素材メーカーへのメッセージ「Look Auto Now!」

◆ヘッドアップ・ディスプレイがプラスチック需要を喚起する(Head-up displays boost demand for plastic)

<AutomotiveNews2006年08月28日号掲載記事>
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【樹脂の事業環境の変化】

Automotive News によると、ヘッドアップ・ディスプレイを装備する自動車が 2008年に 1 百万台、2010年には 4 百万台と急速な普及が見込まれることで、フロントウィンドウの中間膜(PVB=ポリビニルブチラール)をはじめ、樹脂メーカーに自動車特需が生まれつつあるとのことである。

確かにいま樹脂メーカーの鼻息は荒い。今年始め頃から私どものところにも素材メーカーの方々からのご相談が相次いでいる。中でも樹脂メーカーからのご相談が多い。ご相談の中身は大体次のような内容である。

「これまで当社も自動車部品の素材供給者として、間接的な形で社内の様々な事業部が最終的に自動車に搭載されるような製品を納めてきたし、それなりのビジネスになっている。だが、最近になって”自動車業界をもっと体系的に主体的に攻めることを考えろ、最も大きく成長の早い産業に対して各事業部が相互連携もなく、間接話法で部品メーカーから言われたものだけ作っていたのでは機会損失も甚だしい”というトップの檄・指示が飛んだ。そこで社内に自動車専門タスクフォースを作ることになったのだが、どうしたらよいだろうか。」

確かにトップのご不満も分からないではない。
日本車の生産台数は 2002年から 2005年の 3年間に国内生産だけでも 1,025万台から 1,079 万台に 5.2 %増加し、海外生産も含めると 1,790 万台から 2,140 万台に 19.5 %も増加している。一方、経済産業省の化学統計年報によると、同期間のプラスチックの生産量は 1,865 万トンから 1,920 万トンに 3.0 %増加したのみである。

また、日本プラスチック工業会の資料によると、世界のプラスチック消費量のうち 8 %が自動車向けである。世界最強の自動車産業を持ち、全産業に占める自動車の各種比率が高い日本では自動車用のシェアが遥かに高くてもおかしくないが、実際には 7 %と世界平均を下回っている(世界平均を上回るのは建材や日用品、農業用)。

体積比では既に樹脂が自動車の全原材料構成のうち 27.0 %と、スチールの30.6 %と肩を並べるまでに成長している(自工会 2001年)という見方もあるが、自動車にもっとフォーカスを当てることで樹脂産業が成長力や付加価値をより高められるのではないかという期待が出てきてもおかしくない。

【樹脂メーカーの成功要因】

燃料代の高騰が続く追い風の事業環境を考えれば特にそうだろう。しかし、逆に言えばこのことは軽量性のみを売りにした材料置換が如何に難しいかを示しているとも言える。「体重が人間の健康のバロメータであるのと同様に、重量は自動車メーカーの技術力のバロメータ」と言われるように、運動性能・安全性能・燃費性能・その他の環境性能全てにおいて自動車に軽量性が求められることは間違いない。

だが、軽量化の方法は材料置換だけではない。マツダの VE 活動を主導してきた同社コスト革新戦略推進部の奥川博司主幹によれば、荷重分散、断面形状や締結方法の変更など設計の工夫だけで相当の軽量化が可能で、伝統的な部品形状に囚われずに「要は○○の機能を果たせればいいのだろう」といった機能主義的な発想の転換が軽量化を実現することも多いという。

高張力鋼板など鉄鋼材料側の軽量化技術の革新も進んでいるし、非鉄金属との競合もある。競合という意味では、樹脂には(複合化で克服したものもあるが原則論として)自動車の素材としては極めて重要な意味を持つ機械的特性(引っ張り強度や曲げ剛性、対衝撃性等)や耐熱性、難燃性、寸法安定性等の面で競合素材に対する物性面での弱みがあるし、コスト面でも不利である。

従って、樹脂が本格的に自動車産業を攻めようとするならば、そうした不利を補うとともに、軽量性以外に樹脂ならではの使い方の提案、自動車メーカーや自動車ユーザーにとってのうれしさ・ありがたみの提案が不可欠である。

