を使う前提で考えている限りは、簡単にコストを下げることは難しい。

ランニングコストが月額 500 円以下であれば、携帯電話のオプション程度の気軽さで考えるユーザーも少なくないと思うが、月額 1,000 円を超えてくると、費用対効果を考え、導入に躊躇するユーザーも多いと考える。

前述の(1)国内乗用車メーカーのサービスと(3)商用車向けサービスに需要が限られてしまい、なかなか市場が広がらないのも、このランニングコストが大きな障害となっていると考えるのが自然であろう。

(1)については、乗用車メーカーが、先進性をアピールするツールや顧客を囲い込む CRM ツールとして、積極的に純正品として搭載しているため、テレマティクスサービス単体としてのコストをお客に見せる必要はない。結果、費用対効果のハードルを下げられたり、新車を買ったからタダでついてくる、というイメージを与えられる。

すれば、利便性も向上して、コストも安くなる、ということもあるはずである。

その他の場合においては、通信コストをどうしても消費者に見える形で負担してもらう必要があり、苦戦している。よりテレマティクス市場を拡大させていく上で、通信コストを下げることが大きなテーマになっていることは間違いないだろう。

【パイオニアの挑戦】

パイオニアは、市販カーナビ業界の中でも、低迷する消費者向けのテレマティクス市場への参入を積極的に検討してきたメーカーである。これまで、PHS による通信モジュールを内蔵して地図データを常時更新する「AirNavi (エアナビ)」や、ユーザーの携帯電話や自宅のインターネット等を活用してプローブ情報を収集・配信したり、地図情報を更新する「スマートループ」等を商品化してきた。「スマートループ」については、以前筆者が本メールマガジンで取り上げたので、参照して欲しい。

『「蓄積型プローブ」に見る、新たな需要開拓方法』

そのパイオニアが、テレマティクス市場に一石を投じる新たなパートナーとして選んだのが、今回ニュースとなっているソフトバンクである。サービス自体の詳細は明らかにされていないが、今年夏頃からの商用サービスを開始するという。報道内容では、「通信型カーナビゲーション」を活用することが含まれており、恐らくパイオニアのカーナビをベースに、通信専用のモジュールを搭載した車載機を活用したサービスとなると予想される。
携帯通信モジュールを内蔵するというコンセプトは、既にトヨタの G-Book が先行しているところであるが、トヨタ/ au 連合に対抗する軸として、パイオニア/ソフトバンクという競合が出現することになる。

【テレマティクス業界に価格破壊は訪れる?】

ご承知の通り、ソフトバンクは、成熟してきた国内携帯電話市場に大きな変化をもたらしてきた。価格破壊的なアプローチには、賛否両論あるであろうが、規制緩和の流れも重なり、消費者にとっては、選択の余地が増えたこと、サービス内容に多様性が増したことなど、ソフトバンクユーザーでなくても、歓迎すべきことはあったのではないかと考える。少なくても、市場の活性化には大きな貢献を果たしたのではなかろうか。

成熟したと言えるほどの規模には至っていないが、次の市場拡大の一手が見えないテレマティクス業界においても、ソフトバンクが新たな波を起こしてくれないものであろうか。同社の言葉を借りれば、「予想外」の戦略を期待したい。勿論、コストダウンを実現しても、具体的なサービスとして魅力的なものを打ち出せなければ、成功には至らないかもしれないが、携帯電話等で培った豊富なコンテンツがあることも考慮すれば、コストダウンを実現することによって、市場が拡大する可能性は大きいのではなかろうか。

使い方を間違えれば、大きな危険を伴う商品であるというクルマそのものの性格上、自動車業界は品質や信頼性が重視される保守的な業界であり、価格破壊的な新規参入者が出現しにくい業界でもある。

とはいえ、テレマティクスサービスのように、直接的には安全性に影響を与えにくい分野であれば、利便性や新奇性を重視して採用を検討することも進めるべきであろう。自動車業界の外にも、自動車業界の活性化に貢献できる商品・技術・サービスやビジネス自体のアプローチがあるはずだと考える。

<本條 聡>