●冒頭に引用したヘッドアップ・ディスプレイがもたらすうれしさは、いうまでもなくドライバーの視線移動を最小限にすることによる安全性の向上であり、これは「交通事故死傷者数ゼロ」等の企業目標を掲げる自動車メーカーの戦略にも合致する。そしてその実現は機械工学の自動車メーカーや電気工学のエレクトロニクス部品メーカーの知恵と力だけでは困難であり、樹脂メーカーの化学的・光学的アプローチが必要とされる。

●燃料タンクには基材として HDPE (高密度ポリエチレン)が使われることが増えている。HDPE の成型加工性のよさを活かして燃料タンクの形状やレイアウトの制約を取り払い、自動車のパッケージングの改善(要はスペースを確保しながら車体を小型化すること)ができるという、うれしさ・ありがたみがあることが採用理由である。

●EVOH (エチレンビニルアルコール共重合)は燃料タンクのバリア層の主力の地位を占めるようになり、エンプラの POM (ポリアセタール)、スーパーエンプラの PPS (ポリフェニレンスルフィド)、熱硬化性樹脂の PF (フェノールフォルムアルデヒド)等も燃料系部品への採用増が見込まれている。これらに共通するのは耐ガソホール性(アルコール混合ガソリン使用下での耐久性)である。

トヨタは 2007年春にもブラジルに FFV (フレックス・フュエル・ビークル。
つまり、燃料に最大 100 %までアルコールを混ぜても劣化しないクルマ)を投入すると発表しており、他の日本車も続くと見られている。ブラジルだけでなく世界最大の自動車市場である米国で減税と補助金によって FFV が本格的に普及する可能性もある(あまり高くなさそうだが)ため、自動車メーカーは放置しておけないのである。

アルコール浸漬で膨潤による強度低下が見られる樹脂もあるが、ライバルのアルミが腐食による質量と強度の低下を生じることが明らかなために耐ガソホール性の高いこれらの樹脂に注目が集まっている。

●PBT (ポリブチレンテレフタレート)も自動車での採用が増えているエンプラである。車内外全ての情報をセンサやレーダ、カメラで検知してハーネスや LAN で ECU に繋いだり、ハイブリッド化したりすることで安全性能や環境性能を高めようとする自動車メーカーの戦略の実行を電気的特性に優れたPBT が支援・促進した結果である。

●PP-GF (ガラス長繊維強化ポリプロピレン)が車体部品のあちこちに採用されるようになった。特にフロントエンド、バックドア、ドアトリムなどのモジュール基材として重宝されている。

自動車のものづくりは QCWT が命題である。Q (高品質化)、C (原価低減)、W (軽量化)、T (リードタイムとサイクルタイムの短縮)である。

モジュール化は、部品点数を削減して一体開発・一体成型加工することにより、部品間のインターフェースの不整合やバラつきをなくし(Q)、重複する投資や工数を減らし(C)、質量寸法のムダを省き(W)、サプライチェーン全体での手待ち・手戻りを減らす(T)ことを可能にする。

そのモジュールの基材に選ばれたのが樹脂である。金属や他の素材では様々な形状・大きさを持つ複数の部品を一括成型することができない。中でもコストが安く、サイクルタイムの短い射出成型に向いた汎用熱可塑樹脂であり、その中でも比重や耐熱性が最良で、強度・剛性補強材との相性のいい PP が選ばれ、ガラス長繊維を加えたものが PP-GF である。

当初は射出成型の過程で繊維が切れてしまうという問題があったが、樹脂の粘土を抑えることで解決され、その後一気にモジュール基材としての地位を高めたと聞いている。

このように見てくると、自動車産業における最近の成功事例はいずれも単に軽量化を目的とした材料置換ではなく、軽量化にとどまらない自動車産業の多様な課題やニーズを様々なレベルで吸収・咀嚼し、それに対するソリューションを素材面から提供したものだということが分かる。

現在、この役割を担っているのがティア 1 サプライヤだが、成功事例は樹脂メーカーに正にティア 1 になること、そうでなくともティア 1 並の理解と提案を要求していると読めるのである。樹脂メーカーのトップが指示したことと同じことを自動車メーカー側でも求めているということで相思相愛の関係ということになる。

相思相愛関係ができたのには他にも事情がある。プリウス登場以前の日本車メーカーは、欧州発の技術シーズと製品規格、米国発の市場セグメンテーションと商品企画を取り入れ、日本の品質と生産性で作り込むことで世界最強の競争力を獲得した。だが、今年トヨタが世界一の自動車メーカーになることに象徴されるように世界の頂点に立った日本車には、技術シーズも製品規格も、市場セグメンテーションも商品企画も自ら創造していく構想力こそが問われることになったのである。それと期を同じくして自動車メーカーの開発リソースは世界に分散して希薄化している。樹脂に関してはもともと自動車メーカーの中でも専門家の数が限られていたから、事態はより深刻である。樹脂メーカーにはこのような制約をブレークスルーするようなイノベーションが期待されているのである。

【樹脂メーカーの限界】

ところが、私どもにご相談に来られる企業に伺うと、樹脂メーカー(のみならず広く素材メーカー全般)が最も不得手としているのが、このティア 1 並の理解と提案らしい。理由は主に次の 3 つのようである。

第一に、樹脂メーカーは従来自動車部品メーカー(ティア 2 のこともある)を一義的なカスタマーとしてきたから、自動車メーカーとの間で理解と提案のためのコミュニケーション・チャネルが薄い。

第二に、樹脂メーカーと自動車メーカーは全く別の競争環境・下請構造・商習慣・バリューチェーン・業務プロセス・対象顧客層で仕事をしてきたため、異なるプロトコルが発達しており、コミュニケーションがなかなか成立しないので理解が進まない。

第三に、樹脂メーカーは製品(自動車部品)加工の知識や能力を持たないので、概念や理論での説明や素材技術の提案になりがちだが、素材そのものへの知識や関心が薄く、現地現物意識の強い自動車メーカーは形あるものでなければ信じないし、評価もできないので提案が成立しにくい。

こうした事情から、相思相愛関係が実際にはなかなか成就していないというのが現実であるが、いつまでも足踏みしているわけにはいかない。自動車産業は統合的で擦り合わせ型のものづくりを必要とするから基本的に内製(系列内調達を含む)至上主義である。上述したような背景からようやく外部に門戸を開いたものの、外部に信頼できるパートナーを見つけさえしたら数年以内に再びその門戸を閉じるだろうと思われるからである。

ヘッドアップ・ディスプレイの例でも、世界最大のガラス中間膜メーカーである米ソルーシアが自動車メーカーとタッグを組んで共同開発に努めている。ヘッドアップ・ディスプレイには、どんな座高のドライバーが、どんなシート調整をして、どんな姿勢で運転していても、昼でも夜でも、適正な位置で即座に確実に視認でき、前方視界を遮らない、といった機能が求められる。

また、インパネの表示情報をガラス内部に投影するわけだから、インパネの表示能力やガラスの傾き、シートとガラスとの距離など自動車側の設計に合わせた個別対応が求められる。

こうした課題を自動車メーカーと一緒になって解決していくうちに樹脂メーカーは自動車メーカーの身内となっていくことになる。別の樹脂メーカーと仕事をするとなると一からやり直しになるから自動車メーカーは嫌がり、結果的に参入障壁が築かれることになる。

つまり、開いた門戸が再び閉じることになるから、バスに乗り遅れないようにしたい。自動車業界にとって最高の素材ソリューションを提供できる樹脂メーカーが、出足の遅れによってチャンスを封じられたとしたら、自動車業界にとっても不幸である。

【樹脂メーカーへの支援】

こうした問題意識から私どもでも近いうちに樹脂メーカーなど素材メーカーの方々のためのお手伝いを提案させていただこうと考えている。

第一に、自動車メーカー・サプライヤの R & D 部門の方々にサーベイを行ない、その結果を自動車業界全体の考え方としてまとめたいと思う。自動車業界の素材に対するニーズの方向性や強さ、採用までの時間軸などを理解する機会になればと思う。

第二に、【樹脂メーカーの限界】に挙げたような素材メーカーの理解と提案の限界を克服するための支援サービスをパッケージ化したものをご案内することを考えている。

自動車業界と一緒に成長したいと考え、自動車業界のイノベーションに有益な技術を提供してくれる全ての素材メーカーに言いたい。「Look Auto Now!」である。

<加藤 真一>